2707話
好きラノ2020下期にて、レジェンドは48票もの投票がありました
投票してくれた皆様、本当にありがとうございます。
これを励みに、今年も1年頑張って投稿していきたいと思います。
好きラノの投票結果は以下となります。
https://lightnovel.jp/best/2020_07-12/vote.html
ライドンの部屋での話し合いは、今もまだ続いていた。
夕食に関しては、ライドンが部下――以前レイと会った執事――に頼んで、食堂から夕食を持ってきて貰う。
基本的に宿では食堂、もしくは外で食事をするのだが、星の川亭は高級な宿だけあって、頼めば食堂から料理を運ぶといったような真似も普通に出来る。
そうして用意された料理だったが、リンディにとっては望外の幸運だっただろう。
孤児院出身で、依頼の報酬も大半を孤児院に送金しているので、生活はかなり厳しい。
そんなリンディが、貴族や成功した大商人しか泊まれないような宿の食事を楽しめたのだから。
「美味しい……これ、本当に美味しいわね」
口に運んだのは、スープ。
だが、ただのスープではなく、海から離れているエグジニスでは容易に入手出来ない新鮮な魚介類が多数使われている。
それこそ一口飲むだけで口一杯に魚介の味が広がるという絶品。
「これは、堕落の海鮮スープですね」
そうリンディが呟くのも理解出来るような、本当にいつまでも飲んでいたいと思わせるスープだった。
(うどん……いや、パスタの方があうか? とはいえ、パスタの作り方は知らないから、もしやるとすればうどんになるんだろうけど)
強い海鮮の味がしているそのスープは、パスタを入れて食べたら美味いだろうとレイは確信する。
確信するものの、パスタの作り方が分からない以上、もし麺類を入れるのならうどんをいれるしかなかった。
あるいは米があれば、雑炊、もしくはリゾットといったような料理を思いついたかもしれないが、生憎とレイはこの世界でまだ米を見たことはない。
そんな風に考えながら、こちらもまた焼きたてのパンをスープに浸して食べる。
本来ならスープに浸して食べるというのは、硬くなったパンや、最初から保存性を追求して焼き固めたパンの類を使って食べる為として知られている。
しかし、焼きたてのパンであっても……いや、焼きたてのパンだからこそ、即座にスープを吸って食べることが出来る。
あるいはスープの具となっている魚や貝の身と一緒に口にいれても、パンの柔らかな甘みとスープの具となっているにも関わらず、しっかりと旨みが残っている具の味を楽しむことが出来る。
「ほう、これは……スープに味をつける為に魚介類を煮て、その後で軽く火入れをした魚介を具として追加しておるのか。贅沢なスープじゃな」
マルカがスープを楽しみながら、そう告げる。
貴族として育ってきただけあり、当然のように食事についてもしっかりと教育されている。
そんなマルカから見ても、この宿の料理は合格ということなのだろう。
そうして食事を終えると、再びレイの話になる。
「やっぱり、暗殺者を派遣してくる組織をこっちから襲撃して潰した方が、手っ取り早くないか?」
「レイの意見も分かるけど、問題なのはどうやってその組織を見つけるかだろう?」
手っ取り早くすませたいレイの言葉に、ライドンがそう言って反対する。
だが、レイの視線はロジャーとリンディの二人に向けられた。
「エグジニスに住んでいるロジャーとリンディは、その辺について知らないのか?」
ライドンやマルカ、ニッキーのように外から来た者はその辺りの情報について詳しくなくても、エグジニスに住んでいるロジャーとリンディなら、もしかしたら何らかの情報を持っているのではないか。
そんな風に思って尋ねたのだが、そんなレイの問いに対して真っ先に首を横に振ったのはリンディ。
「私はそんなの知らないわよ。別に裏社会に詳しくもなんともない、普通の冒険者なんだから。そういう依頼も受けてないし」
「そうなのか?」
「ええ。そもそも、本当に危ない依頼はギルドの方で受け付けないし、怪しい依頼があっても私は受けるつもりはないもの」
そう断言するのは、孤児院に送金をする必要があるという、リンディの事情からのものだろう。
裏社会に関係するような依頼は、場合によっては非常に高額な報酬を貰えることもある。
だが、それはあくまでも危険だからこその金額だ。
ハイリスクハイリターンはあっても、ローリスクハイリターンはない……訳ではないが、非常に数が少ない。
それとは逆に、ハイリスクローリターンというのはその辺に溢れているのだが。
ともあれ、リンディは一度で多くの報酬を貰っても、その後は何者かに狙われたりといったことは、許容出来なかった。
最悪、リンディの人質として孤児院に手を出される可能性もあるのだから。
そうリンディが説明すると、レイを含めて他の者達も納得した様子を見せ……次に視線が向けられたのは、ロジャー。
レイにしてみれば、リンディよりもロジャーの方が本命であると言ってもいい。
ロジャーはエグジニスでも腕の立つ錬金術師だ。
そうである以上、裏の出来事に通じていてもおかしくないのではないか。
「そうだな、心当たりがない訳でもない。ただし、それは私が直接そのような場所を知っているという訳ではなく、そのような相手を知っていそうな者を知っている、ということだが」
「ロジャーは知らないのか?」
ロジャーなら知ってると思ったと言いたげなレイの言葉に、言われた本人は心外そうな様子で口を開く。
「私がそのような後ろ暗い相手を知っている筈がないだろう。私を何だと思っているのだ?」
「セトと会った時、いきなり攻撃して自分の物にしようとした男」
「ぐ……」
即座に返されたレイの言葉に、ロジャーは何も言えなくなる。
これがレイの作り話ならともかく、実際に護衛の冒険者達がセトを攻撃しようとして反撃され、その結果として護衛の冒険者達は負けてしまったのだ。
その時の怪我が治るまでは、別の冒険者を護衛に雇っていた程だった。
「そういえば、セトにやられた護衛達はどうなったんだ? そこまで重傷って訳じゃなかったと思うし、もう完治したのか?」
「ああ。私の護衛に戻って貰っている。とはいえ、星の川亭は安全だろうから、外の馬車で待っているがな」
「安全……ねぇ」
この宿でメイドに変装した暗殺者に襲撃されたレイとしては、安全といった言葉に素直に頷くことは出来ない。
とはいえ、その一件があってから警備は以前よりも厳重になったので、安全になったというロジャーの言葉は決して間違っている訳ではなかった。
「ロジャーの護衛の件はともかく、暗殺者を派遣してきた組織について知ってる奴ってのは誰だ?」
「私の護衛だよ。リンディと違って、今まで色々と後ろ暗い依頼を受けたりしてきたらしいのでな。以前その辺りについて少し匂わせていたことがある」
灯台下暗しというのは、この場合大袈裟でもないだろう。
ともあれ、知ってる者がいるのが星の川亭の外にいるのなら、放っておくような必要はないと、即座に呼びに行くのだった。
「えっと、その……何で俺が連れて来られたんですか、ロジャーさん」
連れてこられた護衛の一人、ルガナとロジャーに説明された男は、戸惑った様子で自分の護衛対象に尋ねる。
いきなりのことで戸惑ってはいるようだったが、ロジャーがいるということや、雰囲気的に自分が何かを失敗し、それを咎められるといった訳ではないのは理解したのか、戸惑いつつも怯えている様子はない。
「以前、ルガナは暗殺者の組織について知っていると言ったことがあっただろう?」
「え? ええ。とはいえ、別に詳細に知ってる訳じゃありませんよ? もしそんなことになったら、それこそ組織に狙われるようなことになると思いますし」
「つまり、噂とかで知ってる程度な訳か。……まぁ、それでもいいから少し教えてくれ。その噂を辿れば、組織の場所を見つけることも出来るかもしれないし」
「……本気ですか?」
レイの言葉に、ルガナは驚きと共に尋ねる。
ルガナにしてみれば、レイが言っているような真似……自分から暗殺者の組織のある場所に向かうというのは、自殺行為にしか思えない。
ルガナもロジャーという腕利きの錬金術師の護衛を任されている以上、それなりに腕は立つ。
仲間と共にセトに挑んで負けたが、それはあくまでもセトが……グリフォンが相手であった為だ。
例えばここにいるリンディと戦った場合は、十回模擬戦をやって十回勝てる自信があった。
どんなにリンディに運が味方をしても、一回負けるかどうか。
そんなくらいだろう。
……レイは勿論、ニッキーと戦ってもとてもではないが勝てるとは思わなかったが。
そのくらいの技量を持っているルガナだったが、自分が暗殺者の組織に向かう……ましてや、その組織を襲撃するといったようなことはとてもではないがやりたいとは思わない。
いや、そのような真似をすれば、自分の力だと間違いなく死ぬと、そう理解していた。
だからこそルガナはレイに向かって、本気か? と尋ねたのだ。
レイが相手だったからこそ本気か? と尋ねたが、もしレイ以外の相手であれば、正気か? と尋ねていてもおかしくはない。
それだけ暗殺者ギルドというのは恐ろしい集団なのだ。
しかし、レイはそんなルガナの言葉にあっさりと頷く。
「本気だ。安心しろ、今まで俺は何人もの暗殺者と戦って勝ってきたし、暗殺者ギルドの類も潰してきた経験がある。ベスティア帝国で襲われた暗殺者達と比べれば、エグジニスの暗殺者はそこまで警戒するような相手じゃない」
レイの言葉には、圧倒的な自信があった。
その言葉を聞けば、レイの話している内容が決して嘘ではないというのを、実感として知ることが出来る。
外見という点ではルガナよりも小さいのだが、そこにある実力は間違いなく本物だろう。
それは深紅の異名を持ち、ランクA冒険者として活動し……そして何より、自分達が揃って手も足も出なかったセトを従魔としているのを見れば、明らかだ。
レイに向かって直接それを口にするような真似は、とてもではないが出来なかったが。
「分かりました。ただ、その……レイさんなら心配いらないと思いますけど、一応、俺がその情報を漏らしたというのは、秘密にして下さいよ」
ルガナにしてみれば、もしレイが暗殺者を派遣してくるギルドを攻撃して、失敗した時にどうするべきかというのを考えてしまう。
成功すれば何の問題もない。
だが失敗すれば……最悪、自分に向かって報復の為に暗殺者が放たれるといった可能性も、否定は出来なかった。
そんなルガナの頼みに対し、レイは問題ないと頷く。
この手の情報の出所を他人に話すのは、それこそ冒険者としての義に反する。
それ以上に、レイは組織の殲滅を失敗する気がなかったというのも大きい。
ルガナにしてみれば信じられないのかもしれないが、レイは今まで多数の裏の組織を殲滅してきた。
そんなレイにしてみれば、この程度の敵を相手にするのは何の問題もないと認識するのは当然だろう。
(まぁ、馬車の特攻はちょっと予想外だったが)
レイは今まで多数の暗殺者と戦ってきたが、その中でもかなり意表を突かれた形だった。
最初にレイを狙ってメイドに変装して星の川亭に侵入してきた暗殺者よりも厄介だったのは間違いない。
実際、メイドに変装した暗殺者はレイに対して特に傷を付けるといったような真似すら出来なかった。
馬車で特攻してきた暗殺者も、傷を付けることが出来なかったのは間違いないが、それはドラゴンローブのおかげというのが大きい。
もしドラゴンローブがなければ、レイは暗殺者の持っていた短剣で傷を負っていただろう。
それも毒が塗られていたのだろう短剣で。
そして暗殺が失敗したと判断すると、情報を引き出されない為、即座に自殺する。
その潔さは、自分の命を捨ててでも敵を殺す、そして敵を殺せなかった場合は即座に死ぬというものを感じさせる。
とはいえ、そのような潔さはレイにとって決して許容出来るものではなかったが。
人の命が大事云々というのではなく、単純に情報を手に入れることが出来ないというのが、この場合は大きい。
結果として、ルガナからの情報に頼ることになった訳だが、そのルガナの情報も暗殺者ギルドの正確な位置が分かる訳ではなく、あくまでも大体どの辺りに暗殺者ギルドがあるという、噂でしかない。
レイにしてみれば、暗殺者ギルドを潰す前に、まずしっかりと見つける必要があった。
とはいえ、その行動を止めるつもりはレイにはない。
何しろ暗殺者ギルドの拠点には、何らかの手掛かりが残っている可能性が高いのだから。
特にドーラン工房の噂の件が事実であった場合、ドーラン工房がレイを暗殺するように頼んだ何らかの証拠もある可能性がある。
あるいはドーラン工房以外が黒幕であっても、何らかの手掛かりが残っている可能性は否定出来なかった。