1話目
惑星ミルドレシア、ソロン、ターキスの三星が中心となって、宇宙連合が出来上がったのが約二千年前。
宇宙船を始めとした機械技術の発展。
空間跳躍技術やブラックホール重力エネルギー構想など、新しい技術の開発。
そして移民政策や、外惑星国家との戦争、そして和平交渉。
宇宙開発の急激な進行と、宇宙開拓はその二千年の内大きく進み、宇宙連合の枠組みを肥大化させていった。
宇宙連合と称された三つの惑星間連携は、百年後には星系間連携へと膨らんだ。
星系間連携が一通り終わると、銀河間連合が形成された。
ミルドレシア銀河系連合は、隣のタロス銀河系と大きな一つの提携を結び、巨大な国家が一つ、宇宙に出来上がった。
こうして、ミルドレシア・タロス銀河系連合ができあがったのが今から二百年前。
他の多くの星々を飲み込んで、出来た白い天の川が、今も天高い所から我々を見守ってくれるだろう。
まさに神の如く。
もちろん奴らに逆らわなければ、だが。
夜明けのオオカミ-The Days of Atlazia-
朝から、おかしな電話だった。
「んぁ……」
プルルルルゥ……
東の窓から燦々と降り注ぐ日差しを背に浴び、ベッドに身体を横たえる男の耳元で電話が鳴る。
頭ごと枕で耳を覆っても、響く甲高い叫び声。
枕元に置いた小型の情報端末がけたたましく震える。
「……」
男は苛立ちを滲ませながら、手元に置いていたPDAを掴んで投げ飛ばす。
綺麗に壁に突き刺さった情報端末はそれでも主の着信を待つ。
その内止むだろうと、男はムッと口を尖らせながらも、身体を丸め災厄が過ぎ去るのをじっと待った。
一分待つ。
プルルルルゥッ
五分待つ。
プルルルッルルッ
徐々にもたげる柔らかな眠気も、耳元のけたたましい音にかき消される。
「……眠い」
――次は電源を落として寝よう。
そんな事を考えながら、男はもぞもぞと枕に隠していた頭を持ち上げベッドから足を下ろした。
上半身は肌蹴たまま、日差しに鈍く照らされる褐色の肌。
昨日家に帰宅した後そのまま寝たのか、下には黒のジーンズがよれよれのまま履かれている。
大きな口から零れるのは寝息交じりの欠伸。
短めに切られた銀色の髪を掻きながら、男は体を引きずるように前のめりに壁に刺さったPDAに手を伸ばす。
「……ったく」
――エミリア・ハートマン――
発信元がPDAに表示されて、零れる苦笑い。
表面のディスプレイに指を這わせるままに、男は不機嫌そうに目を細めると、PDAをベッドへと放り投げた。
「……何の用だ」
『お久しぶりです大尉っ』
PDAから甲高い声が響き、画面に表示される女の顔。
男は眠たそうに目を細めながら、床に散らかったワイシャツを拾い上げては、通信の向こうの女に呻いた。
「……二年ぶりだな。元気してたかエミリア少尉」
『もちもちですっ。大尉が軍を抜けてからも、日々訓練と鍛錬は常に欠かさず行ってきましたっ』
「エディオールからは……隊が解散してから、お前は事務仕事に回されたと聞いたが」
『――えへっ』
「方便なら、もう少しわかりにくいのを吐いてみせろよ……」
言葉を詰まらせるエミリアに苦笑いを滲ませながら、男は拾い上げたワイシャツに袖を通した。
白い襟元に隠れる銀の首輪。
首に吸いつくような感覚の首輪を撫でながら、男は欠伸を噛みしめながら寝室の窓へと歩み寄る。
「まぁ与太話はいいさ。何の用だよ」
『軍からのお願いです』
カーテンを開け、零れる朝焼けの光。
眩さに寝ぼけ眼の目を細めると、透き通る銀髪を掻き上げ、男は緩慢な動きで後ろを振り返った。
「お前が小間使い役か。……相手は誰だ」
『誰だと思います?』
「夜勤明けで頭が働かんのよ。おっさんいじめんでくれ」
『失礼しました。うちの大将、ゴルド・ミルドレシア准将閣下からの通達があります』
――目が覚める物言いだった。
男はハッと紅く滲んだ眼を開くと、顔をしかめてベッドに横たわるPDAへとの所へと歩み寄った。
「……じいさんから?」
『はい――あ、大尉の顔、久しぶりに拝見させてもらいましたっ』
PDAのディスプレイを覗きこめば、そこには少女のような幼い顔のエミリアが制服姿で映っていった。
男はワイシャツのボタンを止めながら、苦い表情で笑顔を零すエミリアを急かす。
「エミリア。じじいはなんて言ってる?」
『惑星トリフィア時間午前九時にトリフィア第一軍事基地に来るように、とのことです』
「……命令口調か。俺は軍から放逐された身なんだが」
『左遷された私と似たようなもんですよ。……そっちに向かっていますんで用意しててください』
「あいよ……」
『なお、現在所属している民間会社との労働契約は破棄するようにとのことです』
ワイシャツのボタンを留めていた手がピタリと止まる。
背筋が凍る思いがして、男は苦々しい表情で口元を引きつらせると、震えた手つきで恐る恐るPDAを覗き込んだ。
「……おい」
『あ、大尉の口。まだ牙があるんですね。遺伝子抑制聞いてないんでしょうか』
「……エミリア少尉」
『はいはい。この通達は極秘につき、民間との接触は極力避けてほしいとの事なので』
「俺は話を聞きに行くだけなんだが……」
『私どもの方で先日付けでリタ届出しておいたので、安心していいですよ』
「……」
『あと十分ぐらいでそちらのマンションに向かいますので、準備しておいてください。以上です』
「……最悪」
男はPDAの電源を落とし、苛立ち紛れにベッドに投げ飛ばす。
トリフィアの朝焼けが目にしみ、男は寝息交じりに目を細め、ワイシャツのボタンをとめていく。
「……急な話だ」
窓に映るもう一人の自分に呟きながら顎元をさすれば、銀色の無精髭がチクチクと手の平を撫でる。
剃る時間は残されてなく、男は諦め気味に目を細めると、寝室に備え付けられた机に手を伸ばした。
そこには数枚の写真立てと、古めかしい時計。
そして、一丁の拳銃。
この時代、レーザーエミッターやエネルギーガンが普及している中で珍しい実弾銃だった。
シリンダーを開けば、込められているのは五つの弾。
弾薬込みで男の給料の二カ月が吹っ飛ぶくらいの代物は、朝日に照らされ銀のフレームを光らせる。
「……ゴルド爺さん。まだ生きてるか。あの死に損ないが」
重たげな動作でシリンダーが銃の中央に収まる。
獅子鼻のような巨大なノズルを先端に取り付けた巨大なバレルが腰のベルトに捻じりこまれる。
靡いて翻る白いワイシャツ。
時計を腕に巻き、机に並べられた写真立てを一つ一つ倒していき、男は踵を返す。
「――行ってくるよ」
ベッドの上に転がっていたサングラスとPDAを胸ポケットに引っかけると、男は寝室の扉に手を掛けた。
リビングに出れば、部屋全体を掃除している数体のメイドロボットがいる。
手のひらサイズの機械もあれば、二機のヒューマノイドロボットが掃除機をかけている姿も見えた。
ただ何体もロボットが配置されながら、リビングは狭く感じさせないほどに広い。
「……おはよう」
「おはようございます、旦那様」
男の言葉に、皆一様の顔を上げると、こちらに頭を下げて機械音声を向けてくれる。
「旦那様。ご予定では、今日はお休みのはずでは」
「予定が入った。もう出ていく」
「お帰りはいつほどになりますか?」
「追って連絡するが……しばらくは帰ってこないかもな」
そう言って男は洗面台の前に立ち、寝癖で立った髪を適当に梳いて、顔を水で叩くように濡らした。
「わかりました。気をつけて行ってきてくださいませ」
「留守番頼む。……俺一人しかいないがな」
タオルが差し出され男は顔を拭うと、そう言って傍に佇むメイドに苦笑いを滲ませながら踵を返した。
プルルルルゥッ
胸元で激しい着信音が鳴り響く。
男はサングラスをつけPDAを起動すると、画面に浮かぶエミリアの姿に困惑気味に笑みを滲ませた。
「早いな……」
『じいさんが急かしているんですよ。もうマンション下まで来ましたから』
「老人は早起きでやだねぇ」
PDAをポケットに捩じりこみながら、ため息が零れる。
男は数人のメイドを後ろにつき従えながら、うんざりとした表情で玄関までのろのろとした足取りで赴く。
「……何かあれば連絡をくれ」
「お気をつけて」
「ありがとう」
見送るメイドロボを尻目に、靴ひもを結びながら男は照れくさそうに口の端を歪めてそう言った。
そして玄関の扉を開けば、朝の光が零れる。
吹き込む潮の風。
遠くまで見渡せるマンションの二十五階からは、海岸線に沿って並ぶ街並みが朝焼けに照らされて見えた。
道路には、地面から浮いた車がいくつも走り、空には惑星圏内を飛ぶ飛行艇が既に頭上を横切る。
地平線には大気圏脱出の為の滑走路が空に向かって反り上がって浮かぶ。
そして、その滑走路に乗って、巨大な宇宙船が空へと昇っていく。
朝焼けの空には白い雲。
そして空に霞んで浮かぶ巨大なリングが、朝日に紅く滲んでいる。
それは惑星トリフィアの朝。
男は少し騒がしくなってきた朝の景色に肩をすくめると、後ろを振り返りクッとサングラスを持ち上げた。
「――じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ。デイズ様」
玄関に並ぶ数体のメイドロボに少し乾いた笑みを滲ませつつ、男、デイズ・オークスは肩越しに手を振り歩き出した。
――寂しい人間かねぇ。
零れる白いため息。
惚けた調子で考え事をしながら、デイズはずれるサングラスを掛け直し、エレベーターの匡体に身体を委ねた。
(自業自得、か……)
エレベーターの扉は直ぐに開き、デイズは滲ませた苦笑いを隠すとマンションの外に足を踏み出す。
潮風に靡くワイシャツ。
手持無沙汰にかきあげる銀の髪。
首元の首輪を摩りながら歩み寄る褐色の銀髪の男の姿が、車の黒い装甲に浮かぶ。
「おはようございます、大尉」
そう言ってマンション前に止めた黒い車両の前で、軍服姿の女が男に頭を下げた。
デイズはサングラスをずらすと、懐かしむように紅い目を細め、目の前の小柄な女性を見下ろす。
「おはよう。エミリア。……何年ぶりのセリフだろうな」
「二年ですね。しばらく会っていませんでしたから」
少し照れくさそうに笑うと、栗毛の女、エミリア・ハートマン幼い笑顔で、グッとデイズに手を突き出した。
「本当に……久しぶりです」
「俺に会わないよう、かん口令でも敷かれていたのか?」
「――業務上の機密です」
「そりゃ仕方ない」
そう言って、自分の半分ほどの背丈くらいに思える小柄な女性を前に、デイズは戸惑いがちに笑みを浮かべ握手に応じる。
「皆、変わりないか?」
「はいっ」
「じじいは?」
「ゴルドじいさんは軍港にいます。あなたと話したいと急かしていますよっ」
「くそじじいが……」
苦い笑みを滲ませながら、デイズはエミリアから手を離すと、縦に長い車両の後部座席のドアを開いた。
革のシートに身体が沈み、同時に浮遊する車両がずんと沈み、又浮かびあがる。
「じいさんはどうだ?」
「エディオールさんの話では年々元気なっているとのことですよ」
「ああ、そ……」
「残念そう」
「死ぬ予定がなさそうで、なによりだよ……」
前方の運転席に座るエミリアの背中を見つめながら、その言葉にデイズはげんなりとした表情でサングラスを外した。
「やっぱりゴルドじいさんはお嫌いですか?」
「早くぽっくり死んでくれとは思ってるよ」
無音のまま、静かに流れていく海岸線を尻目に、デイズは気だるそうに足を組みサングラスを胸ポケットにねじ込む。
「しかし。なんでじじいは俺を呼び戻したのかねぇ」
「なんでも、あなたにしか頼めない事のようです」
「でないと困る。こっちはもう無職だからな」
「あはは……すいません、隊長」
「隊がないのに隊長はやめてくれ。まだゴルドのじじいの指揮下にあると勘違いしてしまう」
欠伸を噛み殺すと、流れる景色を覗きこみ、デイズは朝日に紅い瞳を細めた。
巨大な滑走路から空へと上がる宇宙船。
背部からキラキラと無数の粒子を撒き散らしながら、日差しに照らされ船は加速し大気圏の外へと昇っていく。
それは尾を引く流星のように――
「……また、宇宙か」
「なんか言いました?」怪訝そうに首を傾げるエミリアを横目に、デイズは目を伏せると腕を組んだまま背中を丸めた。
「基地に着いたら起こしてくれ、エミリア」
言うや否やデイズの呼吸に寝息が混じる。
ゴォオオオオッ
小島程の大きさもある宇宙船は空へと昇るままに、青白い空へと昇り、やがて空を流れる巨大なリングへと吸い込まれる。
大きくたわむ空の景色。
水面に石を投げ込んだように波紋が空全体に走り、朝焼けに滲んだ空の向こうへ船は消えていく。
蒼い空に、宇宙船が横切っていく、今日は宇宙晴れだった。