Spall:22
フレンはこのまま学園に戻るつもりだったのだが、そうは問屋がおろさなかった。父ベリエスと共に帝都に戻ることになった。皇太子がいる以上、この軍隊は皇太子軍であり、ベリエスはあくまで皇太子から軍を預かっているだけである。そして、皇太子が帝都へ行くと言うのであれば、彼に招集されたフレンもついて行かざるを得ない。
「と言うか、父上が普通に指揮をとればいいでしょ」
「そうは言ってもねぇ。私はやっぱり戦う方が向いてるよ」
ベリエスはそう言ってからりと笑ったが、彼の指揮官としての才覚は軍事の最高権を預かっているところからもうかがい知れる。経験だってフレンよりあるし、ベリエスが指揮を執った方が速く物事が片付く気がする。
要するにベリエスは、フレンに経験を積ませたいのだ。彼は、フレンならこの一連の反乱を片づけられると思っているし、もし失敗しても自分が尻拭いできる範囲だと思っているのだ。信頼されているのか微妙なところであるが!
まあできなくはないので一度この話は保留にし、フレンは斜め後ろを馬で書けるハインを振り返った。ちなみに、フレンはベリエスと馬を並べて軍の中央あたりをかけている。
「そう言えばあの歌、誰の魔法?」
ハインは一瞬ぽかんとしたが、すぐに「ああ」と笑みを浮かべた。
「第四学年のローゼマリー・ファティって子。フレンと同じような魔法だよね」
「私より力は強かったけどね」
そう言ってフレンは肩をすくめた。そうか、ローゼマリーか。答えを得てフレンは前を向く。妹ティアがヒロインだなんだと騒いでいる少女である。
精神感応魔法は使いようによっては凶悪だ。使いどころを間違えないように気を付けてやらねばならないだろう。
その性格上、この皇太子軍は騎兵のみで構成されていた。そのため、もちろん進軍速度も速い。全力で駆けても帝都まで三日かかる距離だ。余力を残さなければならないので五日かかった。
「放て!」
放て、と言われて想像するのは矢だ。しかし、降ってきたのは魔法だ。火炎魔法やら雷魔法やら、フレンは降ってきた魔法を見上げた。
「ヒルデ!」
勝手に指示を出すフレンである。心得た、とばかりにヒルデが氷魔法を展開した。化学反応が起きて爆発が起こった。フレンは腕をかざして目を保護する。
予想通り、待ち伏せていた。だが、罠を張っているのが自分たちだけだと思うなよ。
彼女らは森の中を突っ切っていたのだが、左右の木々の間から魔法が飛んできた。右手は少し坂になっている。
フレンは中央の正式な街道を進んでいたが、その左右でベリエスとヒルデがそれぞれ百五十人を率いて私兵を一掃する。襲い掛かってくるのがわかっているのだから、その対抗策をとればよい。
フレンとハインはマックスを守って中央を、ベリエスとヒルデはそれぞれ軍人を率いて左右の私兵を撃破する。単純な作戦だ。
右手から私兵が襲い掛かってきた。ハインが前に出て切り捨てる。フレンはマックスの手綱を引いて少し下がらせた。マックスはフレンにされるがままになっている。
「フレン!」
ハインが叫んだ。魔法が飛んできたのだ。とっさにマックスの手綱を放す。代わりに剣の柄を手に取った。彼女は魔導師であるが、戦闘面では魔法破壊が役立つことの方が多い。
剣を一閃させる。マックスが「お見事!」と軽く手をたたいた。無事に魔法破壊が成功したのだ。
「殿下。ご無事ですね」
「うん。公爵のお子さんはみんな優秀だね」
とさりげなくティアも巻き込んでいる辺り、マックスは本当にティアに甘いと思う。さしものベリエスも苦笑した。
「それはまた光栄なことをおっしゃる」
などと言いながらベリエスがフレンに剣を差し出した。抜身であるが、柄の方を差し出されている。その剣が刃こぼれしているのを見て、フレンは柄をとった。左手で受け取り、右手の人差し指と中指をくっつけてゆっくりと刀身に指を走らせる。
魔法による研磨である。まあ、実際に石で研いだ方が良いのだが、この場合は仕方があるまい。フレンは自分も剣の柄の部分を父に向け、無言で突き返した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ニコリと笑って礼を言う父に、悪い気はしないので素っ気なく返す。基本的に、父ベリエスの少ない魔力は身体能力の強化に回っている。そのため、フレンが得意とするような細かい作業は父には不可能だった。
「フレン、俺のも頼めるか」
「自分でしろよ」
と言いつつ、フレンはヒルデの剣も受け取った。ベリエスのものと同じようにする。ヒルデにもこの魔法は使えるはずだが、精密度と言う点でフレンに分があるだろう。
「はい」
「悪いな」
「別にいいけどね」
この会話になるあたりが、フレンとベリエス、フレンとヒルデの関係の違いだろうか。マックスとハインが笑いをこらえるような表情なのにちょっと腹がった。
「それで、フレン。ハンナヴァルト公爵の私兵は一体何人くらいいるんだろう」
「そうですねぇ」
マックスに尋ねられ、馬を進ませながら考える。フレンは魔導師であるが、魔法に頼った調査をしない。どうしても、索敵能力には限界があるからだ。その魔法の種類にもよるが、正確な人数を知るのは不可能である。
なのでフレンは目に見える情報と魔法による情報を合わせて推測する。フレンはもともと魔法純理論が専門であり、こうした考察の方が得意なのだ。
「まあ、一万人は下らないでしょうが、すでに二千人と、千人と遭遇しておりますので、まあ、帝都に迫っているのは八千人いればいい方でしょう」
「……」
よどみなく答えたフレンに、男どもは引いていた。ははは、と笑うのはベリエスである。
「本当に、君の頭脳には恐れ入るね!」
「父上だって、これくらい推測できるでしょう」
「いや、そう言うことじゃないよ」
ベリエスはそう言って、フレンに向かって言った。
「フレン、君は頭がいいね。君は魔導師だけど、魔法を完全には信用していない。自分自身のことですら」
辛辣な言葉であった。父はポーカーフェイスでニコニコしているが、時々こんなことを言ってくるから怖い。
「別に私は何も信用してないわけじゃない。父上やハインのことを信じてるし、ヒルデや殿下のことだって」
「ああ、ごめん。そう言うことじゃないよ」
ちょっとムッとして言い返すと、ベリエスは再び苦笑を浮かべて、言った。
「今必要なものがわかってるってこと。今必要なのは軍事力じゃない。情報だよね」
「……」
ベリエスは情報の重要さをわかっている。二十年前のクーデターの時、情報量の差が皇帝軍とクーデター軍の勝敗を分けた。指導者であった現在の女帝ヴァルブルガも、実際に指揮を執った現在のヴァルトエック公爵ベリエスも、わかっていた。幸い、彼らの仲間には情報戦を得意とするカティとローラントと言う仲間がいた。
と言うことは今、フレンが母たちの代わりを担っていると言うことか? ……なんとなく釈然としないのはなぜだ。
ついに帝都が見えてきた。一応、女帝には連絡を入れてあるが、どうなっているだろう。
「……戦の定石としては」
帝都の関所近くまで来たフレンが口を開くと、視線が彼女に集まった。
「指揮官の首をとれば、早急にことは解決する」
要するにフレンはハンナヴァルト公爵を討ち取れ、と言っているのだ。どんな策をめぐらすにせよ、これが一番早い。
「なら、僕たちは絶対大丈夫だね。ヴァルトエック公爵が負けるなんてありえないもんね」
ニコリと笑ってそう言ったマックスは確信犯であろうか。信頼と言ってもいいが、ある意味脅迫である。まあ、フレンやハインの双子、さらに言えばヒルデやオスカーだって、ベリエスが単独で負けるなどと思っていないけど。
「……恐れながら殿下。わが軍の指揮官は殿下です」
何とかツッコミを入れたのは結局フレンだった。男どもは結局、冗談か本気か判断がつかず、何も言えなかったのである。
「と言うわけで一つ考えがあるんだけど父上」
「ん、何々?」
ベリエスはフレンの言葉に耳を傾けてくれたが、両省のあとに言った言葉がこれだった。
「フレン。やっぱり君もカティの娘だね」
よけないなお世話である。ついでに言えば、目の前の童顔男の娘でもあるのだが。
△
果たして――――。
フレンの作戦は成功した。作戦と言っても単純なもので、むしろお前なんで引っかかった、と問いたい。
青い軍服を着て、いつもは高い位置でポニーテールにしている黒髪をうなじで結っていた。さらにマントを羽織り体格を隠せば、遠目からなら父ベリエスに見えなくもない、と言うことだ。
実際に一度間違われているので、おそらくうまく行くと思ったが、こうもうまく行くと逆にしょげる。
一方のハンナヴァルト公爵を宮殿手前で捕獲した父ベリエスである。彼は赤い学生、予備軍人の軍服を着ていた。要するに、父と娘が入れ替わったのである。
本当はベリエスとハインが入れ替わってもよかったのだが、ハンナヴァルト公爵捕獲に強い剣士を動員したかった。マックスが一緒だったからである。そして、フレンは多少の魔導師と地の利があれば何とかなる。そう判断してフレンとベリエスが入れ替わった。
フレンも思うが、誰しも最強の剣士ベリエスと真正面からぶつかりたくない。今まさに宮殿に侵入しようとしていたハンナヴァルト公爵は、マックスがヴァルトエック公爵家の双子に護衛されて宮殿に入って行くのを見た。そして、ベリエスがいないと判断して襲い掛かり、返り討ちに会ったのである。とても単純な作戦だった。
一方のフレンは、ヒルデと共に帝都に散らばっていたハンナヴァルト公爵の私兵を一所に集めて応戦していた。こちらも無事に解決している。
「まさかうまく行くとは。体格が結構違うのに」
と言ったのはハインである。確かに、体格はハインとベリエスの方が近いが、身長と顔ならフレンとベリエスの方が近い。
「遠くから見たらわからないからね。それに、思い込みってのもある」
思い込みとは恐ろしいものなのである。はーい、そこ静かに、とベリエスが息子と娘をたしなめた。双子はそろって肩をすくめる。あまり性格が似ていないと言われる二人だが、こういうところは似ていた。
女帝ヴァルブルガが姿を現した。そして、彼女はハンナヴァルト公爵を見て、ベリエスを見て、その双子の子供を見て言った。
「……どういう状況?」
明らかに問われている内容が違う気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
フレンはともかく、父上はちょっと無理があると思う。




