五話 ~すれ違う温度~
「……無理だよ、俺、恋愛とかよくわからないし」
瞬のその一言は、
まるで静かな部屋に落とされた一滴の水が、
思っていた以上に大きく波紋を広げていくみたいだった。
涼太は、口を開いたまま言葉を失った。
さっきまで胸の奥からこぼれ落ちそうだった“好き”の熱は、
一瞬でどこかへ霧散する。
「……あ、そう。そっか……」
笑おうとしたはずの唇が、
どうしても形にならない。
息が詰まるほど胸が痛い。
瞬は視線を泳がせながら、
慌てて続ける。
「違うんだよ、涼太が嫌とかじゃなくて……。
ほんとに、俺、自分の気持ちとか…誰かを好きになるってどういう感情なのか、
よくわかんないんだ」
「……うん」
涼太の声はかすれ、
そのままふっと途切れる。
二人の間に、いつもは感じたことのない“距離”が生まれた。
同じリビングにいるはずなのに、
やけに遠い。
瞬が気まずそうにソファのクッションをいじり、
涼太は黙ったまま視線を落とす。
(やばい…空気が…重い)
何か言わなきゃと思った瞬間、
先に口を開いたのは瞬だった。
「ごめん、こんな言い方しかできなくて…」
「……大丈夫。俺こそ、急に言ってごめん」
返した声はどこか冷たく、
瞬の心臓が小さく跳ねた。
今までならすぐ笑って誤魔化す涼太が、
笑わない。
ふたりの部屋なのに、
どこか“知らない場所”みたいに空気が冷えていく。
瞬は無意識に肩をすくめ、言葉を失う。
涼太は何も言わず立ち上がり、
「ちょっと、散歩してくる」と小さくつぶやいた。
扉が閉まる音がやけに響く。
残された瞬は、胸の奥がざわつく理由がわからず、
ただ静かな部屋の中で自分の手を握り締めた。
――この夜、
ふたりの関係は初めてすれ違いを見せ始めた。




