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隣国との戦争と結婚

 僕<イグナーツ=クラッセン>が宮殿の執務室に呼ばれたのは、まだ雪が降り続く冬の最中の事だった。この西方統一帝国の若き皇帝、カール=ミュラーは僕と同年の二十五歳。一応はこれでも公爵家を継いでいる僕と彼は、従兄弟同士でもあり幼い頃からの友人でもある。


 彼が即位してから、側近として政務補佐を行ってきた僕が、執務室に呼ばれるのはいつもの事で、それはとりわけ珍しくもなく、今日もまた頭の痛い問題が山積みになっているのだろうなと、溜息を吐いて考えていた。


 とりわけ、カールは二ヶ月ほど遠征に出ており、長年戦争状態が続いていた隣国のマルス王国を降して属国とした。彼不在の間、政務を代行していたのはこの僕で、ようやくカールが戻ってきたために一息吐けると思っていたのに、むしろ戦後処理に追われて忙しさは増すばかりだ。


 隣国マルス王国は小国ながら三方を山岳に囲まれており、攻め落とすのはかなり難攻したようだ。それでも、軍神の加護を受けた皇帝と言われるだけあり、カールは奇襲作戦によってマルスの王都まで一気に攻め込み、これにより国王は降伏し投降。長年の戦争に終止符を打った。


 それはまあ、帝国としては僥倖だったのだけれど、戦いに勝利しただけで終わる話でもない。属国となったマルス王国は国王が退位。王太子が即位して王国としての形は残される事になった。とはいえ、帝国法の導入や、通貨統一など、帝国の制度を取り入れる事になるため、大きな改革が必要となる。国は少なからず混乱するだろうし、反発する人たちも出てくるだろう。当分は一部の帝国軍が駐留し、治安維持に協力する事になっている。


 おそらく、今回呼び出されたのも、戦後処理の問題だろう。カールは「戦うのは俺の役目。片付けるのはお前の役目」と、堂々と放言している。確かに、僕はカールのように戦場に出て勇ましく戦うような能力も才覚もない。机にかじりついて書類にサインをしているのが性に合っている根っからの文官気質だ。


 ただ、こうも次から次に戦いに出向いては、属国を増やしてくるのはやめてもらいたい。国が大きくなれば、統治を行き渡らせるのも難しくなる。そこかしこで反乱でも起こされたら、それこそ国は疲弊して衰退する。そうやって数年で滅びた国なんて歴史を振り返ればいくらでもあるのだ。

 

(まあ、マルスは国境を越えて進軍してきたんだし……こちらとしては返り討ちにしただけっていう大義名分があるけどさ)

 それにしても、マルスの元国王は無能なのだろうか。この西方統一帝国の武力を甘く見積もりすぎだ。なおかつ、カールが血気盛んで敵国と戦いたくてウズウズしている性分だという事も分かっていただろうに。何を思って国境越えなんかしてきたのか。まさか、勝算があったとか? 自暴自棄? 

 無能な統治者がいる国ほど悲惨なものはないなと、長くて無駄に豪華な廊下を歩きながら額を指で押さえる。執務室の扉の前には武装した衛兵が待機していた。


「クラッセン公爵様がお越しになりました!」

 衛兵が声を上げると、扉が開いて小姓が現れる。十代の従者見習いの少年だ。

「どうぞ、お入りください。クラッセン様」

「ありがとう、エルマー。ちょっと背が伸びたかい?」

「いいえ、実は……靴底をちょっと高くしたんです」

 エルマーは背伸びして小声で耳打ちしてくる。

「そいつは名案だ」

 

 僕はエルマーと目配せしあって笑い、中に入った。

「おおっ、来たか。待っていたぞ、我が友よ!」

 執務室の大きな机に向かっていたカールが、立ち上がって大げさに腕を広げる。

「何が我が友だよ……」

 この場には従者と護衛の騎士、それにエルマーだけしかいない。気心の知れたメンバーだ。みんな、苦笑いを浮かべて気の毒そうに僕を見る。哀れな生贄の羊が連れてこられたとでも思っているのだろう。

「では、心の伴侶とでも呼ぼうか?」

「遠慮しておくよ。ローザに噛みつかれそうだ」

 ローザというのは、カールの妻でこの帝国の皇妃だ。そして、僕の異母妹でもある。つまり、この帝国一偉い従兄弟殿は、僕にとって義理の弟でもあるわけだ。


「で、いったい何の用で呼び出されたんだ? また、どこかと戦争する気じゃないだろうな。頼むから、世界平和のために大人しく座って書類仕事を片付けていてくれよ」

「俺としてもそうしたいのは山々だ。けれど、世界が俺を放っておいてはくれないのさ。できれば毎日、ベッドにしけこんで朝から晩までローザと仲睦まじく転がっていたいんがな。そろそろ世継ぎを作れとジジイどもがうるさくてかなわんしな」

 また、心にもない事をと、僕は呆れた目で彼を見る。他の従者やエルマー、近衛騎士も同じ心情だろう。

 

「それも大事な役目だろう? 戦場に出て暴れ回りたいならなおさらだ」

「おいおい、お前までジジイ臭い説教か?」

「聞く耳を持つ気はないだろう? で、今回は何?」

 暇潰しに呼び出したわけではないだろう。しかも、今日は王宮勤めの日ではない。ようやく勝ち取ったささやかな休暇だったというのにだ。くだらない用事なら、今すぐ仕事を全部放り出して南の保養地にでも逃亡してやる。


「それなんだが……実はな。ちょっと前にぶん殴ってきたマルク王国の件だ」

「だろうね。もうさっそく反乱が起きたとか?」

「いいや、あれだけ痛い目を見たんだ。拳を振り上げる気力も残ってないだろうさ。あと百年くらいは逆らわず、大人しくしているだろうよ。で、今回講和条約を結ぶに当たり、担保として国王の妹が帝国に嫁いでくる事になった」

「…………ああ、まあ人質ってわけか」

 気の毒ではあるけれど、今後、領土不可侵の条約を守らせるためには必要な事ではある。一方的に条約を破棄されて再び侵攻されては、帝国としても面目丸つぶれだ。しかもマルク王国との戦いにはかなりの戦費がかかっている。賠償金が支払われるといっても、あの国は産業が乏しく豊かな国でもない。全額回収するには五十年はかかる。その間にまた戦争になれば、賠償金は回収不能となるだろう。その上さらに、出費が増える事になるのは避けたい。あの国をぶっ潰して、王宮の宝物庫から全ての財宝を回収したところで赤字確定だ。

 といっても――人質なんて実質あってないようなもの。見捨てられたらそこまでだ。それでも、一応は体裁を整えなければならない。

 

「側妃にでもするつもりなのか?」

 ローザが荒れそうだが、それは僕の知った事ではない。決めたのはカールだ。説得に協力くらいしてもいいけれど、最終的には夫婦同士の話し合いに任せる他ない。夫婦ゲンカは犬も食わないとは言うからね。僕としても皇帝のプライベートな事まで首を突っ込みたくはない。


「いいや。俺はローザ以外娶るつもりなどない。生涯、愛するのはただ一人と神に誓っている」

 いかにも敬虔な信者のように、カールは胸に手を当てる。

「じゃあ、どうするんだ? 王族か貴族の誰かに嫁がせるつもり?」

「そうだな。それが一番無難だろう。だがしかし、一応はマルク王国の顔も立ててやらねばならない。軽んじれば、人質としての価値もなくなるだろう?」

「ふーん……じゃあ、君の従兄弟の誰か?」

 未婚で、結婚適齢期を迎えている王族の名前を思い浮かべる。あまり思わしくない相手ばかりだな。下手に野心を持っている者に嫁がせれば、マルク王国に干渉して王位を簒奪しようとか企むかもしれない。なにせ相手は隣国の前国王の娘。王位に就ける正統な血筋のお姫様だ。


「実はもう候補は決めてある」

「えっ、誰?」

 やけに根回しがいいな。

「目の前にいるだろう? ちょうど未婚で、結婚適齢期を迎えている、俺の従兄弟で地位も血筋も申し分ない男が」

 この場にいる全員の視線が僕に向く。カールはニマーッと笑っているし、他のみんなはさらに同情的な目を向けてくる。僕は嫌な予感に顔が引きつった。


「えっ、ちょっ……待って。まさか、僕!?」

「他にこれ以上の相手がいるか? それに、イグナーツよ。お前もそろそろ嫁をもらうべきだろう? 公爵家当主がいつまで独身でいるつもりだ?」

 カールは立ち上がって側にやってくると、僕の肩をポンと叩く。

 いや、本気で待ってくれ。

 わけがわからん。なぜ、こっちにとばっちりがくる!!

 頭を抱えて、深く息吐いた。

 

「…………ちなみに、拒否権は?」

「ない! 皇帝命令だ」

 カールは「わははははっ」と豪快に笑って、何度も肩を叩いてくる。

 この野郎。本気で、他の国にでも亡命してやろうか。


 


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