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忘却メズマリズム~清楚なお嬢様に催眠をかけたはずが、ヤンキー人格が出てきて尻に敷かれた件~  作者: 春代 羽羽


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第28話:友達じゃない

 図書室の目立たぬ場所に響く声。


「定期テスト終わったらさ、賢治にかかわるのをやめてほしいんだ」


 そう言い放つ夏向を本の影から凝視する。それに氷織は困惑の色を見せる。


「理由、を聞かせてもらえますか?」


 八咫野の言葉に、夏向は気付かないくらいに苦い顔をする。


「……なんでも、だ。八咫野さん、最近賢治と仲良いだろ? それをやめて欲しいんだ」

「仰る意味がよく分かりません。納得のいく答えでないと首は縦に振れません」


 夏向は計算と違ったのか、頭を掻いて「参ったなー」と言いつつ言葉を濁す。


 ……どうして夏向が突然こんなこと?

 俺の勉強疲れした頭が熱を発する。わけが分からん。せっかく氷織と距離が近づいたと思ったのに。乙音とも関われるようになって、あれからも三上と緑川にも話しかけられるようになって。やっと世界が変わったと思ったのに。


「木下さんは生天目さんのお友達というのであれば、このような対応は不適切です」


 夏向は一段と苦虫を噛み潰したような表情をする。訝る氷織。


「……俺はあいつの友達なんかじゃない」


 ともだちじゃ、ない? それって一体……。


 しかし背後から背中をむんずと掴まれる。


「はいはい脱獄犯確保」

「ちょっと待て乙音! いまいいところなんだよ!」

「言い訳無用。1度でも夏休みの宿題を終わらせてから言ってください」


 俺は引き摺られながら夏向の表情が頭から消えなかった。


 **


 夏向が戻ってくるが氷織が見当たらない。


「よーし、こっからは俺が賢治の勉強を見るぜ」

「あれ、木下センパイ? 氷織先輩はどこっすか?」

「八咫野は……用事があるって帰っちまってな。さて、賢治の事情は聞いた。こんな状態になるまで放置した俺が責任取って平均点を取らせてやる!」


「平均点ってお前……赤点って何点だっけ」

「40だな」

「平均点は?」

「いつもは50」

「今回はMARCH過去問で固めるって言ってた」

「………………あれ?」

「お前の点数予想は?」

「70」

「死に晒せ」


 お前頭良すぎだろうが。


「まあ、大丈夫だろ。それか難しすぎたら校長に直談判だ。明らかに定期テストの内容を逸脱してるって」


 ……あの校長、進学実績を血眼になって求めるタイプだから「遅かれ早かれやることです」って却下されそうな匂いがするのだが。

 

 と、それよりも。さっきの氷織との会話が気になる。もはや勉強よりも大事だ。何とかして訊かねば。


「っと。あれ、賢治結構正解してね?」

「あ、ほんとだ。確率の問題は標準問題までイケてるじゃないっすか」


 俺もつられて冊子に目を落とす。確かにこの冊子のだけは開いてからずっとマル続きだ。不正解続きだった反動で、俺は。


「……それほどでも、あるぜ」


 調子に乗った。


 そして、訊きたかったことを忘れた。


 ――――


 そうして勉強会が終わり、賢治は帰り。図書室は乙音と夏向が残る。


 夏向は本を抱えて借りに行く乙音に声を漏らす。

「すごい量だな。上限の10冊はあるじゃないか」

「ラノベならこれくらい1週間で読めますよ。それに私は読むの早い方なんで」


「……君、一人称違くなかった? もしかして賢治の前でしていたのは演技?」

「やだなあ。警戒する人物にまで繕う余裕は無いっすよ」


 両者は笑みを浮かべつつ視線はまるで笑っていない。


「そうだ。この際なんでひとつ訊いてもいいですか」


 乙音は借り手続きが終わったラノベを賢治の座っていた辺りに置く。夏向は身構える。


「私にこれからするお願いで、何を得ようって言うんです? 何が目的ですか?」


「なんの事だい?」


「とぼけんの下手っすね。一応これでも情報収集能力は自負してるんですけど」


 夏向は頭を搔く。先程のように。


「なら知ってるんじゃないの? どう答えて欲しいかも」

「ええ」

「なら――」

「お断りします」


 乙音はエコバッグにラノベを詰め肩にさげる。


「賢治のためを思うなら、わかるだろ」


 乙音はクソデカため息を吐いて眉間をしかめて向き直った。

「勘違いしないで欲しいっす。これは自分の為、ただのお節介なんす。辞める気は……まだしばらく無いっすよ」


 乙音は「それと、」と続ける。

「ボク、今結構楽しいんで」


 乙音は何かを続けようとする夏向を無視し去ってしまった。


 残る夏向はただひとつ呟いた。

「……」

 ――――


 俺はもはや中3ぶりに机を勉強のために使った。今日は褒められた確率の単元を完璧にしてやるぜ!

 と息巻いて、なんと勢いで冊子の3分の1まで終わらせてしまった。


 その時、ふと気づく。

 

「……俺、今日褒められたのか」


 なんだか久しぶりである。高校受験に何故か受かってしまった時以来だ。


 そういえば心臓マッサージのときも、緑川と三上に……ってあいつらはちょっと怖かったけど。それも乙音や氷織と出会ってから、もっと言えばアプリのおかげなのか。催眠アプリ様様だな。


 そして、そういえばそうだ。氷織に夏向が話しかけて、俺に関わるなって話があったな。一体どういうつもりだったんだろう。うーん。あいつぶっちゃけ、ときたま何考えてるか分からん時あるし、そういうもんか? いやでも……うーん?


「……寝るか」


 **


 そしてなんやかんや頑張りまして。


「見なよ夏向、俺の頑張りを……」

「おお、40点。赤点回避じゃん」

「ドヤァ………………」


 教室にて配られてそうそうテストを見せ合う。何せ隣の席である。


 なんとMARCHレベルの問題達をくぐり抜けてこの点数。俺にはきっと数学に才能があるのだろう!!!


「そんな夏向は一体何点かな――」


 覗き込む。赤い100の字。


「……は?」

「まあまあだな」

「……いや、え?MARCHレベルじゃねえの? 何満点取ってんの?」

「お前気付かなかったのか? このテスト作ったの多分母野じゃないぞ」

「…………じゃ、じゃあ、MARCHレベルのって話は?」

「直前で却下されたんじゃねえの? うちのクラスの試験監督母野だったし、あからさまに俯いてたし」


 俺は一気に頭まで巡っていた熱気が失せる。ということはあれだ。自分の力が弱すぎて問題のレベル分けすらできないというあれだ。


「お、俺の1ヶ月は?」

「まあでもお前にしては頑張った方だろ。普通レベルの問題でも1桁続きだったお前がこれなら、大した進歩だ」


 虚ろな顔の俺を無視した夏向がテストを仕舞う。「まあ今回はやったところがまんま出ただけだからな」と言いつつ笑い飛ばす。


 ……そう。俺は赤点を回避した。しかし、氷織にも言うことはできなかった。彼女は人格交代の用のとき以外、そのときでさえまともに話をしなくなったのだ。唯一乙音のLIENが喧しいのが救いでもある。


「なあ夏向」

「なんだ」


 彼はいつも通りの表情である。だがアレを見てからは底の知れないものにも見える。


「……なんでもないわ」

「そうか?」


 何も訊けず俺はただ残りの自習時間を居眠りしたかったが、うつ伏せることしか出来なかった。




 **


 俺は初の赤点回避を成したテスト用紙を見た。しかし何かから目を逸らしたくて自分の部屋で天井を仰ぎ見る。


 ……胸の当たりがスカスカしている。孤独というより、痛みを誘発するような。


 その時ふと、ベッドの方に人影。よくみると自分自身だ。……え? 自分自身? これ、まさか恋愛漫画でアドバイスしてくるイマジナリー自分?


 そうして、彼が口を開く。


「――――――」


「……なんて?」


「―は、ぜ――――に――――だ」


 彼は何かをいうがモザイクまみれ。そして姿も揺らいですぐに消える。……アドバイスくれるんじゃないのか。え、なんのために来た。


 俺は虚空を見つめた。胸につっかえる異物感を、振り払うために冷蔵庫から冷食を取り出し温めた。

 むしろ強くなる針の刺すような痛みを、ただ消そうとした

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