1-9 ダンジョンアサルト
互いの自己紹介も終えた後、アンリッシュド・ストラトスのメンバーは各々の準備を開始していた。戦闘の準備である。どうやらセルディア等と出会う前から、この後は迷宮に潜ると決めていたらしい。
戦闘服に着替え、得物の点検を行う。セルディアは男なので、着替えの際には勿論部屋の外に締め出されていた。締め出されたと言うと、まるで彼が抵抗していた様に聞こえてしまうため少々語弊があるかもしれないが。自称紳士な彼は女の子が着替え中の部屋に堂々と居座るような真似はしないのだ。
ちなみにそんな自称紳士の特技はスリーサイズ目測である。『紳士』とはいったい何を指す言葉だったのか。
(正直覗きたい……けど、こんなところで命を散らす訳にも行かない――ッ!!)
そんな訳で妄想に浸ることにした。
部屋の中の様子――主にロカの着替えシーンを思い浮かべて笑みを浮かべる。
エストリカに勝らずとも劣らないモデル体型。戦闘従事者ならではの引き締まった身体。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる肉体美。半獣だからって差別し遠ざけている人々がバカに思える元日本人だった。
初対面時、思わず凝視してしまったところで「女を見てヘラヘラしそうだ」と指摘された時は、顔に出ていたのかと心底焦ったものだ。
かれこれ一〇分近く。着替えが終わり、中から呼び声が掛かる。
「ディアー、もう入っていいよー」
……何故、着替えの必要がないエストリカから許可が下りるのか。
いたずら好きなエストリカの罠である可能性を考慮する。ドアを上げたら最後、まだ着替え途中の少女達に袋叩きにされるかもしれない。ラッキースケベは大いに歓迎だが、それで痛い目にあうのは嫌なのだ。
慎重にドアノブを捻り、ゆっくりと前に押す。
すると突然、向こう側から引っ張られて前につんのめった。
「なにしてるの? 早く入ってきなさいよ」
「あ、ああ。……俺、『普通』ってヤツのありがたみを再認識したよ」
「何訳分からない事いってるのよ……」
フレアから差し出された掌を握り返し、立ち上がったセルディアは視線を巡らせる。
エストリカを覗く四人全員が戦闘用の装備に着替えていた。
「さて。早速迷宮に潜ろうと思うけど、二人とも準備は良い?」
「問題ないよ。……と言っても、そもそも準備するものが無いだけな訳だが」
「あたしも大丈夫ー」
苦笑しながら言うセルディアにエストリカもまったりした口調で続く。しかし、言葉とは裏腹に大精霊の格好はあまりにも軽装だった。身に纏うのは白いワンピースただ一つ。これから迷宮に潜る者とは思えない、無防備極まりない装い。
ほぼ初対面のアンリッシュド・ストラトスが、それを指摘せずにスルーする訳も無く。
「あの、エストリカさん……。ほんとうにそのかっこうで中に入るんですか?」
気遣わしげかつ訝しげな声で尋ねたのはアリアだった。
訝しげになるのも無理はない。
無防備な彼女が迷宮内で窮地に陥れば、それが原因でパーティが全滅する事だって在り得るのだ。協力関係にあるため逃げ出すような真似はしないが、かといってエストリカの為に命を投げ出せるほどの関係でもない。
それを理解した上でセルディアは笑いながら、
「それに関しては問題ないよ。エストリカには、俺が傷一つ付けさせないから」
「エストリカちゃん愛されてるんだねー。いいなぁ、羨ましいなぁ」
「無理もないわね」
「セルディアさんったらだいたんですねぇ」
「いやー、照れるじゃない」
「今そういう雰囲気の話題だったかな!?」
リル、フレア、アリアの言葉に思わずツッコミを入れてしまう。エストリカもエストリカで、既に馴染んでいてなんとも言えない気分になるセルディアだった。
そんな茶番を外から眺めていたロカは顎に手を添えて、
「ふむ。なにはともあれ、迷宮内で無防備な人間に傷一つ付けまいと豪語するセルディアの実力は気になるところではある」
「ノルベルトの攻撃を受け止めてビクともしないくらいには実力があるみたいだしね。それも、あんな小柄な短剣二振りで」
フレアの言葉を吟味するに、この二振りの短剣が【霊剣】だとは気が付いていないらしい。【七つの神器】の中でもマイナーなものだから何もおかしくは無いのだが。
誰からの指摘も入らない事から、知っている者はいないと考えていいだろう。
「戦いに関してはそれなりに自信があるつもりだよ。迷宮内の魔物が外と比べて格段に強い、とかそういう訳じゃなければ」
「まあ、魔物の強さに関しては階層によって変化していくからね」
言いながら、フレアは部屋の扉のドアノブに手を掛けて振り返る。
「じゃあ、早速迷宮まで行くとしましょうか」
◇
孤児院から住宅街を通らずに迷宮まで行けるルート。そこを辿って歩く事十数分程。六人は【天昇迷宮】の麓まで来ていた。
丁度昼時なので人があまり多くないが、あと少し経てば沢山の探求者達が行き交うようになる。
半獣であるフレア達は、普段からこうした人通りの少ない時間に迷宮へ向かうようにしているらしい。
この場所に来たのは今回が初めてなセルディアは、顔を限界まで持ち上げて巨大な塔型迷宮を見上げていた。
「でかすぎるだろ……こんなものどうやって建てるんだ?」
「さあな。普通の建築術師には無理だと思うぞ。そもそも、これは本当に人間が建てたものなのか? という疑問まである」
「確かボクが聞いたはなしだと、一〇〇年近く前に突然現れたんだってー」
一〇〇年前といえば、人族と魔族が戦争をしていた時代であり、半魔の少年が【時空凍結】によって眠りについた頃でもある。
セルディア=レイアサルトの認識だと、この世界はどこまでもファンタジーだ。俗に聖剣などと呼ばれる、魔族を勝手に淀みと判断して強いダメージを与えるクソッタレな武器があったとしても、突然非人為的に巨大な塔が現れたとしても、もう驚くことはない。
この世界を生きる人々もそれが常識なのだと認識している。
フレアは田舎者へ説明するように、
「これだけ大きな規模のケースは初めてだけど、突発的に迷宮が現れるっていうのは今までに何度もあるのよ。それがどういう理屈になっているのかは知らないけれど、そういう風に出来てるみたいね。考えるだけ無駄でしょう」
「……?」
フレアの言い回しにちょっとした違和感を覚えつつも、セルディアは彼女の説明をインプットしておく。
「ここで立ち止まっていたら時間が勿体ないわ。セルディアの実力を見る他にも、ギルドで受けた依頼だってやらないといけないんだから」
そう、これから迷宮に潜るのには二つの目的があった。
一つはセルディアの実力を確認すること。大見得きって手伝うと言ったのはいいものの、迷宮で戦えるだけの実力が無いことには意味がない協力するつもりが反って足手まといになっていては本末転倒である。
二つ目はフレアが言った通り、ギルドで受けた依頼の完遂だ。
「セルディアくん、期待してるよー?」
にこやかにフランクなリルが後ろからトンと肩を叩く。
半獣だから、強い警戒心を向けられてまともに会話も出来ないかもしれない、と少しだけ思っていたセルディアは、現状に安心しながら言う。
「うん。ご期待に沿えるよう頑張ろうか」
「もしケガをしても、わたしが治してあげますからね?」
……微笑みを浮かべたアリアの言葉に、『ちょっとくらいミスして怪我をするのも悪くないかもしれない』とか思いながら。
◆
【天昇迷宮】は塔型迷宮である。灰色の素材で出来たかなり硬質な外壁。少なくとも、迷宮都市アイオスにいる探求者の中で、その壁を壊せる者はいないらしい。
何階層まであるのかは未だ不明。おそらくは、最上階につくまでその真相が分かることはないだろう。
「階層にはそれぞれ四体の守護者と一体の守護獣がいるの。中は迷路みたいになってるんだけど、その途中途中に『生まれ出る』のが守護者。次の階層への転移門を守るのが階層主……守護獣。前者は戦闘を回避できるけど、後者の守護獣は別」
「というと?」
「転移門に繋がる道の手前に、大きな部屋があるの。そこに現れる守護獣を倒さない限り、道への扉は開かない仕組みになってるみたいね」
「……守護獣を倒すのは絶対条件になる訳か。攻略が進みづらい訳だね」
「先の階層に進むには、その途中にある階層の守護獣も倒さないといけないからねー」
リルの明るい声が響き渡る。
彼らは今、【天昇迷宮】の中にいた。
薄暗い洞窟をイメージさせる空間。光源が一切ないはずなのに中が明るいのは、壁が仄かに発光する素材で出来ているからの様だ。
「うん。だから、あのシグルーンっていう探求者のクランは凄いよ、本当に」
フレアの言葉にちょっとした興味心を抱いたセルディアは問う。
「ちなみに、皆は今までの最高記録はどうなっているのかな」
「私達は第三階層の第二守護者までかな。かなり時間を掛けたけどね」
「それって結構凄いのではないの? 最前線が第四階層の第四守護者討伐なんだよね」
「第一階層と第二階層の敵はパーティで挑めば結構楽に倒せるんだ。きっと他のパーティやクランも、それは変わらない。そこから先は、それぞれの地力が試される。私達は言って中堅クラスじゃないかしらね」
「そういうものか」
二層までは比較的に楽に進める。そこから先が厳しい――とはいっても、アンリッシュド・ストラトスはたった四人で第三階層の第二守護者を倒すに至っているのだ。
セルディアは探求者の実力水準は知らない。だが、それはきっと凄い事なのだろうと思った。
「ディア」
今まで黙っていたエストリカの声が響く。
声に促されて前方を見ると、同じようにこちらを見据える人型の影を見つけた。
薄暗い迷宮内で爛々と輝く金色の眼に、およそ三・四投身程の小柄な体躯。背中が丸まっている所為か余計に小さく見える。渋い緑色の身体は、離れていてもキツい臭いが漂ってくる。
ボブゴブリン。
かつてより、人間に対立する邪悪な存在と言われてきた生物――魔物。道具を使う知能があり、独自の言語を持つ種族だ。
「相変わらず臭いね。……一〇〇年経ってもこれは変わらないらしい」
「??? セルディア、今何か言ったかしら?」
「いいや、なんでもないよ」
フレアの質問を、首を振りながら否定する。
ボブゴブリンは魔性大陸にも生息しているため、今までに何度も見た事があった。同時に戦ったことも何度もあるので、その実力は知っている。
――それが今も同じなのかは定かではないが。
ゆっくりと【霊剣】を抜くセルディアを見て、フレアは苦笑しながら、
「ボブゴブリンは第一階層で……というかこの【天昇迷宮】で一番弱い魔物だから。私達は手出ししないけど、さっさと倒して先に進みましょう」
「了解した」
声と同時に駆け出す。
ボブゴブリンの数、六体。細い腕に握られているのは全長七〇センチメートル程の棍棒。
そこまで情報をインプットして、それを「必要ない」と切り捨てた。
目を細め、先頭のボブゴブリンの胸の中心に狙いを定める。
視界の隅で棍棒が振り上げられるのを見た。だが、遅い。
地面と平行に構えていた右の【霊剣】を定めた狙いへ寸分違わず突き刺す
バギンッ! という硬質な音が響く。
魔物にとって心臓と同等の存在である魔結晶を砕いた音だ。これが破壊されれば、魔物はその体を保つことが出来ずに消滅する。
――そうなるまでの数瞬のタイムラグの間に、セルディアは突き刺さった【霊剣】を真横に振るう。
薙ぎ払われたボブゴブリンが別の個体と激突した。ぶつけられたことで大きく体勢を崩したボブゴブリンの魔結晶もまた、【霊剣】で砕き割る。
使い勝手の悪い戦法だ。いかなる魔物も魔結晶を破壊されれば簡単に倒すことができる。だが、強力な魔物は強靭な肉体を持っているか、普通の武器では到達できない位置に魔結晶がある。
『短剣』の中では四〇センチメートルと刀身が長い【霊剣】だが、この戦法が通じるのは小柄な魔物だけだ。
手を止めることなく、次々とボブゴブリンの魔結晶を破壊し、粉々に屠っていくセルディア。
気が付けば、道を塞いでいた魔物の痕跡は何一つ残っていなかった。
この間、一分弱。
そこまでやって彼は尋ねる。
「あ、魔結晶全部壊してしまったけど、問題なかったかな?」
「……ええ。この程度の魔物の魔結晶なんて、売っても高が知れてるしね。普段は一応集めてるけれど、大して問題はないわ」
肩を竦めて言ったフレアの横でリルが続く。
「それにしてもさあ……これ、わざわざ試すまでもなくセルディアくんは合格だと思うなー」
「一寸の狂いなく六体の魔結晶を破壊したか。短剣捌きも常人のレベルを超えている。見たところ、短剣そのものも相当な業物に思えるが……決してそれだけではない」
「このちょうしだとわたしの治癒はひつようなさそうですね」
口々に言っていくアンリッシュド・ストラトスのメンバー達。
そんな彼女らの傍からとととっと駆けてきたエストリカは、ニヤニヤ笑いながらセルディアの耳元で囁いた。
「(どう? 女の子達から口々に褒められる気分は)」
「(……悪い訳がないだろうに)」




