口論をする
4・職業その2
人口に対する公務員の比率は約15パーセントほどになる。これは医師がひとりの診療所から、小さな町の臨時職員まで公務員という形で国が収入を保証しているためである。副業としても認めているため、兼務する職業によっては給与はかなり低くなる。
「そんなに厳しくしなくたっていいだろう。俺が行くんだから、何が起こったって自分でなんとかするから」
「規則の話だ。誰が行こうが関係ない」
「俺を信じろ」
「だから、信じる、信じないとかの話ではない」
大きく息をついたオオリャイは、わざとらしく顔を顰めてからコンハニャの肩を叩き、そして繰り返した。
「俺とお前の中なんだから、信じろ。心配するな」
「……いい加減にしろ」
コンハニャは兄の腕を払った。
「心配していない。行くなら好きにしろ。だが許可は出せない」
「矛盾してんな。好きに行くから、許可を出せって言っているんだが」
コンハニャはもう兄の顔を見るのもうんざりだった。7人兄弟の中で唯一生き残った2人だが、まったく気が合わない。兄とは関わりあいたくないといくら思っていても、老いた両親が悲しむ事はコンハニャにはできないし、オオリャイは弟の気持ちなどまったく気にしない。
もっとも、コンハニャが島の出入国管理の仕事をしていなければ、兄は弟のところになど来ることは無いのかもしれない。そう考えると、余計にコンハニャの眉間の皺は増える。まだ20才になったばかりなのに、苦労だけは人の倍以上している気分である。
「なんだ、オオリャイだったのか」
押し問答をしている声が気になっていたらしい。奥の部屋にいた上司のチマサ・コゴンが顔を出し、カウンターの向こうで肘をついている男の顔を見ると笑顔になった。
「おお、チマー、元気か」
「おまえ、目上の名前を略するな」
「兄をおまえ呼ばわりするな」
チマサ・コゴンは兄弟2人より10才は年上だが、父親ぐらい離れているように老けて見える。だが本人はどう見えようと気にも留めず、いつでも笑顔である。
「まあ、いい、いい。オオリャイは変わらなそうだな。なんだ、またどこかに行くのか」
オオリャイとコンハニャの間に置かれている書類に目を落とし、チマサ・コゴンの笑顔は苦笑に変わった。
「ああ。でもこいつが許可出せないって言っててさ。船は明日出るからすぐに許可を貰わないと困るんだ。チマー、サインしてくれないか」
「こら、何を」
慌てたコンハニャが伸ばした手よりも先に、チマサ・コゴンはそれを取り上げ、サラサラと必要な箇所を埋めていった。
「ほら、これでいいだろう。気をつけろ。帰ったらすぐに顔を出せよ。そうしないと次は無いぞ」
「助かった。必ず顔を出す。土産も持ってくるから楽しみにしていてくれ」
諸手を上げて喜ぶオオリャイに、チマサ・コゴンは「楽しみにしているよ。だから元気に帰ってきてくれよ」と、いつもの笑顔に戻った。
コンハニャの渋面を見もせずに、オオリャイは手を振って役所を出ていく。腹立ちのあまり言葉の出ないコンハニャに、チマサ・コゴンは「ちゃんと無事に帰ってくるさ」と声をかけただけで部屋に戻ってしまった。
いつのまにか目元を流れ落ちた涙を慌てて拭いながら、コンハニャはお茶でも飲もうと同僚にひと声かけて席を立った。出国許可を待っている人々はまだまだいたが、同僚達は兄弟の事情をよく知っているので、みな無言で頷いただけだった。