不純な動機
レアが大好きな人に一目惚れをして、十年目。
大商会の会頭との有意義な面会を終え、商会を出たところで、どよめきが街の空気を揺らした。
思わず仰け反り、心配した会頭に背中を支えられて、高いヒールの足元を正した時。
馬の蹄が駆ける音に、ドキリと鼓動が跳ねる。
この音を聞くと、あの方が帰って来たのではないかと期待して、どうしても振り返ってしまう。
そして、少し落胆しながら、遠い場所にいる人の無事を祈るのだ。
「レア!」
ああほら。気安く名を呼ばれたことなんてないのに、抑えきれない期待があの方の声までも創り出す。
「我が婚約者殿!」
慌てたような会頭に促され、顔を上げた先。
黒毛の麗しい馬が、大柄の男性を背中に乗せて、すごい勢いで迫って来る。
いつ見ても気難しそうな、少し硬い無表情の顔には見覚えがあって。
地響きみたいに低い、静かで重い声音は相変わらず聞き惚れてしまうほどで。
白昼夢の幻に、レアはあの日のように駆け出した。
邪魔なドレスの裾を捲り上げて、綺麗に結った髪が乱れるのも気にせず、高いヒールなんか履き捨てて。
今や英雄のように称えられる総帥の婚約者ではなく、元平民のただのレアとして、あの日のように会いたい人めがけて。
「ヘラルド様!」
滲む笑みを堪えきれないまま、レアは精一杯声を張った。
「わたしをお嫁さんにしてください!!」
いそいそとフォークを手にしたレアは、弾む胸が伝わらないよう手に力を込めた。
「はい、あーん」
甘ったるいケーキを大きめに切り分け、愛しの婚約者の口元に運ぶ。
険しい顔をますます強ばらせ、耳の先だけをちょっぴり赤らめたヘラルドに、レアはにこにこが止まらない。
「どうぞ、ヘラルド様!」
「…………自分で、とか」
「嫌です!」
「そうか……」
帰還後、初の休暇。まったりゆったり堪能したいレアの我儘を、恥ずかしそうにしながらも受け入れてくれるヘラルドは優しい。
ぱくりと口の中に消えたケーキは、味がしないかもしれないけれど。
「幸せですねー」
のんびり過ごす今日も、明日からも、ヘラルド率いる軍のお陰の日常だ。
じんわりと染み入る心地で呟くと、婚約者は面映ゆそうに肩を竦めた。
「きみも、頑張ってくれたと聞いた」
「みんなのお陰ですよ」
「それでも。発起人には違いない」
「うふふ。ありがとうございます」
国王陛下からも、直々にお言葉を戴いた。
けれど、他のどんな人からもらう言葉よりも、一番心を震わせる。
だって。
「ぜんぶ、ヘラルド様に近づきたかっただけですよ」
国ごと守るほどの総帥には到底届かなくとも、ほんの少しだけでも近くに行きたかったのだ。
動機なんて、本当にそれっぽっち。




