第二章 第二節〜船出〜
マギルはレジーナに連れられ、ヴァルガロム港湾区画近くの酒場兼宿屋へ来ていた。
「ここがうちの集合場所だ」
「思ったより普通の酒場ですね」
「冒険者の拠点なんて大体こんなもんだ」
扉を開ける。
熱気。酒の匂い。騒がしい笑い声。
その奥、壁際の長机に数人の男女が座っていた。
「お、来たな」
最初に声をかけてきたのは、大柄な青年だった。
黒髪を短く刈り込み、全身を軽装鎧で固めている。
腰には長剣。
雰囲気はレジーナに近い。
「騎士のガルドだ。前に会ったな」
「あ、種火の時の」
熔岩獣戦で前衛を張っていた男だ。
相変わらず無口そうだったが、敵意は感じない。
「狩人のシグだ」
壁際から軽く手を上げたのは、褐色肌の青年だった。
長弓を背負い、目付きは鋭いが、どこか気怠げな空気がある。
「よろしく」
「マギルです。よろしくお願いします」
続いて。
「……ミナ」
短く名乗ったのは、小柄な少女。
盗賊らしく軽装で、猫のように鋭い目をしている。
以前の即席パーティでも一緒だった。
相変わらず愛想は薄い。
そして。
「僧侶のエリセアです」
静かな声。
白銀色の長髪を後ろで束ねた女性が、真面目そうな表情で頭を下げた。
整った顔立ち。清潔感のある神官服。年齢はマギル達と同じくらいだろう。
「マギルです。よろしくお願いします」
「……ええ」
返事は丁寧だった。
だが。
空気が微妙に硬い。
「?」
マギルが首を傾げる横で、レジーナが露骨に目を逸らした。
嫌な予感がする。
「とりあえず座れ」
レジーナに促され、マギルも席につく。
◇
こうして改めて見ると、このパーティはかなり前衛寄りだった。
戦士レジーナ。騎士ガルド。盗賊ミナ。狩人シグ。僧侶エリセア。
そして、今回加入する魔術師マギル。
「元々、うちは五人で回してた」
レジーナが地図を広げながら言う。
「近距離制圧型だったんだよ」
「魔術師なしで?」
「ゲブラーだと火力押しでどうにかなる依頼も多いからな」
確かに、この領域は鍛え抜かれた前衛職が多い印象だった。
「でも長距離護衛となると話が変わる」
騎士ガルドが低く言う。
「継戦能力と遠距離対応が欲しい」
「特に今回、ネツァク行きだからな」
狩人シグが地図を指差す。
ヴァルガロムから海路を抜け、別港へ上陸。
そこから陸路で“蒼き砂海の領域ネツァク”を目指すらしい。
「内陸直進は無理なんです?」
「割に合わねえ」
盗賊ミナが即答した。
「火山地帯横断は危険地帯が多すぎる」
「海路の方が安全なんだよ」
なるほど。
この世界でも物流は命綱なのだ。
「護衛対象は商人一行」
レジーナが資料を渡す。
小規模交易商隊。
人員は商人三人、護衛補助兼荷役二人、御者一人。
荷車は二台。
積荷は加工鉱石、火山布、工業部品など。
「思ったより少人数ですね」
「高額商品中心だからな。量より質だ」
狩人シグが肩を竦める。
「海路使うから積載量もそこまで要らんし」
「で、ネツァク到着後は依頼完了」
レジーナが続ける。
「その後は自由行動期間に入る予定だ」
「自由行動」
「ネツァク支部で依頼受けてもいいし、しばらく休んでもいい。そこは現地で決める」
マギルは静かに頷く。
異世界へ来てから、気づけば随分遠くまで来る事になった。
ゲブラーを出る。
それは、マギルにとって初めての“旅”だった。
「質問は?」
「はい」
マギルが手を挙げる。
「船酔い対策あります?」
「現実的だなぁお前」
レジーナが呆れる。
だが狩人シグは真顔で頷いた。
「大事だぞ」
「あるんですね」
「僧侶術式で多少軽減できる」
僧侶エリセアが淡々と言った。
「ただし、無制限ではありません」
「助かります」
「……魔術師でも酔うんですね」
「人類なので」
その返答に、僧侶エリセアの眉がわずかに動いた。
やはり少し刺々しい。
マギルはようやく察する。
――ああ、自分、この人に嫌われてるな。
理由までは分からない。
だが敵意というより、もっと複雑な感情に見えた。
「エリセアは真面目なんだよ」
レジーナが小声で耳打ちする。
「努力家だし、責任感も強い」
「うん」
「だから余計に色々思う所あるんだろ」
視線の先。
僧侶エリセアは依頼書を整理しながら、無言でマギルを見ていた。
その瞳には。
嫉妬。警戒。無力感。
色々な感情が滲んでいる。
マギルは小さく息を吐いた。
気持ちは、少し分かる。
自分でも、この力は理不尽だと思う時があるからだ。
「……まあ、頑張ります」
「おう。そこは頼む」
レジーナが笑う。
そして翌朝。
マギル達六人パーティと、商人一行は。
巨大交易船へ荷物を積み込み、ヴァルガロム港を出航した。
白煙を吐き出す蒸気機関。
鳴り響く汽笛。
鉄と火の港湾都市が、ゆっくり遠ざかっていく。
甲板へ出たマギルは、潮風を浴びながら目を細めた。
「海だ……」
「前の世界じゃ見た事なかったのか?」
レジーナが隣へ来る。
「いや、ありますけど」
マギルは少し笑う。
「なんか、“旅してる”感じがして」
異界セフィロト。
その広大な世界へ。
マギル達を乗せた船は、静かに進み始めていた。




