【J】遺跡入口
ますます得体の知れないやつだ。のらりくらりとしているのに追及されたくないという意思はしっかり伝わってくる。俺としては“まだ”観察段階だ。それに何より……コイツは道中また「疲れたー」など口数少なくはないだろう。そこにあのチビが合流するとなったら。正直余計な気力を使いたくないというのが本音だ。
騎士団の携帯食はコップ1杯程度の水と小麦を主体としたブロック状の主食と干し肉、甘味として溶けない工夫をしたチョコレートのようなもの(これを口にした者は全員チョコレートという認識をしなかった)持ち運びと長期保存を重視しているため、味はイマイチ・固い・水分が少ない。
食べるのに難儀している様子に思案する。所作や体力的には一般人の枠に入らないくせに、こういったものには馴染はない……そういったものが支給される場所には属していなかったってことだろうなと判断してもいいだろう。に、しても、
「おい、そろそろ出発するぞ。」
「むー、うぐぅ……。」
「物食いながら返事するんじゃねぇ!」
目が話しかけたのはそっちじゃないかーと言いたげに訴えている。俺は舌打ちして荷から取り出した掌に隠れる大きさの球体を1度強く握った。瞬間、ふにふにとした触感に変わり、内部に水が満ちる。騎士団の遠征目的で開発された魔導具だ。大した量じゃないにしろいざという時の水は貴重だ。
握ることでスイッチになり、中に仕掛けた魔素で大気中の水分を即座に召喚するとか、その場で調達されるから温くならなくて便利とか、フェイトが熱弁を振るっていた気がするが、説明する気はなくノアに放る。
「わわっ、わー、冷たくて柔らかい。なんですかこれ?」
「噛んで穴を空ければ飲める。水分を追加してやったんだ、さっさと食い終われ。」
「……団長、やさしー。さっすがー。」
「置いてくぞ、てめぇ……」
「え、ちょっと、待って、俺迷子になっちゃうよ!?」
割と本気で歩き出してみると少しして音もなく追いついてきた。やっぱり息は上がっていない。
「酷いよ、団長―。」
「ゆっくりだったな。」
「急いだよ!?でもー、団長は一般人を置いて行かないですよね。」
したり顔で言ってきやがる。ふんっと顔を逸らし、速足で進む。さっきより深さを増した森の中、太陽の位置を確認しながら進む。ややこしい目印を探すより方向を確認して進む方がいい。
進行方向から風が唸るような音がする。茂る枝葉を払いながら進むこと数刻、唐突に視界が開けた。元は門があったであろう位置に崩れた石材、その奥に所々欠けたり崩れたりいるものの大規模な白亜の回廊があった。この回廊を通り抜ける風の音が響いていたのだと気付く。
「すごい遺跡ですね。」
「ああ。この回廊の奥に目的に繋がる本体があるらしい。……気を抜くなよ。」
「え?」
「お前ももう薄々感じているだろうが、ステラが関わると碌なことがない。」
単純に遺跡に目を奪われていた表情のままノアは固まった。俺は深呼吸をして気合を入れ直す。ステラの使いが獣道だけで済むはずがない。絶対に何かがある。そんな嫌な確信をしながら回廊の奥に見える建物へ挑むように目を向けた。