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Stay by my side forever <後編>

「徹、結婚おめでとう」


弘顕(ひろあき)さん」


 お色直しで綾乃さんが中座している間、竹島が瓶ビールを持って新郎席までやって来た。

 絶対に仲良くなれないと思っていたこの人とも今では名前で呼び合う仲だ。結婚式には呼べよと言われたので招待状を渡そうとしたら、榊さんに貰うから要らないと言い、ちゃっかり新婦の職場関係者席に収まっている。


「榊さん、綺麗だったな。次は何色のドレス着て来るかな」


「……ちょっと、邪な目で見ないでくださいよ」


 コップにビールを注がれながら、俺は不機嫌な声を出す。


「はっは、まさか、人妻には手を出す訳にはいかないだろ? で、新居にはいつ招待してくれるんだ? 榊さんの手料理、楽しみだな~」


「絶対呼びませんよ」


 わざとだと分かっているのに挑発に乗ってしまう。案の定竹島は豪快に笑った。

幸せにしてやれよ、なんて過ぎた事を言う事も無く、竹島は他のテーブルへと歩いて行った。それが余計にそう言っているように感じる。


「やあ、徹くん。お招きありがとう」


 次にやって来たのは高田さんだ。彼は俺が子供の頃にお世話になった弁護士で、司法研修所を無事に卒業したら彼の事務所でお世話になる約束をしている。といっても高田さんはもう高齢なので実質息子さんが事務所を切り盛りしているそうだ。


「いえ。今日の俺があるのは、高田さんのおかげなので」


「まさかあの時の子がお嫁さんを貰うなんて。私が歳を取る訳だ。だけど、いいのかね? 優秀な君なら裁判官でも検察官でも、同じ弁護士にしたって企業内弁護士やら渉外弁護士やら、どれにでもなれる。何もわざわざ町弁を選ぶ事無いだろうに」


「高田さんが教えてくれたんじゃないですか。『知識は力、力は知識』だって。その言葉で俺は今まで頑張って来れたんです。そして、これからは同じように大人の事情に巻き込まれる子供を助けたいと思っています」


「そうか。……大きくなったなあ」


 高田さんは俺を眩しそうに眺める。まるで俺を通して時子さんを見ているみたいだ。


「まあ、最初は居候弁護士(いそべん)としてお世話になりますけど、将来的には事務所を乗っ取るつもりなんで、よろしくお願いします」


 俺が大口を叩くと高田さんは嬉しそうにがははと笑った。




 そして綾乃さんのお色直しが終わり、キャンドルサービスをするので新郎も中座するように、とスタッフが呼びに来た。披露宴会場を出て待っていると、薄水色のドレスに着替えた綾乃さんが現れた。薄いベールのような布を幾重にも重ねたドレスは清廉で清純でとてもよく似合っている。


「綾乃さん……俺の事何度ドキドキさせれば気が済むの」


 正直な感想を述べただけなのに、もうっと怒った風に叩かれてしまった。スタッフが大勢いる前で大っぴらに褒めたのが悪かったらしい。俺としては抱きしめてめちゃめちゃにキスしなかっただけ褒めて欲しいくらいなのに。


 ようやく披露宴も終盤に差し掛かり、新郎謝辞の番がやってきた。でも、俺は何度も練習して暗記して来た謝辞を、何故か言う事が出来なかった。忘れた訳じゃない。一言一句、頭に入っている。だけど、それは俺の本心じゃない気がして、俺は自分の言葉で語り始めた。自分がどれだけ彼女を、彼女という存在を欲しているのか、皆に分かって貰いたかった。

 全然うまくない、たどたどしい言葉を並べ終わると、涙が零れた。嬉しくて、……嬉しすぎて。


 俺達のために集まってくれた人達を、見回す。

昔から知っている友人知人、親族、少し前までは全く知らなかった人達、色んな人が居る。

 だけど、全員が俺達を祝福してくれてる。まるで自分の事のように。

全ての人達のおかげで今の俺達が出来上がった。これもまた運命だと言えるのかもしれない。


 そして、隣に立つ、一番大切な人とも深い縁を感じる。

出会えて良かった。出会ってくれてありがとう。俺を見つけてくれてありがとう。

感謝の気持ちが次から次へと溢れ、止まらなくなる。


 ねえ、綾乃さん。

二人で幸せになろう。

これからの長い人生、きっと楽しい事ばかりじゃ無いだろう。

だけど、二人なら頑張れる。二人だから、困難にも立ち向かえる。

一緒に戦おう。一緒に背負って行こう。いつでも手を繋いで、笑っていよう。


 だから、ずっと俺の傍に居て。誰よりも、近くに。


 俺、坂木徹は、坂木綾乃を、生涯愛しぬく事を誓います。


 そして俺は、花嫁を抱きしめた。

もう、決して離れられないように、強く、強く。






「つ、疲れた~。結婚式する方ってこんなに大変なんだね~」


 フォーマルなワンピースに着替えた綾乃さんがぐったりしながら声を絞り出す。


 それもそうだろう、結婚式とはとにかく時間がかかるものなのだ。

半年以上前から式場を予約し、席順を決め、料理を決め、衣装を決め、音楽を決め、引き出物を決め……。とにかく決めなきゃいけない事だらけで、休みは全て潰れると言ってもいい。新婦はさらにブライダルエステに通ったりもするからいくら時間があっても足りないくらいだ。

 当日も親戚に挨拶したり久々に会う友達と再会を喜び合ったり、せっかく吟味して選んだ料理を食べる暇もない。おまけに余興で俺の司法修習生仲間がダンスを踊った時なんて、俺と綾乃さんも参加させられたからね。俺ですら疲れているから、体力の無い綾乃さんはその何倍も疲れを感じているだろう。


「まだ終わりじゃないよ、綾乃さん。二次会の会場で皆が待ってる」


「ほんとだ、もうこんな時間!」


 時計を見て綾乃さんはソファから立ち上がった。そして俺達は部屋を出る。今日は結婚式をしたホテルの最上階に一泊する事になっている。眺めの良い、最高のロケーションだ。まあ、綾乃さんはこの部屋に帰って来たら初夜を楽しむ余裕も無くすぐに寝ちゃいそうだけど。


「あ~、高いヒール履いてたせいで足痛くなっちゃった。徹くんは大丈夫? 靴擦れとか、してない?」


「足は大丈夫だけど、お腹が苦しい。ビールばっかり飲ませられたから」


「そっか~。じゃあ、二次会で何かお腹に入れないと……あっ」


 話している途中で綾乃さんが驚いたように声を上げる。隣で呆然としている綾乃さんの視線を辿ると遠くの方に女性が立っているのが見えた。遠すぎて顔までは見えない。なのに綾乃さんは小さな声で「お母さん」と呟いた。


 ―――来て、くれたんだ。


 すごいでしょ? もう何年も会ってないのに、こんなに遠くに居るのに、綾乃さんはすぐにあなたに気付いたみたいですよ。


「綾乃さん。行って来なよ」


「徹くん……でも……」


「会って、言いたい事言っておいで。ふざけんな、でも、会いたかった、でも、何でもいいから。言える時に言っておきなよ。……後悔しないように」


 戸惑いにその瞳を揺らす綾乃さんの背中を、俺はそっと押した。

ずっと見守っているから。俺もあなたの傍に居るから。


「ここで、待ってる。ずっと見てるから、行っておいで」


 俺がゆっくりと微笑むと、綾乃さんの目が戸惑いから決意に変わる。


「……うん。行ってくる……! ありがとう、徹くん! 大好き!」


 ずるいなあ、綾乃さんは。たった一言とその眩しい笑顔で俺をこんなにも幸福にするんだから。


 俺の花嫁は、今、過去の自分と向き合うために、未来へと走り出した。




ありがとうございました!

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