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プロローグ 太陽が沈んだ日

空は、どこまでも青かった。


 地平線から蜃気楼が昇っている。

 こんな日に限って、地上は地獄だった。


 平原の中央を、大型の竜が魔物の群れを引き連れて地面を揺らしていた。踏み荒らされた土は血を吸って黒ずみ、巻き上がった砂塵が風に乗って左右の高台にまで届く。鉄の臭い。焦げた臭い。喉に張りつくような血の臭い。

 兵士たちの怒鳴り声は、もう怒鳴り声の形をしていない。叫びすぎて喉が潰れ、どれも掠れた悲鳴みたいになっていた。


 その南の高台で、レオンは前を睨んでいた。

『太陽の勇者』彼はその冠名を与えられている。

(一個師団は振り分けた筈だが………兵が随分減っている)


「まだだ! まだ撃つなよ!」


 振り返りもせずに怒鳴る。

 後ろに並ぶ投石器が軋み、魔術師たちが魔力を溜めていた。誰もが今すぐ撃ちたい顔をしていた。


 この戦いの筋は決まっている。

 中央平原で、雷光の勇者トールと友愛の聖女アリアがそれぞれ二軍を率い主力部隊として魔物を引きつけ交戦しながら後退する。魔物を食いつかせたまま、誘導してくる。

 そのまま後方の後詰と連結し、左右の高台から砲撃。中央に集めた魔物にまとめて一撃与えたところで全軍で進軍一気に殲滅する。碌な作戦を持たない魔物だ通れば勝てる。


 基本戦術陣形1と名付けられたそれは大昔に考案され現代でも魔物に特に有効だとして今も利用されている。


 「中央、いいぞ……そのまま退け」


 太陽の勇者レオンは祈るように呟いた。


 中央では、雷光の勇者トールの弓が白銀に閃くのが遠目で見える、閃光が走り魔物の悲鳴、咆哮が轟いていた。

 その一方で、友愛の聖女アリアの白銀の光が戦場を照らす。

 押し潰されそうな陽動部隊が、それでも崩れず後退できているのは、あの二人がいるからだ。


 右翼、北の高台には大槌の勇者ガルド率いる砲術部隊一軍。

 戦線後方、東側には、エルフの勇者ハンスと勝利の聖女マリアがそれぞれ一軍を率いて待機。

 誰もが持ち場で役目を果たしていた。


 「竜の数が………足りない?」


 ―――――おかしいさっきまでは確かに……


周囲を見回しレオンが呟いた。その時、主力部隊後方の地面が裂けた。


 砂煙が上がるその真下から、黒い甲殻の巨体がせり上がった。主力部隊の退路を噛み潰すように、漆黒の竜が地中から現れる。


「主力後方と後詰めの間に大型の竜!後退ルートが塞がれました!」


「あの巨体がどうやって地面の中を!?!?」


「退路が塞がれた!」


「あれでは合流できない!」


 レオンの部下達の悲痛の声が上がる。


 レオンは舌打ちした。

 最悪だ。だがまだ終わりじゃない。後詰が前へ出れば繋げる。


「静まれ!」


 ざわめく部下を叱りつけ、歯を食いしばる。

 目を動かし、戦場を分析した。


 後詰を務めていた勝利の聖女マリアが『聖域』を展開し白銀の光で戦場を覆った。エルフの勇者ハンスを先頭に後詰部隊が前へ出る。

 中央と後詰を繋ぐ線を、2体の竜がその巨体で暴れ塞いでいた。

 巨体が、首をもたげるだけで兵が吹き飛ぶ。濡れた鉄みたいな鱗が刃を弾き、吐いた息が後詰の前衛をまとめて薙ぎ払った。


「あの戦力で苦戦している?」――――甲種の可能性


 二体の竜に目を奪われている間に、小型の魔物が主力部隊を完全に包んだ。


 「………限界………か」

 

 完全に作戦が折れた瞬間だった。


 中央の主力部隊は孤立。

 北南の砲術隊は撃てる。だが撃てば、中央の味方ごと吹き飛ぶ。

 後詰も動けない。


「我が軍も救援へ向かう!」


ここからは、こちらも動く。救助しながら、あちらの部隊と合流させるしかない。


レオンは高台の縁まで進み、兵たちを見回した。


「射角維持! 勝手に撃つな!」


叫びに、部下たちは頷いた。誰だって分かっている。


けれど中央を見てしまえば、待つこともまた残酷だった。


 主力部隊は、もはや後退隊形じゃない。

 雷光の勇者トールと友愛の聖女アリアを核にして、食い破られながらも塊のまま耐えている。少しでも長く持たせるためだけの陣だ。残存兵力ももう一軍にも満たないだろう。

 レオンは奥歯を噛み鳴らした。


こういう状況あいつなら…左翼をチラリと見る。


「俺について来られる奴だけでいい! 五十騎もいれば、中央に穴を空けられるはずだ!ただしついて来た者も危険を感じたらすぐに退け!」


「はっ!必ず助けましょう!」


「砲列は維持する! だから割ける分だけだ!」


「敵の横っ腹を強襲し退路を空ける!行くぞ!」


 声を張る。

 太陽の勇者。そう呼ばれるなら、こんな時こそ前を向くしかない。


 すぐに助けたいと希望者が五十名ほど集まった決死隊。


 その先頭に立ちレオンは叫ぶ。


 「生きて帰るぞ!」

 「「「おおおおおおお!!!!」」」


 レオンが鞭を入れると、それに兵たちも続いた。


 高台を駆け下りる。

 足元の土が崩れる。砂塵が目に刺さる。平原に近づくほど、血と煙の臭いが濃くなる。


 「急げ! まだ間に合う!」


 平原に下り、嫌がる馬から転げ落ちるように乗り捨てたレオンは、盾を構え、前へ走る。


 兵たちも続く。牙を剥く魔物を払い、死骸を越え中央を目指した。


 「くそっ! トール! アリア!」


 ――――その時だった。


 北の高台から、投石器が風を裂き空からは巨大な火球が降ってきた。


 一度目の砲撃。


 左翼の投石と魔術が、一斉に中央へ落ちた。

 轟音。閃光。爆ぜる土。

 空気が叩き潰され、衝撃波が平原を薙ぐ。


 「ぐっ――!」


 レオンたちの身体がまとめて煽られる。

 足がもつれる。何人かがその場で転がった。

 レオンは前に出て大盾を構え視線を向ける。


 中央で、味方が燃えていた。


 「………あの野郎!」


 「トールは?アリア!」


 主力部隊の将兵たちが暴れる魔物と共に火と土に呑まれ、次々に倒れていく。

 友愛の聖女アリアの白銀の光が、砲煙の中でなお必死に揺れていた。守ろうとしている。最後まで、誰かを。彼女はまだ、十五になったばかりのはずだ。


「待てよ……っ」


 声が出ない。

 頭では分かる。これしかなかった。ここで焼かなければ全軍が瓦解する近隣の村も。

 分かっている。分かっているのに、燃えていく味方を前にして、それを正しいと飲み込めるほど大人にはなれなかった。

 

 やがて友愛の聖女アリアの足元から竜が飛び出し吹き飛ばされるのを見た。


「――――くそっ、アリア!」

 

 近くの魔物を突き刺し返り血で顔を汚しながらレオンが怒鳴る。


「まだ終わってない!竜さえどかせれば」


 レオンは走りながら叫び続ける。


 「トール!どこだ!撤退だ!手を貸せ!」


 理想論だと笑われても構わない。最後まで助ける方を選ぶ。それがレオンだった。


 その直後、駆けて来た方向から火球が飛んでいく。


 ―――――自分の陣だ。


 二度目の砲撃。


 レオンが整え、維持させていた右翼の砲列が、一斉に火を噴いた。

 一斉に撃たなければ薄くなる。火力は容赦なく中央へ集中した。


 正面から衝撃が来た。


 大盾の向こうの世界が業火で揺れる。

 熱が皮膚を焼く。耳の奥で何かが裂ける。

 レオンの身体は衝撃で吹き飛ばされ、魔物ごと泥の上を転がった。

 

 レオンは大槍を捨て走り出し倒れている友愛の聖女の傍へ体を滑り込まし左腕に抱くと大盾を構え姿勢を低くして走った。生存の確認なんてしていない。


 助けられなかった兵達………「すまないすまないすまない」涙を流しひたすら繰り返す


 空が回る。

 晴れた青空と、立ち上る黒煙がぐるりと混ざる。


 視界の端で光が走る-レオンは瞬時に彼女を下げ自身の身体で覆った。


 ――――刹那


 爆風に呑まれた。抱いていた華奢な彼女ごと地面に叩きつけられるように転がる。


 届かなかった。無力な自分に絶望した


 せめて彼女だけでも……這いずった。


 もはや生きているのかすら分からない彼女に覆いかぶさり

 

 ―――――レオンの意識は深い絶望と共に暗闇に沈んだ

 

 その日、男は太陽(ヒーロー)になり損ねた


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