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総帥のお嫁さん  作者: 雨傘 はる


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6/6

不純な動機


レアが大好きな人に一目惚れをして、十年目。

大商会の会頭との有意義な面会を終え、商会を出たところで、どよめきが街の空気を揺らした。


思わず仰け反り、心配した会頭に背中を支えられて、高いヒールの足元を正した時。

馬の蹄が駆ける音に、ドキリと鼓動が跳ねる。


この音を聞くと、あの方が帰って来たのではないかと期待して、どうしても振り返ってしまう。

そして、少し落胆しながら、遠い場所にいる人の無事を祈るのだ。


「レア!」


ああほら。気安く名を呼ばれたことなんてないのに、抑えきれない期待があの方の声までも創り出す。


「我が婚約者殿!」


慌てたような会頭に促され、顔を上げた先。

黒毛の麗しい馬が、大柄の男性を背中に乗せて、すごい勢いで迫って来る。


いつ見ても気難しそうな、少し硬い無表情の顔には見覚えがあって。

地響きみたいに低い、静かで重い声音は相変わらず聞き惚れてしまうほどで。


白昼夢の幻に、レアはあの日のように駆け出した。


邪魔なドレスの裾を捲り上げて、綺麗に結った髪が乱れるのも気にせず、高いヒールなんか履き捨てて。

今や英雄のように称えられる総帥の婚約者ではなく、元平民のただのレアとして、あの日のように会いたい人めがけて。


「ヘラルド様!」


滲む笑みを堪えきれないまま、レアは精一杯声を張った。


「わたしをお嫁さんにしてください!!」










いそいそとフォークを手にしたレアは、弾む胸が伝わらないよう手に力を込めた。


「はい、あーん」


甘ったるいケーキを大きめに切り分け、愛しの婚約者の口元に運ぶ。

険しい顔をますます強ばらせ、耳の先だけをちょっぴり赤らめたヘラルドに、レアはにこにこが止まらない。


「どうぞ、ヘラルド様!」


「…………自分で、とか」


「嫌です!」


「そうか……」


帰還後、初の休暇。まったりゆったり堪能したいレアの我儘を、恥ずかしそうにしながらも受け入れてくれるヘラルドは優しい。

ぱくりと口の中に消えたケーキは、味がしないかもしれないけれど。


「幸せですねー」


のんびり過ごす今日も、明日からも、ヘラルド率いる軍のお陰の日常だ。

じんわりと染み入る心地で呟くと、婚約者は面映ゆそうに肩を竦めた。


「きみも、頑張ってくれたと聞いた」


「みんなのお陰ですよ」


「それでも。発起人には違いない」


「うふふ。ありがとうございます」


国王陛下からも、直々にお言葉を戴いた。

けれど、他のどんな人からもらう言葉よりも、一番心を震わせる。


だって。


「ぜんぶ、ヘラルド様に近づきたかっただけですよ」


国ごと守るほどの総帥には到底届かなくとも、ほんの少しだけでも近くに行きたかったのだ。

動機なんて、本当にそれっぽっち。




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