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09

 それから二人のことをたくさん聞いた。

 クリスが王子様としてもう国に関わるおおきな会議に出席したり、周辺国のお客様と話したり、と多くに関わっているらしい。


「まあ、学園が休みの日が主だが、周辺国の賓客に関しては学園があろうとなかろうと関係ないから結構大変だな」


 と苦笑していた。

 ロバートは、移民の人々の働き口を探し提供しているらしい。しかし、問題は山積みで、移民となると良い職があまり得られないらしい。また、移民の子を預かってくれる施設も教育してくれる施設も少ないらしい。


「彼らはとっても能力が高いのにね」


 とロバートは溜息をついた。

 ロバートのお家は移民の子のための施設を経営しているらしく、そこへはよく行くらしい。

 話を聞いていくうちに勝手に仲間意識が生まれてしまい、私も行ってみたいというと、ロバートは快く受け入れてくれた。


 楽しみだ。


 日が暮れてきて、そろそろ帰らなくてはならない。

 学園から帰りたくないと思うなんて初めての経験だ。


「そろそろ帰らないとだね」


 ロバートが赤くなる空を見つめながら言った。

 

「ああ。そうだ、シェリー。フランバー公爵のことだが、彼には俺たちと過ごすことを反対されているのだな」


 クリスがそう切り出す。

 胃が重くなった気がした。

 そうだ、ノアはだめだと言った。


「うん」

「それならば、説得することは不可能だろう。シェリーが学園卒業後、フランバー公爵家からでることは隠しておいた方がいい。お前ひとりで公爵を説得するのは不可能だ。準備が整い次第、俺とロバートとシェリーを含めて話した方がいい」


 クリスはそう言った。

 そして問いかけるように私の瞳を見つめる。

 綺麗な青い瞳はノアよりも濃い。


「分かった」


 私は頷いた。

 そうした方がいい。

 ノアに言われると私はそれがすべて正しいとしか思えなくなってしまうから。

 

「それから、俺たちといることで危険がお前に及ぶ可能性は確かにゼロではない。しかし、学園内で、王家と関わりが深いお前に表立って害をなそうとする人間は少ないだろう。とりあえず今は一人にならないこと。俺たちどちらかと一緒にいるときに何かする馬鹿はそういないだろう。とにかく俺かロバートと行動すること。分かったか?」


 校門への道を歩きながら、クリスはそう言った。

 フランバー家の馬車が見えたあたりで、二人は立ち止まる。


「うん。分かった」


 きっとフランバー家の従者に一緒にいるところを見られないためだろう。

 私はそのまま二人をおいて馬車に向かおうとし、でもなにか言った方がいいだろうか、と振り返ると、


「また明日ねー」


 とロバートが手を振った。


「またな」


 クリスもそう言った。

 なんだか、友達っぽい。


「またね」


 小さく言って、二人が頷いたのが見えて、嬉しくて、胸がぽかぽかした。


屋敷に戻るまでの間、クリスに言われたことを思い出しながら、


ーノアにはクリスとロバートと一緒にいることを言わない。


頭にきざみつけるようにそう心の中で唱えた。

私にとってノアは絶対だ。

頼るべき存在というより、わたしにはノアしかいなかった。

だから、ノアに隠し事をするというのは初めてで、そもそもそんなことができるのかも分からない。

でも、私は知ってしまった。

ノアが結婚して私から離れていってしまう人生を。ノア以外にも私を受け入れてくれる人がいるということも。そして、私自身が存在する意味を求める気持ちを。


だから、やるしかないのだ。

ノアから自立するために。

心からノアの結婚を、幸せを願えるために。

ノア以外からの存在意義を見つけないといけない。


夕食時、案の定、ノアからクリスのことを聞かれた。


「うん、今日は話してないし、関わらないようにする」


自分でも思ったよりすらりとそう口にできて安心した。

ノアは興味をなくしたように、ふーんとだけ言った。


「今日、歴史の時間、何百年も前、この国ができてまだ間もなく安定していない時代、戦の神って呼ばれた王について先生が話してたよ」


 私はいつもの通りあたりさわりなく授業のことを話した。


「軍部ではほぼ毎日耳に入る言葉だね」


 騎士団長をしているノアにとってはよく知っている存在なのだろう。

 屋敷に戻ったノアはすぐに着替えてしまうけれど、ノアの軍服姿は誰よりもかっこいい。

 思わずノアをじっと見つめていると、ノアも見つめ返してきた。

 なんだか恥ずかしくなって目を逸らしたが、ノアはいまだにこちらを見ている。


「その王様、奥さんがたくさんいたんだって。だけどね、一人の女性にしか子どもを産ませなかったんだって。しかも、いまだにその女性が誰だったのか、分からないまま。昔のことなんだから、しょうがないんだろうけど、あまりにも何にも分からないから、隠しちゃったんじゃないかって、先生は言ってた」


 ノアは知っているだろうけど、私は続けて言うと、ノアも頷いた。


「俺もそう思うよ」

「なんで隠しちゃったのかな?敵から守るため?それとも何か秘密があったのかな?」


 私はノアが同意したのを聞いて、考えた。

 

「王家の宝物庫がどこにあるか知ってる?」


 ノアは、そう言った。

 元王族のノアなら知っていてもおかしくないことだが、一般人、いやもとよりこの世界の人間ですらない私には知っているはずもない。

 首を横に振った。


「地下の奥底だよ。本当に限られた人間しか入ることのできない場所。行くのすら難しい場所に隠してあるんだ」

 

 ノアはメインディッシュの肉を優雅に切り分けて口に運び、咀嚼する。

 そして飲み込むと続けた。


「大切で、盗られないためにね。ちえりの言う通り、守るためっていうのもあるけど、もっと感情の問題なんだと思う。自分以外の誰にも見られたくない、触れられたくないって戦の神はそう思ったんじゃないかな」


 ノアはとても綺麗に笑っていた。


「そういう愛の形もあるんだね」


 私は純粋にそう思った。隠された人間はたまったものではないが。

 ノアは困った顔をした。


「ちえりはとってもかわいいね」


 なんだか含んだような言い方だったが、深く聞いてもノアは答えてくれないだろうから聞き返さないことにした。


 寝る前の時間、いつものようにノアといつものようにソファーで隣に座り、ぴったりとくっつきながらふと思った。

 そう遠くない未来、このぬくもりを失うと。

 この安心する体温を同じように感じることはできなくなるのだと。

 

 最近ノアを怒らせてしまってばかりで、怖いノアだったが、基本はいつも優しくて、ノアの近くにいるときだけ、楽に息が吸えるような気がしていたくらいだ。


 ノアが結婚して、私がこの屋敷を出てしまったら、こうしてノアと穏やかな時間を過ごすことはできない。

 すごく胸が痛くなって、泣きたくなった。でも変えられない未来なのだ。


 すぐ隣にあった読書中のノアの腕を抱きしめた。

 視界の本が揺れたため、私を見下ろしたノア。

 青い瞳を見つめて私は決心した。


ーノアとお別れする準備をしよう


 と。ちゃんと笑顔でお別れできるように。未来のノアの大切な人を私も大切に思えるように。


 私は立ち上がり、部屋の外にでた。

 いつもはしない行動なのでノアが不思議そうにこちらを見ていたのを感じた。


 私はセバスチャンを探して歩き始めた。玄関近くの廊下あたりでやっと人の気配がした。夜だから主人の部屋近くの人は少なめにしていたのだろう。

 この世界には元の世界で言うところの電話に似たものもあるため、用事があるときはノアはそれを使ってセバスチャンを呼ぶから。

 私はこの電話を使うための魔法みたいなエネルギーを使えないから無理なのだ。

 私がこんな時間にうろうろしていると、不審げな顔をしたメイドがこちらを見て、慌てて去って行った。恐らくセバスチャンを通してノアに知らせるためであろう。


「あの、セバスチャンにアルバム見たいって言ってもらえる?」


 私は勇気を出してそう伝えた。そのメイドは頷いた。

 多くの人に無視され続けてきた私は誰かに話しかけるのにもすごい体力を使う。

 私はそのメイドの後ろ姿を少し眺めてからノアのもとに帰った。


それからすぐにセバスチャンが来て、「アルバムを持って参りました」と言ってノアの方を見た。私に頼まれたものだから、ノアにこれ見せていい?という許可を取っている顔だと察する。

 ノアは「ありがとう」と平坦に返して、アルバムを受け取った。

 

「みたい」


 私がそう言うと、ノアは表紙を開いた。

 そこにはこの世界にきて、泣き止んでノアにくっついて眠っている私の写真が目に入った。


 この世界には魔法というものがある。でもそれは奇跡みたいな力じゃなくて、もっと制約があるものだ。魔法はエネルギー源で、発明者たちが作ったものを介して実用的な魔法道具に変換されていく。だから、固定電話も、カメラも、お湯を沸かすものもあるが魔力がない人間には使えない。

 魔力は電池のようなもので、生まれ持った量は人によって異なる。貴族には魔力量が大きい者が多く、一方で庶民のほとんどは魔力を持たない。補うために、魔力が強いものが石に力を入れて封じ込めたものを魔石といい、それを電池として庶民は使っているが高価なため、魔力に頼らない生活をしているのがほとんどだ。

 このアルバムにある写真はセバスチャンがカメラを使って撮った。セバスチャンの魔力量は知らないが、難なく様々な魔法道具を使っているのをみると、魔力は強いのだろう。


 次々と思い出の写真が目に入ってくる。私はお別れの準備として、ノアからしてもらって嬉しかったことをノアに全部したいと思ったのだ。

 感謝の気持ちと私にとってノアが大切な存在であることを伝えたいと思った。だから振り返りたかったのだ。

 

 今のように部屋の中で、二人でくっついて、何か話したり、逆に沈黙してひたすらぼーっとしていたりしたり、お互いに好きなことをしていたりと、勝手気ままに過ごしてきたが、いつの間にか、ノアと外で過ごすことはなくなった。

 まるで二人きりのような世界を私は嫌いではなかったし、ノアと一緒にいられればなんでも良かった。でも、この空間はなぜだかすごく寂しかったのだ。


 まだ私がこの世界に来たばかりのころ、ノアはたくさん私を外に連れ出してくれた。

 

「この世界をもっと知って、俺ももっと知って、好きになって」


 出会った頃のノアはまだ少し幼い部分もあって、今よりもストレートな言葉でそう言ってくれた。

 それが知らない世界でひとりぼっちになってしまった私には唯一の光だった。


 初めて馬に乗って行った丘、城下の市場、夏に王都から馬車で四日かけていくノアが公爵として治めている領地の草原での川遊びに、ピクニック。それから、近くにある小さな森に入って、木々の木漏れ日のしたを色々な草花を見ながら、ノアと手をつないで歩くこと。

 

 私のこの世界での初めてや、楽しかったこと、怖かったこと、悲しかったこと色んな感情が詰め込まれていた。幼い私はとても幸せそうだ。

 泣き顔ばかりだったけど、思えば私の隣には必ずノアがいた。昔から考えれば今が離れすぎているくらいに。


「いつでも、どこでも一緒だったね」


 私がアルバムを眺めながらそう言うと、ノアは嬉しそうに笑った。


「うん。ずっと」


 アルバムのあるページから写真のほとんどが室内になった。

 思えばこのころからだ、私の意識がノアにだけ向かい始めたのは。あれはノアが正式に騎士になった年、ノアが22歳で、私が12歳の時。私が昔友達だった子に少し意地悪をされてしまった時から。

 ノアは私と外出するのを極端に嫌がり避けた。

 それから、屋敷の使用人も冷たくなっていった。

 悲しくてつらかったけど、私にはノアがいたから。

 おかしなくらい表情が曇っているものばかりだ。このころから私はこの世界で異常な存在だと気づいたのだった。多分一番は、大好きだったセバスチャンが私に冷たくなったこと。この世界の父のように慕っていたから。

 それでも、ノアだけは私の味方でいてくれた。私はノアが大好きだ。だから綺麗にお別れがしたい。


 漸く一番最後のページにたどり着いた。


 つい最近の写真だ。ほんの少し前、秋生まれの私の誕生日会。

 私とノアが二人でノアからもらったプレゼントと映っているものの一つ前、私が大きな口を開けて嬉しそうにポテトサラダを頬張っている写真だ。

 なんだこの写真恥ずかしい。

 実はポテトサラダが大好きなのだ。元の世界にいた時から大好きで、特に調味料はすきな分配がある。

 お屋敷の料理長のポテトサラダは大人の味であまり好きではなかったが、セバスチャンが作ってくれていたサラダは母の味とよく似ていて大好きになった。

 昔はノアがいないお昼時につくってくれていて、セバスチャンが「食いしん坊ですね」と笑うから、むくれていた私に言ったのだ。


「ちえり様の食べているときの顔は可愛らしくて、大好きですよ」


 と。今とは全然異なる表情で。

 思えば、屋敷ででるポテトサラダはいつから、あの大好きなマヨネーズたっぷりの味になったのだろう。

 

 まさかセバスチャンが今も作っているなんてことないよね?作り方を料理長に教えただけだよね?

 そう思うが、写真に写る自分の顔を眺める。

 私はこんな嬉しそう顔をしているのか、と。

 セバスチャンがなぜこの写真を選んだのか。大好きだと、可愛いと言ってくれた彼が今も心のどこかにいるのかもしれない。クリス様が受け入れてくれたように私のような異物を受け入れてくれるかもしれない、そう思ってしまった。

 

 そんな風にぐるぐると考えていると、冷たいものが私の指あたった。

 ノアの手だ。


「これ、今年のプレゼントのピンキーリング」


 ノアが呟く。

 ノアの瞳の色をした石がついている。


「いつでもつけてくれてるよね」


 ノアはそういってじっとそのリングを眺めた。

 

「うん」


 曖昧に頷いたが、実は外れなくなっただけだ。

 つけたときはぴったりだったのにもらった日の夜、お風呂に入る前に外そうとしたら抜けなくなってしまった。

 むくんでいるのかもと思って、お風呂でも何度も外そうと試みて、次の日もまた次の日も無理だった。

 なんだかリングが外れないなんて恥ずかしくて、なかなか言い出せない。

 そろそろ何とかしなければならないんだけど…。


 そのままノアは私の指に指を絡ませて握ってきた。

 昔はこうやってよく手を握って散歩したな。

 最近は手をひかれる感じだけど、こうして手を握られる感じが懐かしく感じた。


 二人で布団に入って、目をつぶってしまったノアの顔を眺める。

 急にキスしたくなって、寝てるノアのほっぺにキスした。

 恥ずかしくなって、そのまま背を向けて寝たら朝起きた時はまた向かいあって寝ていた。


 しかも、なにか悪夢を見た気がした。


 

 



 



 

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