その14
よろしくお願いいたします。
その日はティアティナだけではなく、現侯爵夫人であるマリリアンヌまで同席していたので、ものすごく緊張した。
「あら、当日はもっとたくさんの貴族が集まるのよ?大丈夫、マリリアンヌは正しく淑女だから、笑ったりせずに気になるところがあればちゃんと教えてくれるわ。ね、マリリアンヌ」
「もちろんですわ、お義母さま。ですが、そうやって立っていらっしゃる状態だけを見てもきちんとされていますから、心配はありませんわよ」
ゆったりと笑うマリリアンヌは、侯爵夫人という肩書に違わず所作の美しい女性だった。ティアティナよりも少し背が低いのに、堂々とした態度のおかげか存在感がある。
「ありがとうございます、ラズール侯爵夫人」
「どういたしまして。よければ、私のことはマリリアンヌと呼んでちょうだい」
「はい、わかりました。マリリアンヌ様」
高位貴族の奥方に望まれて、応えないわけがない。
リザリアーネは、叙爵前から侯爵夫人と前侯爵夫人、元侯爵次男の伯爵を名前で呼ぶ栄誉を与えられた。
もはや胃が痛い。
三日ぶりのマナー講習は、少し修正が入ったくらいですぐに合格をもらった。
マリリアンヌも同席して細かい所作を教わり、ダズルもそれにつきあってくれた。
一通りの流れをなぞって確認し、今日の講習が終わってほっとしたのもつかの間、次は夕食会となった。
「それが天気を予測する魔道具なのか。時間帯などの指定はできるか?」
「今ダズル様に着けていただいているものは、二時間後の予測だけにしてあります。技術的には、24時間後まで一時間ごとに選ぶことができます。今後は、数日後まで幅を広げて、装着した人が好きな時間を選んで見られるようにする予定です」
リザリアーネは、正直なところ味の分からない多分とても美味しい食事をいただきながら、前侯爵であるガステールの質問に答えていた。
「なるほど。今も見えるのか、ダズル」
「はい。二時間後は曇りですね」
「そうか……どんなふうに見えているんだ?」
「空中に、文字と絵が浮かんで見えています。わかりやすいですよ」
ダズルが父であるガステールと話している様子は、淡々としているようで遠慮がない。
なんとなく、気安い雰囲気のダズルはめずらしくて見てしまう。
「私も使ってみたい。少し貸してくれるか?」
ガステールが、ダズルに言った。
ちなみに現侯爵であるダズルの兄ザギルは、仕事のためこの場にいない。
「お断りします。これは僕のものですので」
「あらまぁ」
ティアティナは声を上げて、ガステールとマリリアンヌも、思わずといったようにダズルを見た。
リザリアーネはどうにかするべきかと焦って口を開いた。
「あの、よろしければこちらをお使いになりますか?宝石の部分に触れるだけで魔法が発動しますので、身に着ける必要はありません」
ポケットに入れていた試作品の一つを取り出すと、ダイニングに控えていたメイドがさっと近寄って来た。
「おぉ、借りてもいいかな?」
「もちろんです。お願いします」
食事中は基本的に席を立たないのがマナーだ。何かあれば、メイドや従僕が対応してくれるものである。
もう少しでリザリアーネは席を立つところだったが、メイドがすぐに来てくれたので助かった。
リザリアーネからタックピンを受け取ったメイドは、軽く宝石に触れてしまったのか、目を見開いた。しかしすぐに表情を整えて微笑み、ガステールのところへ持っていった。さすがプロである。
「ありがとう。これだな。……なるほど、不思議な感じだな。どこを見ても文字が追ってくる」
「まぁ。私にも見せてくださいな。かまわないかしら?」
ティアティナは、夫に求めてからリザリアーネにも確認を取った。
「もちろんです。ご覧になってみてください。よろしければ、マリリアンヌ様も」
「嬉しいわ。後で貸してくださいませ、お義母さま」
「ええ。あら、ほんとだわ。ねぇ、あなたには今は見えていらっしゃらないのね?」
タックピンを受け取って宝石に触れたティアティナは、きょろきょろとあちこちを見ながら夫に聞いた。
「ああ、私には見えていない。とても不思議だな。この技術だけでも相当なものだ」
うなずくガステールに、ダズルも同意した。
「本当に素晴らしいです。これを魔道具化する技術が最も功績とされる部分ですよ。使用者には直接かかわらない技術ですが、少なくともかなり手軽に手に入るでしょう。これほどのものを発明したリザリアーネさんですから、叙爵されることになったのは当然の流れですね」
これはよくない流れになりそうだ。リザリアーネは、ダズルが続きを言わないうちに会話を引き取った。
「ありがとうございます。叙爵は本当に驚きましたが、実験中は私の気づかない部分までダズル様が見てくださったので、とても助かりました。女性が持つのであれば、ブローチやイヤリングなどがいいでしょうか?」
そのまま、タックピンを受け取ったマリリアンヌに質問すると、彼女は楽しそうにあちこち見ながら首をかしげた。
「そうね、この大きさならブローチか、ペンダントヘッドなんかにすると良さそうですわ。宝石に触れる必要があるんですよね?だったら、扇飾りでも使いやすいかもしれませんね」
貴族女性からの意見は貴重だ。
「ありがとうございます。商品化の部分は研究所を通じてとなりますが、とても参考になります」
「いいえ。うふふ、それにしても、ほかの人に見えないなんてとても面白いですわ。一般的に発表される前に使わせてもらったって、明日のお茶会で自慢してしまいそう」
頬を緩ませるマリリアンヌに、ティアティナはうなずいた。
「そうね、どんどん自慢すればいいんじゃないかしら?きっと皆さんも気になっていらっしゃるでしょうし。リザリアーネさん個人については、適当に濁しておく方がいいかもしれないわね」
「そうしますわ。リザリアーネさんについて聞かれたら、そうですね、知識が豊富で聡明かつ柔軟な考えを持つ方とでもお答えします。それ以上は、実際に会われてからと。叙爵式だけなんですよね?でしたら、その程度で十分でしょう」
その評価だけでも過分だとは思うが、何も出ないと逆に面白おかしい噂になる可能性もある。だったら、会ったことのある人からいくらか情報が出た方がマシだろう。
「ありがとうございます」
リザリアーネはうなずいた。
「礼儀もわきまえた可愛らしい方だって言ってしまいたいけれど、そうすると今度はリザリアーネさんが大変なことになりそうですものね」
リザリアーネとしては、失礼のないよう丁寧に対応しようと気をつけているだけなのだ。
そんなことは、と言いかけたが遮られてしまった。
「リザリアーネさんは美しいうえに研究者としても非常に優秀ですからね」
ダズルだ。
せっかくさっきは話を逸らしたのに、結局言われてしまった。
ティアティナとマリリアンヌは意味ありげに目線を交わしているし、ガステールはダズルを面白そうに見ている。
リザリアーネは頬が熱くなるのを感じた。
「きっと、叙爵式の後から大変ですからね。もし困ったら相談してちょうだい」
食後、ティアティナが優しくそう言ってくれた。
「叙爵式の後、ですか?何かあるのでしょうか」
「まぁ。うふふ。きっと大変よ。嫁に来てほしい、婿入りしたいって釣書が山のように届くわ」
そう言われて、リザリアーネは首をかしげた。
「元平民ですよ?さすがに皆様も遠巻きにされるのでは」
「いいえ。叙爵されるということは、陛下に目をかけられているということよ。もうそれだけで価値があるわ。さらに優秀で可愛らしいなんて、本気で惚れ込む人も出てくるでしょうね」
まさかの評価である。
しかし、金の生る木扱いはあり得る。そんなことになったら断りきれるのだろうか。
顔色を変えたリザリアーネに、ティアティナが軽く手を添えた。
「だから、大変なことになったら私たちに相談してちょうだい。大抵のことは対応できます。無理な縁談なんかはきちんと断ってあげますからね」
ティアティナが女神に見えてきた。
「ありがとうございますっ!万が一そんなことになったら、頼らせていただくと思います」
「ええ、遠慮なくいらっしゃい」
にっこりと笑ったティアティナは、無表情ながら固まるダズルをちらりと見た。
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続きます。




