消えゆく景色
星になったおじいちゃんは、絵がとても上手いんだって。
おでしさんも多くて、写真をとって送ってくるんだ。
お父さんは、「仕事が出来ても……」って怖い顔しながら笑うんだよ。
変なの。
「タエちゃん、楽しかったね!」
「あれ? タクちゃん。そう……、楽しかったなら嬉しいわ」
買い物カゴを片手に、もう片方の手はしっかり巧の手を握って家路についていた。
いつの間に買い物が終わっていたのだろう? 必要なものは入っているし、巧も楽しそうだった。
それなら、何の問題もない。若干胸に残るモヤモヤは、きっとすぐに忘れるものだろう。
その週には菅原家に呼ばれ、一緒に晩御飯を食べることになった。
徒歩で遊びに行ける距離だけに、程よい関係を心掛けないといけない。
息子の徹はゲンと微妙な距離感のまま独立し、嫁の由美子と良好な家族関係を築いている。
いくら巧が仲を取り持ってくれるからと言って、甘える訳にはいかない。
だけど、「料理を教えて欲しい」と言われてしまったら……。
そんな理由を作ってくれた由美子には、とても感謝している。
「今日のご飯、とっても美味しいね」
「巧、ハシャギすぎだぞ」
「お義母さんがいて嬉しいのよね」
「うーん」
「あらあら、それは私も嬉しいわ」
「じゃあ、そろそろ?」
「それとこれとは別よ。私には新しい友達もいるんだから」
「「ねー」」
「いつでも待っていますから。本当ですよ」
由美子の言葉に、徹はしっかりと頷く。
子供用の椅子に固定された友香も、スプーンを片手に暴れている。
巧は食べる手を止めて、落ち着かせるように友香の頭を優しくなでていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あらあら、また来てしまったわ」
「あっ、タエさーん!」
「こんにちは、ミーアさん」
「この間は、デイルが迷惑かけたみたいね。ガレットちゃんも喜んでいたわ」
ミーアは店を人に任せ、エプロンを外しながら前に出てきた。
店を切り盛りしているだけあって、チャキチャキしているのは好ましい。
売れない絵描きが彼氏というと、「あ~」とよく言われるようだ。
ミーアはよく働くし容姿も良いので、多くの人に口説かれるけれどデイルにゾッコンらしい。
「それで、デイルさんは絵を描けているの?」
「それが、色は決まったみたいだけど……。ちょっと、喧嘩しちゃったのが効いてるみたい」
「あら、喧嘩はいけないわ」
「だって、私にもタエさんにも隠し事をしてるんですよ。だから絵が完成したら、ゲンの屋敷を教えてもらう約束をしたんです」
「よく納得したわね」
「ううん。でも、必ず聞き出すから!」
ミーアは、否を言わせない迫力を見せていた。
デイルの姿を思い浮かべると、『尻に敷かれている』くらいが丁度良いのかもしれない。
「タエさんは、旅をしてきたのよね?」
「そうね。ちょっと遠くからだけど」
「もし良かったらだけど、デイルに何かヒントをくれないかしら?」
「あら、困ったわ。私、絵心はないから……」
タエは困った顔を浮かべると、ふと何かを思い出した。
手提げバッグからスマホを取り出したタエは、一瞬考えた後ポチポチと操作を始める。
「タエさん、それは何ですか?」
「えーっと、息子が入れてくれたのよ」
「見てもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
タエが見せた画像ファイルは、多くの『富士山』が描かれたものだった。
浮世絵風のものもあれば、ポップな絵柄のものもあった。
多くの絵は銭湯で描かれているものであり、富士山を各所から見たような景色も描かれていた。
「これ……、凄い」
「そう? ありがとう。この山は、日本が誇る……」
「ううん。もちろん山も素晴らしいんだけど、小さいのに精密と言うか……。それだけじゃないわ」
「これで、デイルさんのヒントになるかしら?」
「あっ……そうそう、それが目的だった。タエさん、今時間ある?」
迫ってくるミーアの圧に、ちょっとだけ体を引き、戸惑いながらもOKの返事をする。
ミーアは一言二言店員に話し、手を引きながらデイルの住む家まで案内してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼間は絵を描いている時間のようだ。
その分、早朝と夜間に仕事をしているようで、睡眠時間を削るしかデイルに差し出せるものはないらしい。
ミーアと私の入室も気づかず、大分煮詰まっているようだ。
「ねえねえ、デイル。タエさんの絵を見て!」
「ミーアさん、これは私が描いたものじゃ……」
「いいから。デイル、こっちを見なさい!」
「はっ、はい!」
あまりの迫力に、デイルは思わず立ち上がって返事をした。
スマホを取り出して画像ファイルを大きく映し出す。
「これ……、これって?」
「富士山よ。息子が入れてくれたの」
腕を取り、食い気味に覗き込むデイル。
そして何種類か画像を見せたところで、「これって魔道具……」とこぼした。
「タエさん、これって高価なものよね?」
「そうなのかしら? 息子が持たせてくれたものだから、お金については分からないわ」
「やっぱり、お貴族さまなのかしら?」
「ミーア、それはどうでもいい。もしかして、タエさんって……」
デイルの推測の言葉は、続きが出てこなかった。
その代わりに、『絶対絵を完成させて、ゲンの屋敷を案内する』と約束してくれた。
それにはゲンの屋敷にいる人達に、絵の出来栄えを認めさせなければいけないらしい。
「どうしたの? デイル」
「ミーア、是非とも完成させるぞ!」
「う、うん。それは良いことだわ」
「この絵が完成したら仕事も増やす。ガレットにも、良い暮らしをさせる」
「そうね。デイルも、ようやく家長としての責任も出……」
「だから、俺と一緒になってくれ。叶わなければ、俺から身を引くから」
「どうしたの? えっ? 何勝手に決めているのよ」
「それだけ本気って事だ。ミーア、仕事に戻ってくれ。俺も頑張るから」
まるで押し出すように、ミーアと一緒に家を追い出される。
勢いでプロポーズと別れを一緒に言われたミーアは、出た瞬間思い出したのか茫然としていた。
自分勝手な男の言い様だったけど、時代柄女性に拒否権はないとタエは思っていた。
仕事で一生懸命になるのは男として褒められることだし、息子の徹のように家族を大事にするのも一つの形だ。
この後ミーアは、ラスティの妻メリィに相談したいと呟いた。
それだけデイルの変わり様は特別だったらしい。
同じ女性として、ミーアには思うところがあるので、一緒にラスティ家にいくことにした。