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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2622/3865

2622話

 怪しい店主が売ってる串焼きを食べながら、レイは道を歩く。

 間違いなく、あの屋台の店主は本職の料理人ではない。

 それにして、あまりに技量が拙い。

 あるいは、料理人になる修行をしているという可能性も否定は出来ないが、店主の視線の鋭さが……平凡な外見とは似合わないその鋭さが、レイには気になっていた。


(現在のギルムは増築工事の為に多くの人員を受け入れている。それを考えれば、どこかの勢力のスパイとかがいても、おかしくはないんだよな。というか、いなければおかしいか)


 問題なのは、そのスパイがどこに所属しているのか……そして、何を企んでいるのかだろう。


(国王派が一番可能性が高いか)


 このギルムの領主たるダスカーが率いる中立派は、現在貴族派と友好関係にある。

 そうなれば、それを面白く思わないのは国王派だろう。

 だが……と、レイは視点を変える。

 中立派と貴族派が友好関係にあるのは事実だが、だからといって貴族派の全てが中立派との友好関係を喜んでいる訳でない。

 実際、貴族派の象徴たるエレーナがギルムにいるのは、増築工事を面白く思わない、もしくは中立派の存在そのものを面白く思わない者が、何度か増築工事の妨害をしたからだ。

 そして、中立派の誰かがスパイを送るといった可能性も否定は出来ない。

 ダスカーの代わりに自分が中立派を率いる立場になりたい者や、ダスカーの手助けをするつもりでスパイを送り込んできた者。

 また、ミレアーナ王国に限らず、外国勢力がスパイを送り込んできた可能性もあるだろう。

 実際、外国が奴隷として連れ去る為に潜入していた件で大きな騒動があり、レイはそれに関わっている。……いや、寧ろ中心人物の一人と言っても間違いではなかった。

 ともあれ、そのようなことを考えるとどの勢力がスパイを送ってきてもおかしくはない。

 あるいは、レイもスパイが情報収集をやっているくらいなら、そこまで気にするようなこともなかったかもしれない。

 しかし、先程の屋台の店主の目は、獲物を狙うかのような鋭い視線だった。

 レイが見ていると気が付いた後はそのような視線を見せることはなかったものの、レイが見た限りでは情報収集の類ではなく、破壊工作のようなもっと直接的な行動を取るように思えた。


(もしくは……なるほど、クリスタルドラゴンの死体が目当てという可能性もあるのか)


 明後日の祭りでクリスタルドラゴンの死体が公開されるというのは、まだ殆ど知られていない。

 だが、ある意味ではレイの昇格試験の合格よりも目玉と言うべき催し物だ。

 それだけに、当然祭りの準備をしている者達の中にはそのことを知っている者もおり、そして知っている者は自分だけが知っているという優越感から『ここだけの話』といったように他人に教える者も出て来るだろう。

 そうすれば、当然のように噂は広まり……その死体を、それこそ全てとは言わないものの、肉片の一欠片、鱗の一枚でもいいから奪いたいと思う者が出て来るのは当然だろう。


(けど、昨日の今日だぞ? そんなすぐにクリスタルドラゴンの死体を奪おうと……いや、違うか。元々情報収集か何か、別の理由でギルムにいた奴が、その件を知って行動に出たという可能性もあるのか。だとすれば……ダスカー様に……いや、これはエッグだな)


 元盗賊にして、現在はダスカーの部下としてギルムの裏に関わっている人物。

 それが、エッグだ。

 裏に関わっているだけに、先程の屋台の店主や、それ以外にも色々と詳しい情報を知っていてもおかしくはない。

 そう考えると、レイはエッグ達の溜まり場――正確には詰め所――の一つに向かう。

 本来ならそこまでする義理もないのだが、クリスタルドラゴンの死体を奪おうとしている相手だとすれば、レイとしても出来るだけそのような相手は排除しておきたい。

 また、セトがいないのでトレントの森に行くつもりがないというのも、この場合は関係しているだろう。

 ある意味妥協の産物といった感じで、レイは道を進む。


「おい、聞いたか? 祭り……明後日だってよ」

「本当か? 近いうちにやるって話は聞いてたけど、幾ら何でも早すぎないか?」

「多分、レイの昇格試験に合わせて行われるんだろうな。……つまり、賭けの結果は明後日になれば分かる」

「いや、お前……まだ諦めてなかったのか? もう昇格試験は合格で間違いないって」


 道端で暑さを避けながら果実水を飲んでいる男達の会話がレイの耳に入ってくる。

 他の場所でも同じような会話をしているのが分かる。


(ダスカー様からの発表があったんだな。これでいよいよ本格的に祭りの準備が行われる訳か。とはいえ、実際には今日と明日だけだから、そんなに忙しくはないのか? ……時間がないからこそ、余計に準備の密度が濃くなりそうだけど)


 レイは祭りの主役のような立場ではあるが、特に何か準備するようなこともない。

 だからこそ気楽にそのように考えていたが、実際に祭りで屋台を出す者にしてみれば、食材の仕入れや仕込みで、それこそ寝る暇がなくてもおかしくはないだろう。

 そうして考えながら移動すると、目当ての酒場に到着する。

 レイが苦手な酒を飲みに来た訳でなく、また何か料理を食べに来た訳でもない。

 この酒場がエッグ達の詰め所の一つなのだ。

 ……警備兵の詰め所と比べると、一体この差は何だ? といったように思ってもおかしくはない。

 だが、エッグ達は表沙汰に出来る組織ではない。

 また、酒場というのは情報を集めるという意味でも丁度いい場所だった。

 酒場の中に入ったレイは、店の中を見回す。

 まだ日中ではあるが、七割程の席は埋まっていた。

 仕事をしなくてもいいのか? と思わないでもなかったが、増築工事で働いている者の人数を考えれば、今日は休みといった者もいるだろう。

 勿論、中には仕事を抜け出して……もしくは何らかの問題を起こして、仕事を首になったような者がいてもおかしくはないのだが。


「どうした、坊主。ここはお前みたいな奴が来るところじゃないぞ」


 フードを被って顔は隠されており、ドラゴンローブの隠蔽の効果で普通のローブであると認識されているので、レイと知ることが出来ない。

 それでもレイに声を掛けてきた相手は、敵意の類はない。

 純粋にレイを心配して言っているというのは、レイにも分かった。


(珍しいな)


 そんな相手の態度に驚くレイ。

 今までの経験からすると、こういう時は大抵酔っ払って気が大きくなった者や、自分よりも弱い相手に絡んで金を奪ったりといったような者が話し掛けてくることはあっても、こうして心配して話し掛けてくるような者はそう多くはない。

 そういう意味では、やはり珍しいのだ。


「心配するな。俺はこの酒場の店主と知り合いなんだよ」


 そう言い、レイはカウンターの方に向かう。

 この酒場で働いているのは、エッグの部下達だ。

 その中にはエッグ達とレイの関係を知らない、後から入ってきた者もいるのだが……幸いなことに、この酒場のカウンターにいたのはレイにとっても見覚えのある顔だった。


「い、いらっしゃい。何にしますか?」


 カウンター席に座ったレイに、店員がそう尋ねてくる。


「取りあえず軽く食べられるのを適当に。それと……エッグはいるか?」

「いえ、エッグさんは現在仕事が忙しくて……」


 そう店員が言えば、レイも納得する。

 何しろ、レイでさえ怪しげな相手を見つけることが出来たのだ。

 ギルムの裏を任されているエッグにしてみれば、レイが知ってるような件については当然のように既に知っており、動いているだろう。


(なら、わざわざ教えなくてもいいか? いや、あの屋台の店主の目つきを見る限りだと、出来るだけ早く押さえておいた方がいいのは間違いない)


 店員が用意した干し肉と野菜のスープを食べながら、レイは先程の串焼き屋の屋台の店主について説明する。

 最初は店員もレイの話を適当に聞いていたものの、レイがその店主の目つきが獲物を狙っているような鋭いものだったと聞くと、危険を察したのだろう。

 少し考えた後で口を開く。


「もう少し詳しく聞いても構いませんか? レイさんが危険視するような者が……それもこっちに覚えのないような者がいるというのは、知りません。だとすると、こっちで把握していない人物の可能性もあります」


 そのように言うということは、エッグ達が把握している危険人物達はいるということになるのだが、レイはその辺に気が付きつつも、指摘しないでおく。

 エッグ達がしっかりとその相手について認識し、マークをしているのなら、わざわざそんな相手についての話を聞く必要もないだろうと、そう判断した為だ。


「分かった。まず、外見は普通……本当に普通としか表現出来ないような感じだったな。美形でも不細工でもない、平均的な顔立ち。それこそ、その男と会っても次の日になれば顔を思い出せないような、そんな感じだ」


 それは、裏に生きている者にしてみれば非常に厄介な特徴だった。

 普通の顔立ちだけに見つけるのも難しい。


「それで、その相手は一体どこにいました? すぐに手を回します」


 店員の言葉に、レイは先程の屋台のあった場所を教える。

 ただし、屋台というのは移動出来る店だ。

 それだけに、レイという存在を目にした店主が危険を察知し、既に逃げ出している可能性も否定は出来なかった。

 ……とはいえ、それでもまだいる可能性は十分にあるということで、店員は店の奥に向かう。

 カウンター席にはレイ以外に誰もいないので、その会話が人に聞かれる心配はなかった。

 本来なら、店の奥に行って話した方がよかったのだろうが。

 店員がいなくなったのだから、当然のように客が注文しようとしても出来ない。

 何人かが、エールをもう一杯といったように欲しがっていたものの、この酒場にはウェイトレスの一人もいない。

 あるいはもっと忙しい時間帯になればいるのかもしれないが、今はそこまで忙しくもない時間だった。

 その為、そうした不満を抱いた者達の苛立ちは店員を店の奥に向かわせたレイに向かうことになり……


「おいこら。お前、店主をどうした? お前のせいで俺達はエールを飲めねえのか?」


 レイが酒場に入ってきた程度では、この客も絡むといったようなことはしなかった。

 だが、エールをもう一杯欲しいと思っているのに、店主がいなくて注文出来ないのだ。

 そうなれば、話は別となる。

 レイが何かしたからこそ注文が出来ないと、不満に思った男がレイに絡んでも不思議ではない。


(こういう場合、どうすればいいんだ?)


 これがレイが何もしてないのに絡んできたら、それこそ殴ったりして排除すればいいだけだ。

 だが、今回の場合は実際にレイが持ってきた情報によって、店主は店の奥に引っ込んでいる。

 本来なら、そのような時は誰か代わりの者を店に立たせる必要があるのだが、レイが持ってきた情報はそんなことを忘れさせる程に大きな情報だった。


「もう少し待ってれば、そのうち戻ってくるんじゃないか? 少しゆっくりとしていればどうだ?」


 レイは取りなすようにそう告げるが、それはあくまでもレイがそのように思っているだけであって、レイの言葉を聞いた男にしてみれば、自分が酔っ払っているというのも関係してか苛立ちを露わにする。


「ふざけるな! 俺は、今エールを飲みたいんだよ!」


 そんな男の、心の底からの叫びが店の奥にも聞こえたのだろう。

 すぐに誰かがやって来る。

 ただ、先程レイと話していたのとは違う人物だ。


「ああ、すいませんね。すぐにエールを用意しますから落ち着いて下さい」


 新たに出て来た店員の男は、急いで男にエールの入ったコップを渡す。

 店員の男は、レイの正体を知っている。

 だからこそ、店の中で暴れられるというのは困った。

 酒場でよくある喧嘩で終わればいいのだが、もしそうならずに警備兵がやって来ることになった場合、間違いなく面倒なことになる為だ。

 この酒場がエッグ達の拠点の一つであると知ってるのは、警備兵の中でも本当に限られた者だけだ。

 普通の警備兵が来て、もし調べられるようなことになれば、間違いなく怪しまれる。

 勿論、ここにいるのは表沙汰に出来ないとはいえ、ダスカーに仕えている身分である以上、怪しまれて警備兵の詰め所に連行されて捕まっても、すぐに釈放されるのは間違いない。

 間違いないが、そんなことになったとしれば間違いなくエッグを怒らせてしまう。

 それ以外にも、そのような騒ぎがあった以上、この酒場は念には念を入れて閉める必要があり、この忙しい時に色々と手間が掛かる。

 そうならないように、新たにやって来た店員の男は必死に酔っ払いの機嫌をとるのだった。

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