その20
よろしくお願いいたします。
その指輪のデザインには、見覚えがあった。
ピンキーリングのはずなのに小指の爪ほどもある宝石も、シンプルながら装飾が施された地金のデザインも。
「だ、ダズル様っ!これはあのときお断りしたはずです」
それは、以前プレゼントしようとしてきた指輪だった。
「今日の装いにピッタリですよ。貴女のたおやかな指先を彩るにふさわしい。それに、この指輪をきちんと見てください」
「え?」
リザリアーネは、夕空色の宝石が煌めく指輪がはまった手を上げて眺め、そして息をのんだ。
「これ、この魔法陣は」
その指輪は、魔道具になっていた。
宝石のカットのせいで地金に彫られた魔法陣を細部までは読み取れないが、断片的な単語を読み取った感じだと、物理的な暴力に対する防御のようだ。
もっとよく見たくて、リザリアーネは宝石を覗き込んだ。
「ふふふ。リザリアーネさん、彫った魔法陣の下書きはこちらですよ」
ダズルは、一枚のメモをリザリアーネに差し出した。
「あっ、ありがとうございます!」
魔法陣のことしか考えられなくなったリザリアーネは、そのメモを受け取ってじっと見入った。
内容は、思った通り物理的な防御だったが、少し調整してあった。不用意な接触を弾くものらしい。要するに、セクハラ防止だ。
理解したリザリアーネはもう一度指輪を見てからダズルを見上げた。
「今の貴女には必要ですよ。貴族同士のプレゼントであればこの程度は普通です。それに、貴女用に魔法陣を彫ったので、どうか受け取ってください」
ダズルは、指輪をはめたリザリアーネの左手を取った。
「とっても興味深いです。ですが、やはりいただくわけにはいきません。それに、万が一身に着けるとしたら左手ではなく右手に着けます」
「趣味に合いませんか?」
「いえ、そうではなくて」
「自立して自身で叙爵した貴女のことですから、ほとんどのことはご自分で対処されるでしょう。ただ、これを着けていただけると僕が安心するんです。夜会が終わったら返していただいて大丈夫です。だからどうか」
イヤリング同様、貸すから着けろというらしい。
「……ネックレスも、夜会が終わったらきちんとお返ししますから」
そう言いながら、リザリアーネは左の小指から指輪を抜き取り、右の小指につけ直した。
少なくとも、こちらの方がいい。
右手の小指にある指輪を見て、ダズルはうなずいた。
納得してくれてよかった。
どの指だろうと、左手は家族や恋人からもらった指輪を着けるものなのだ。右手は、友人と揃えたり自分の好きなものを着ける。それは、平民も貴族も共通したルールだ。
もし左手でないといけないと言われたら、社交界中にリザリアーネとダズルの婚約が決定事項として広まっただろう。
そうやって先に噂を広げてしまい、外堀を埋めて動けなくして結婚を迫る手口もあると聞いたことがある。そんな恐ろしいことを仕掛けるつもりはないので、リザリアーネはほっとして右手の指輪を左手でなぞった。
ダズルが用意してくれた伯爵家の馬車で王城へ向かうと、正面玄関のところで馬車の渋滞が起きていた。
貴族が順繰りにやってくるので、馬車から降りるだけでひと騒動なのだろう。
リザリアーネがダズルにエスコートされて馬車を下りてからも、馬車の行列はまだ続いていた。
ダズルが飾り付けられたエントランスで二人分の招待状を従僕に手渡すと、そのまま王城の大広間へと案内された。叙爵式を行った広間とはまた別の、舞踏会を行うためだけの大きなホールである。
大広間に入るときに、入り口に立った従僕が名前を読み上げてくれる仕組みらしい。
ちらりと見えた大広間には、黒いイブニングコートとカラフルなイブニングドレスのほかに、デビュタントらしい白いドレスや白いイブニングコートの若者がいた。
「ダズル・ラズール伯爵!ならびに、リザリアーネ・マージェム魔法男爵!」
魔道具を使っているのだろう、賑やかな大広間にも響く声で名前を読み上げられると、その場にいた貴族たちからざわりと声が上がった。
マリリアンヌに聞いたところによると、魔法爵を持つ者が夜会に来ることはめったにないそうなので、国王陛下からの招待とはいえ、リザリアーネが来たことが珍しいのだろう。
注目を浴びるのは仕方がない。しかし、それもしばらくすればきっと高位貴族やら目立つ貴族やら王族がやってきて埋もれるはずである。
リザリアーネは、ダズルに手を預けてゆったりと大広間へと足を踏み入れた。
王族が来るまでの歓談の時間は、ダズルと一緒にのんびりと飲食し、煌びやかな会場を見物していた。もはや他人事のようだが、そういう感覚にでもなっていないと緊張で心臓が飛び出しそうだったのだ。
時間になって王族が来場し、今年度の社交界の開催が宣言された。
まずはデビュタントの紹介と彼らだけのダンスである。
男女比は毎年バラバラなので、デビュタントだけで輪になって踊るものだ。
若者たちは、ある女性は緊張に頬をこわばらせ、ある男性はうっかり振り付けを間違えて赤面し、とそれぞれに初々しい。
ダンスが終わると、会場中から温かい拍手が響いた。
次に、大人の社交ダンスである。
ダズルに手を取られて最初のワルツへ挑もうと移動したとき、王族の席から会場中に響く声がした。
「今年は、新しくリザリアーネ・マージェム魔法男爵が誕生した。マージェム魔法男爵の発明や発案をもう知っている者もいるだろう。非常に優秀な魔法研究者であるが故の叙爵となった。今後の国への貢献に期待しようではないか」
デビュタントと同じように、リザリアーネは国王直々の紹介を受けた。
思わずダズルの手をぎゅっと握ると、彼はしっかりと握り返してくれた。その温かさにすがってからそっと手を離し、拍手に合わせてゆったりと正式なカーテシーをとった。
貴族たちに広がったさざめきは、おおよそ好意的な雰囲気である。ティアティナに優しくスパルタで教わったカーテシーは多くの人から合格を貰えたらしい。
拍手の後、国王と王妃のほか、様々な貴族がパートナーとともにダンス場に出てきた。
リザリアーネもダズルのエスコートでダンス場に出て、華やかな貴族たちの中に紛れこんだ。
ゆったりしたワルツは一曲目として定番のもので、ダズルのリードも練習で慣れていたおかげもあり、リザリアーネは何とか踊りきった。
曲の終わりと同時にお互いに礼をして、ダンス場からゆったりと出ていく。
まだパートナーと踊りたい人はそのまま次の曲を待っている。交流のある人とパートナーを変えて踊る人もいる。さわさわと人が行き交い、リザリアーネはダズルとともに大広間の端へと落ち着いた。
「ダズル様、ありがとうございました」
ダズルが従僕から受け取った果実水をリザリアーネに渡してくれた。リザリアーネは、酒が苦手なのだ。酔いはしないのだが、味が好きになれない。ダズルは、シャンパンを取ったようだった。
「こちらこそ。素晴らしく堂々と踊りきれましたね。多くの人の目線を独り占めにしていましたよ」
「そんなことはありません。素敵なダンスを披露している方が多かったので、なんとかまぎれることができたと思います」
お互いに賞賛しながら休憩していると、ダズルが同僚らしい貴族に声をかけられた。
仕事の付き合いもあるだろうからと促すと、向こうにマリリアンヌがいるのを見つけたダズルに、まずはそこまで送られた。
「後で迎えにきますので、それまでは義姉上のところにいてください」
「わかりました」
「一人でどこかへ行かないでくださいね。防御しているとはいえ、絶対ではないのですから」
「大丈夫ですから、あちらにいらしてください」
どうにか送り出した後には、リザリアーネを生暖かく見るマリリアンヌたち貴族女性の視線が待っていた。
読了ありがとうございました。
続きます。




