【J】酒雨収束
どんな生き物も、たとえ人の手が加わった呪具に近いものであっても必ず急所や弱点というものが存在する。細かいことを言えば無機物にだって急所と呼べる1点があるが今集中すべきは目の前の凶悪植物だ。隙あれば巻き付いてくる蔦をいくら切ったところできりがない。しかも、にょきにょきと遠慮なく蔓を増やしやがって……何度目かの舌打ちを鳴らしながら人でいえば胴体に近い場所を蹴りつけて少しだけ間合いを取る。目は元凶から逸らすことはしない。そちらを見ずとも声や音で状況は把握していた。
意外、とは思わなかった。ノアが戦える人種であろうことは感じていたし、信憑性は兎も角、敗戦国から来たとして今まで生き抜いてきたなら逆境に強いのは想像ができた。こんなわけなわからない物体が暴れるという危険に冒されて委縮して動けなくなる可能性は限りなく低いという読みは当たっていたようだ。とはいえ、長引けば懸念がある。ノアの力量ではなく、双子が力を使ってしまう可能性。
「げ。」
状況に関わらず思わず声が漏れた。無軌道に暴れる蔓を掻い潜って植物の背後に回ることに成功したまさにその瞬間目に入ったのは、スローモーションでもかかっているのかというくらいにまざまざと現実を見せつけてきた。終わったな。目と目で通じ合うなんてフレーズがあった気がするがほんの一瞬合ったノアの目で同じような心地を味わったのだとわかってしまった。ひとりで矢面に立たせることはしないから気をしっかり持って2人を頼む、と励ました方がいいだろうかと割と本気に考えたのは団長としての気質ゆえだろうか。いや、ステラを知る者としての共通認識に違いない。
ちらりと目に入った店の外、騒ぎに気が付いた様子がある。とすれば援軍もすぐに来る。酒の瓶が割れる音に身を竦ませながらも移動する双子が此方を見た。その目が緊張を帯びるのと無意識に身を伏せた頭上を何かが凄まじい勢いで通り過ぎ背後の壁が派手な音を立てたのはほぼ同時。ノアの方に伸びていた触手が半分以上一斉に手を引いた結果らしい。自ら損傷する速度での動きを見ればこの凶悪植物の本意ではなかったという想像は付く。何がそうさせた? 素早く目を走らせれば一部変色した触手、ある区間……ステラのコレクションが割れた周辺……から距離を取るように僅かに後退するのが見え、
「酒の瓶を投げろ!」
「え、ええ!?」
俺、殺されるよ!? と言いたげな悲壮な目をしたノアの気持ちは物凄くわかる。こっちだってそんな指示を好き好んで口にしないし、したくない。けれど、弱点が酒の可能性があるとなれば躊躇もしていられない。どうせステラいちばんのとっておきは既に割れた。もう半分以上は自棄だ。双子が無事ならそれでいい。ついでに一応一般人のノアも無事なら役職的にも上出来といえるだろう。
言葉を解しているのか酒瓶を手にしたノアの行動を阻止するべく攻撃に転じかけた蔓の間近、ガシャンと派手な音を立てて投擲された瓶が割れ、まるで酸でも掛けられたように蔓が変色して千切れた。当然、悲鳴の代わりといわんばかりの大暴れだ。それでも酒がある区間を避ける様子に確信を得る。ノアが躊躇した僅かなタイミングを先んでたのはディレナだった。僅かに潤んだ瞳で凶悪植物を睨んで次の瓶を投げんとしている。
「まず逃げろ!」
「いや!!」
思いの外激しい拒絶の声が響いて動きを止める。自分達だけ逃げたくないのだと、手段が見つかったのなら、自分にもできるなら手を出させてほしい。見開かれた瞳はそう訴えていた。泣き出しそうなディレナの肩に手を置いたリオンが苦笑する。
「僕も、集中攻撃は手が多い方がいいと思うよ。ジェイド。」
好機が見えたこともあるだろうがリオンの目にあるのは絶大な信頼の色。穏やかに押しの強いのは王譲りか。甘いが好ましい。いざという時には切り捨てることも覚えなければいけないとしても。しゃーねぇな。吐息でぼやいてしっかりと剣を構え直す。
「怪我、すんなよ!」
のたうつ触手を片っ端から斬り飛ばし、酒投げ組の方に行かないように注意を払う。開き直ったノアの援護も的確だった。動きを封じるように投擲する位置を調整しているのは意識的だろう。取り逃がしそうな危うい触手をナイフで払う動きに淀みはない。双子が投げる動きも邪魔せず、自分も投擲しながらの動きはどう考えても素人とか、一般人とか言えないんだが。ほら、まさに望んだタイミングで天井で瓶を割って酒を雨のように降らせてきた。真上からの攻撃に凶悪植物が硬直した機を逃さず縦に一刀両断。頽れた凶悪植物は床の酒にぐずぐずと変色していった。
「やったぁ……!!」
手を取り合い喜ぶ双子と、「お見事―」とわざとらしく手を叩いているノアを見やり深いため息をついた。咽かえるような酒の香りに新鮮な空気が欲しいと前髪を伝う酒を拭いつつ入口の方を向いたタイミングで戸が開いた。無駄に優雅に現れた顔がにこりと美しい笑みを浮かべた。場が永久凍土にでもなったかのような錯覚に凝固したのは俺だけか。
「なかなかの惨状ね、ジェイド。お留守番、ご苦労さま。ノア。」
「ステラ!」
「まぁ、2人とも! 逢いたかったわ! ……怪我なんてしてないでしょうね?」
思わず動きを止めてしまった傍らを器用に破片を避けながら移動したステラが双子にその恐ろしい気配を放つことはしないが、さり気なく俺やノアに圧力をかけているのは気のせいではなく嫌な汗を浮かべることになる。程なく顔を覗かせた部下達に事態の収拾するべく指示を出すに素早く動き出したのは断じて逃げではなく職務だ。野次馬の整理、双子を城に帰す段取り、城への伝達、店への弁償交渉etc そう、断じてステラからの逃避ではない。




