三話 ~撮影の合間に浮かぶのは~
朝からスタジオは慌ただしかった。
今日の涼太はドラマの撮影。
スタッフの声、ライトの熱、台本のページをめくる音――
すべてが日常のはずなのに、今日は妙に集中できない。
理由は一つ。
(……瞬、大丈夫かな)
昨夜、ソファで寝落ちしていた瞬。
毛布をかけたときに触れかけた、あの柔らかい髪。
思い出すだけで、胸がきゅっと締めつけられる。
「涼太くん、メイク入りまーす」
「はーい」
返事をしながら向かうが、頭の中には別の顔がいる。
メイクさんがパフを当てる間、ふいに聞かれた。
「ねぇ涼太くん。最近すっごく表情穏やかになったよね。
もしかして……彼女できた?」
「えっ、いえ……」
驚いて否定するが、メイクさんはにやっと笑う。
「隠さなくてもいいのに〜。
ほら、イケメンはすぐモテるでしょ?」
「いや、本当に……いないです」
(“彼女”じゃなくて、“好きな人”なら、いるけど)
でも――。
「……って言えるほど、俺にはまだ何もないから」
思わず口にしてしまった小さな本音。
メイクさんは「?」と首をかしげるだけで深くは聞かない。
撮影が始まる。
共演の女優が近づき、耳元でセリフを囁く。
胸に寄りかかるシーンだ。
普通なら慣れている。
仕事として割り切れる。
なのに今日は。
(……近いな)
瞬がソファで寝ていた距離と重なり、心が落ち着かない。
休憩中、共演者の女優が気軽に話しかけてくる。
「ねぇ、涼太くんって恋人いたりする?」
「え?」
「あ、彼女でも彼氏でも。
ファン向けじゃなくて、プライベートとして聞きたいんだよね」
悪意のない、ただの雑談。
だが胸がざわつく。
(……あいつのこと、こんなふうに軽く言われると嫌だな)
自分でも驚くほど、独占欲に似た感情があった。
だが、涼太は笑ってごまかす。
「そういうのは、まだ誰にも言えないかな」
「そっか。気になる人いるんだ?」
「まぁ……はい」
「どんな人?」
その質問に、少しだけ目線を落とす。
――無防備で、
――気を抜きすぎで、
――昔から誰より優しくて、
――俺の心臓をずっと苦しめる人。
「……大切な幼なじみです」
女優は驚き、すぐに微笑んだ。
「いいね。幼なじみって強いもんね」
「はい」
(強いよ。
強すぎて、ずっと勝てない。)
撮影が続く中も、
瞬の寝顔、声、温度が頭を離れなかった。
そして涼太はふと思う。
――あいつは今、家で何してるんだろう。
少しでも早く帰りたい。
あの無防備な人が待っている場所へ。
その気持ちを誰にも気づかれないように隠しながら、
涼太はカメラの前で笑顔を作った




