エピローグ
八月も終わりに近づくと、王都リーヴィンの風は、少しずつその匂いを変えていく。
昼の日差しはまだ強い。だが日の落ちるのが早くなり、石畳を渡る風には、乾いた草と遠い雨の気配が混じり始めていた。初夏の薫りをまとって三人がこの街へ戻ってきたのは、まだほんの数ヶ月前のことだ。
その数ヶ月のうちに、多くのことが起きた。
シェリルは特級術師、並びに特任研究師としての地位を確立し、異国の出身でありながら魔法算術学者として大学で講義を持つに至った。同時に、その地位ゆえの敵意を、幾度となく浴びることにもなった。
アノリスは上級試験を首席で突破し、上級αの階級を持つ王宮の術師としての一歩を踏み出しながら、月華亭という二つ目の顔を保ち、時に王都の裏側で静かに情報を紡いだ。
ラフィスは将軍という重責を担いながら、ダルガンとの外交の場で、ロライの牧場から二頭の軍馬を融通されるという確かな成果を上げ、組織を率いる者として存在感を一段と高めていた。
その間、シェリルが帝国と内通しているという噂が流れ、根も葉もないその噂は、やがて現実の悪意へと形を変えた。師団内部の汚職が芽吹き、金と欲がストヤーマ組という一つの家を蝕み、その延長線上で、シェリルの命そのものが狙われた。
その夜、シェリルは自室の机に向かっていた。
十日間の休暇が、明日から始まる。
久しぶりに、何も予定のない時間だった。研究も、講義も、事件の後始末も、ひとまずは他の誰かに委ねられている。
机の引き出しを開けると、しばらく手つかずになっていた便箋の束が出てきた。
ガルデウス。
ヴォルテナ帝国軍総帥。かの帝国の中枢に座る人物との、私的な文のやり取り。この一月、あらぬ疑いをかけられる火種にもなった相手だった。
だが、疑われたからといって、やめる理由にはならない。
シェリルは、羽ペンを手に取った。
真っ白な便箋を一枚、目の前に広げ、インク壺にペン先を浸す。
しばらく、何から書き始めるべきか考えていた。この三ヶ月に起きたことを、どこまで書くべきか。それとも、もっと違う話から始めるべきか。
結局、シェリルはいつも通りの調子で、ペンを動かし始めた。
「ガルデウス様」
その書き出しから、いつもと変わらない筆致だった。
特任研究師の執務室には、しばらく灯りが点らない。
窓の外では、夏の夜が静かに更けていく。
第二部完結です。
前半は長旅を終えた三人の心の揺れから始まり、上級試験を受けた同志たちの友情もありましたが、後半は汚職とか暗殺とか、少々ドス黒い空気が立ち込める展開となりました。
旅人だった三人が組織に属する……これは昔から思い描いていたものとは違う展開となりましたが、その組織の中で重たい事件が起きてしまったので、その後に三人がそれぞれの時間を過ごせれば……いいですね。
第三部に続きます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




