一章 姫、違いを考える
「姫よ、私が物の怪か否か、そなたには大事であるか。」
姫が正座して中庭を見ていると、女中の噂する声が急に途絶える。
噂の聞こえていた方に振り向くと、女中の二人組みは微動だにせず立ち尽くしている。
中庭に向き直ると、子狐を連れた背の高い男が立っており、狐族の長であると名乗る。
姫は答える。
私は幼い身であるゆえ、時を止めるような妖術の類を見ると、身構えてしまうこと。
しかし、長の問いかけには答えるつもりであること。
そなたが、妖術を使う、ただの人間であるならば、私は何も言うつもりはないこと。
そなたが、物の怪であるならば、自分の知らない世界について、私は根掘り葉掘り問うつもりであること。
かような違いが出るほど、私にはそなたの言う別は大事であると、姫は言う。
「姫よ、まず突然の非礼、お詫び申し上げる。では、そなたには、私は物の怪であると思ってもらいたい。」
「狐族の長よ、では言ったとおり、そなたに問う。遠い古のことか、はるか先のことについて、狐族に何か言い伝えはあるか。」
長は答える。
「先は古につながる」という言葉が、狐族にあること。
不老不死の仙人がおり、時が果てるまで生きるならば、再びこの時この場所に立つかもしれないこと。
かもしれないと言うのは、歴史が巡るたびに、少しずつ変わっていること。
次の歴史では、私は虫になり、この庭の蜜を吸うかもしれないと、長は言う。
「狐族の長よ、次の歴史では、私が鳥になり、そなたの住む里の枝に止まるかもしれないということか。面白い話である。」
「姫よ、面白い話ついでに、もう一つ話したいことがある。」
長は語る。
この国から西に海を越え、長い道のりを旅すると、国を失い放浪の身である民達に会うこと。
その民達は、かつて他の国を圧倒するほどの、栄華を極めた王国で暮らしていたこと。
やがて偉大な王が亡くなると、次の王の座を狙う者達が争い、長く王のいない時が続いたこと。
周りの国は、その空白の王の座を突き、攻め滅ぼしてしまったこと。
亡国の民となった、かの者達は、周りの国の奴隷になるか迫害されるか、苦難の道を歩んでいること。
国を亡くし、民をさ迷わせることは、このように業が深いこと。
さて、この国は隣の国を挟み、大国がこの地を狙っているかもしれないこと。
大国の軍が隣の国を占領し、この地に攻めてくれば、この国の民も亡国の民と同じ道を歩むことになると、長は言う。
「狐族の長よ、そなたの話は確かに興味深い。しかし、何ゆえに私に話すのか。」
長は答える。
「大国の攻め入るとき、人と狐が和して戦う。和せず戦えば負け、この地は焦土と化す。住むところ無し。」という言い伝えが、狐族にあること。
先祖代々、狐族は自分達の姿が見え、声を聞くことのできる者を探し続け、やっと姫を見つけたこと。
しかし、狐族にまつわる不思議な術を姫に教えても、一代で終わってしまえば、元も子もないため、憂国の志を持つ者を集め、国を守る術を引き継いでほしいと、長は言うのであるが。
「姫よ、どこへ行ったか。」
長が左右を見渡すと、子狐を追いかける姫の姿があった。
「狐族の長よ、話が長い。この子狐は可愛いゆえ、人と狐の子が走り回る世を共に作ってほしいとだけ言って、他の話は別のときにすればよかろう。さてさて、この子狐をこれからも連れて来るならば、遊びがてらに小難しい話を聞こう。」
長は赤く恥じ入りながら、かたじけないと言うことが精一杯だった。




