お嫁さんになりたい
よろしくお願いします。
レアは走っていた。待てとか聞こえた気もするが、だったら追いかけなければいい。
ドレスの裾を捲りあげて、髪を振り乱して、とにかく一目散に。
高いヒールの靴は、とうに脱ぎ捨ててしまった。髪をまとめていた飾りも、そういえばどこへいったのか。
でこぼこと足場の悪い路地を駆け抜け、目指していた馬の足音の方向へと転がるように身を乗り出した。
「止まって!」
突如転がり出た人影に、馬車を操っていた御者が慌てて停止する。
荒い息を吐きながら、レアは必死に声を絞り出した。
「救援要請です!」
御者の開けた扉から出てきたのは、軍服に身を包んだ大男。
馬車の紋章を見た時、ラッキーだと思ったが、まさか当主が出てきてくれるとは。レアは幸運に心底感謝した。
「下がっていなさい」
地響きのような、静かで重い声。レアは一も二もなく頷く。
大きなその姿が掻き消えたと思った次の瞬間には、背後から賊の悲鳴が上がっていた。
意識を失った少女を馬車の中に横たえ、大男───ヘラルド・モルガン総帥は眉間に皺を寄せていた。
事情や名前を聞く前に意識喪失したため、彼女を送る先がない。
「総帥、どうされます?」
「…………屋敷へ」
御者は答えがわかっていたように、迷いなく馬車を出発させた。
無表情かつ寡黙で、何を考えているかわからないなんて言われがちだが、ヘラルドは基本的に弱き者を放ってはおけない人だ。
酔わないようにと少女に上座を譲るあたり、気遣いのできる人に間違いない。
ただ、顔が怖いから勘違いされやすいだけで。とにかく顔が怖いだけで。
屋敷に着くと侍女とメイドを付け、汚れた衣服の着替えを申し付け、靴まで注文してやるまめまめしさ。
加えて、出かける予定を変更して執務室に詰め、医師の診察結果を真剣に聞いて家令に指示を出し、夜は仮眠室で待機。
そうして甲斐甲斐しく世話を焼くこと、二日。
目覚めた白金の髪とラズベリー色の瞳をした美少女は、過ぎるほど充分に距離を保っていたヘラルドに、満面の笑みを咲かせた。
「総帥! わたしをお嫁さんにしてください!」




