十六章 姫、使命を考える
「姫よ、今、頭をよぎっているものについて聞きたい。」
長と子狐は、寝込み続けている姫の見舞いに来ているのだが、何も言わぬ姫を前に、話の糸口を探し、長は尋ねるのである。
姫は答える。
明日の午の刻、戌方向に何かが起こるゆえ、これからの吉凶を知るためにも見落としがないよう、気を張ろうとするのだが、体が言うことを聞かない云々…と、姫は言う。
長は、姫の言葉に切れがないことから、考えがまとまらず、何に悩んでいるかも分かっていないことに思いがいたる。
「姫よ、国家千年の計は重いか。」
姫は答える。
国家千年の計を練ることは、業が深く重いこと。
千年先の民を生かすために、今の民に苦労を強いる策を練ること。
大国の民を混沌に陥れる策を練ること。
先人が、身を削る想いで決断して作った戒めを、自分ごときが、軽々しく扱っていること。
それら全てが苦しいと、姫は言う。
「姫よ、そなたの言うとおりである。
業が深いことをしているがゆえに、割り切れないことも自然のことである。」
「狐族の長よ、何ゆえに私なのか。
私よりも心が強く、聡明な者はたくさんいる。」
「姫よ、そなたの言うとおりである。そなたより気の強い者もいる。
しかし、私の言葉が聞こえ、私を知ろうとする者は、そなただけである。」
「狐族の長よ、私にしかできぬことは分かっている。
ただ、結局のところ一人の女でしかない私が、国を翻弄する策を思いついてしまうことが怖い。
私は狂っており、妄想に取り付かれた、憐れな人間なのかと。
何が正しく、何が間違っているか、自分の正気さを測るものさしがない。
そなたに相談しようとも思ったが、きっと自分はその答えに納得しない。
そのような人間が、このような大役に就いていいのかと、そればかりを繰り返し考えている。」
姫は今、自分が長の膝にしがみつき、嗚咽を垂れ流していることに気づいていない。
「姫よ、泣きたいときは泣くがよい。
泣くことでしか晴れない気持ちもあろう。
しかし、そなたの涙は私のものでもある。
私もまた、自分のような小さな者が、世を引っ掻き回してよいのか、分からない。
そなたの涙を通じて、私も今、泣いている。」
長は力のかぎり姫を抱きしめる。
子狐は、自分の目にたまる水が何なのか、分からないのであった。




