その21
よろしくお願いいたします。
「マージェム魔法男爵は、きちんとした講師の方にマナーを学ばれたんですのね」
リザリアーネは、マリリアンヌの知り合いの貴族女性に囲まれていた。同年代から少し年上の、当主の妻、次期当主の妻、あるいは次期当主である。
「子どものころ、アルトー元男爵令嬢に教わりました。ですがさすがに覚束なかったので、ラズール元侯爵夫人にご指導いただきました」
「まぁ!そうでしたの」
「そうですわ。義母は、リザリアーネさんの覚えが早いと褒めておりました」
マリリアンヌもときどき補足してくれるが、リザリアーネはほとんど自分で答えていた。
「確か、ご実家はマガゾン商店ですのよね?姉が利用していて、貴族のことをよくわかっているちゃんとした商店だと聞きましたわ」
「陛下直々に夜会への参加を要請されたんですって?素晴らしいですわね」
「もったいないことです」
本心かどうかはわからないが、彼女たちはリザリアーネのことをかなり好意的に捉えてくれているようだ。
「ラズール伯爵といらっしゃったんですね」
「まぁ、あの方と?大丈夫なんですの?無理にパートナーになるような方ではないとは思いますけれど」
どうやら、彼女たちはダズルのあまり好ましくない噂を知っているようだ。
「ダズルは、あまり女性受けが良くないものね」
マリリアンヌは苦笑した。
「私は、ラズール伯爵に研究室の監査で呼ばれたんです。研究室の収支が適当だったもので……。そこから話すようになって、友人関係になりました。突然叙爵の話をいただいて、さすがに驚きまして、ラズール伯爵に助けを求めたんです。ラズール元侯爵夫人をご紹介いただいたり、今回エスコートいただいたり、新貴族を助けてくださっているんです」
リザリアーネが簡単に説明すると、彼女たちはそれぞれに顔を見合わせてうなずいた。
「そういうことでしたか。マージェム魔法男爵が無理をなさっていないなら良かったですわ」
「恩義を感じて……というわけでもなさそうですわね」
どうやら、高位貴族にあたるダズルに無理強いされているのではと心配してくれていたらしい。もちろんそこに、助けることによって何らかの融通を得ようという含みはあるかもしれないが、それはあわよくばといった程度だろう。
割と付き合いやすい雰囲気の人たちだが、やっぱり貴族だな、とリザリアーネは内心で苦笑した。
「魔法研究所の研究員をされているのですから、普通に貴族の嫡男とのご結婚はお考えではないでしょう?となると婿入りですわよね」
ある程度場がほぐれたあたりで、一人がそう言った。
「もし、お探しでしたらマージェム魔法男爵をサポートできる能力を持った、婿入りできる方をご紹介しますわよ」
「わたくしは、残念ながらそういった方に心当たりはありませんわ」
「身分にこだわらないのであれば、私の領地にいい人材がおりますわね」
突然の縁談斡旋に、リザリアーネは一歩引きそうになりながらもぐっと耐えた。
マリリアンヌがフォローしようとしてくれたが、その前にリザリアーネは笑顔で口を開いた。
「お心遣いありがとうございます。もしも結婚するなら、魔法研究員であることをきちんと理解してくださる方がいいですね。今のところは、まだしばらく身軽でいようと思っております。一代限りの魔法男爵なので、無理に結婚する必要もないでしょうから」
きっぱりと言い切ったリザリアーネに、マリリアンヌがうなずいた。
「まだ貴族になったところですものね。でも、アプローチされて困ったり、判断が難しかったりしたら相談してくださいね?私たちだから知り得る情報もありますので」
「そうね、ご相談くださいな」
「ありがとうございます、マリリアンヌ様、皆様」
そのうち、最近流行り始めたドレス生地の話へと話題が変わっていった。
未知の世界なのでリザリアーネは黙ってうなずきながら聞いていたのだが、彼女たちは新しい染色技術がどこで生まれたのか、販路がどうなっているのか、どの貴族が後ろ盾になっているのかといった情報をそれぞれに持ちよって共有しているようだ。そこから考えて、今後取引したいかどうか、どの貴族が幅を利かせそうか、ライバルになりそうならどう対抗しようかなど考えるのだろう。
やはり夜会は女性にとって情報戦の場なのだ。
色々聞いていると、喉が渇いてきたのでマリリアンヌに断ってすぐそばのテーブルに飲み物を取りに行った。
十歩も行かないので、本当に目の届く場所だ。
ところが、その十歩の間にリザリアーネは男性貴族数人に囲まれた。
「マージェム魔法男爵、僕はマロール子爵家の次男、マルクといいます。この度は叙爵おめでとうございます」
「叙爵おめでとうございます、マージェム魔法男爵。私はリゴー現男爵の弟でして――」
「僕は――」
なんとか手に果実水を持つことができたものの、身動きが取れなくなった。
「お祝いのお言葉をありがとうございます。マリリアンヌ様をお待たせしていますので、本日はこれにてご容赦ください」
「ラズール侯爵夫人ですね。大丈夫ですよ、すぐそこにいらっしゃいますから。少しお話を伺いたいんです」
「叙爵されるほど優秀な研究者と伺ってどんな方かと思っていたら、マージェム魔法男爵がこんなに可愛らしい方だったなんて」
「この場にいても何の違和感もないほど、貴族としての所作が身についておられる。きっと短期間で習得されたんでしょう。やはり優秀な方は覚えが違うんですね」
わらわらと寄ってこられて、少々圧迫感がある。そしてお世辞の嵐だ。さすがに、本心かどうかくらいはわかる。
次男三男ばかりが来ているということは、彼らはリザリアーネの婿の立場を魅力的だと思っているのだろう。
しかし、手当はせいぜいが毎年ドレスアップするのに必要なものを数セット用意できる程度だし、研究員としての給与も平民にしては高級というくらい。貴族としての生活を保ちたいのであれば、リザリアーネを狙うのは見当違いというものである。
そのへんをうまく説明して、なんなら噂で広げてもらえないだろうかと考えていると、リザリアーネは突然広い背中に視界を半分奪われた。
「そのように女性を取り囲むものではありませんよ。意図していなくても、非常に威圧感をあたえることになりますからね」
リザリアーネの前に立ったのは、ダズルだった。
彼が来てくれたとわかり、ほっとして肩の力が抜けた。そうは思っていなかったが、リザリアーネは彼らを前にして気を張っていたらしい。
「ラズール伯爵。新しく叙爵された美しい方を独り占めするつもりですか?」
「我々もマージェム魔法男爵と交流したいと思っているんですよ」
彼らを前にしたダズルは、ひょいと眉を上げた。
「交流を?それにしては随分とリザリアーネさんがお困りの様子でしたよ。それに、パートナーは僕です。きちんと礼節を守って、無理強いなさらないでいただきたい」
そう言いながら、ダズルはリザリアーネの右手を取り、ピンキーリングを彼らに見せるようにしながらそっと撫でた。無表情のダズルに見られた彼らは、リングに気づいてからダズルを見て、ごにょごにょ言いながら去っていった。
「ありがとうございます、ダズル様」
「いえ、むしろ遅くなってすみません。リザリアーネさんが魅力的で周りが惑わされるとわかっていたのに。不快な思いをされていませんか?」
「いいえ、大丈夫です」
むしろ利用してしまおうと考えていたくらいだ。
それよりも、気になったことがある。
「あの、右手のピンキーリングにも何か意味ってあるんでしたっけ」
「……さあ?ただ、僕の目の色に似ているので勝手に想像してくれたんじゃないですかね」
「えっ」
それも問題があるものの、返事までに間が空いたので何かあるに違いない。
帰ったら調べよう、とリザリアーネは頭の中にメモしておいた。
そんな二人の様子が、周りにどう映って見えるのかなど気づかなかった。
読了ありがとうございました。
続きます。




