第十話:信じる理由~小さな愛のうた
あるおじいさんの話だよ。彼はいつもこう考えていた。「自分を信じ、疑いを持たなければ、神さまの力とつよく結び付き、かならずやこの世界で成功出来る」って。
そのため彼は、弱さや敗北を否定して、とにかく、とにかく、パワー、パワー、パワー、勝ち続けること、他を圧倒して勝ち続けることばかりを選んでいた。
貧乏人は金持ちになりたがり、金持ちは王さまになりたがる。金と権力があれば、針の穴でも簡単に抜けられる、そう信じていた。
世界の全てを黄金に変えても、彼は満足しなかった。春も、夜も、秋も、朝日も、すべてのことがらが、気付かぬうちに、彼の前をとおり過ぎて行ったのに、彼の足には悪魔がぴったり、彼の靴には血がべったり、それでも彼は気付かなかった。
おかしな話だろ?
それでも彼は信じてる。いつかは自分も満足出来ると、信じる理由を、探しながら。
*
あるおにいさんの話だよ。彼は彼の恋人を、強く深く愛していた。彼女の唇、彼女の瞳、彼女の笑顔に笑い声、機嫌が悪くてすねるとこさえ完璧なのだと想っていた。
彼は働き、稼いだお金のほとんど全てを彼女のために使っていた。服に食事にステキな旅行にファンデーション。「彼女がきれいになるのなら、彼女がよろこび笑うなら、それが僕のよろこびだ」って。
だけれどある日、とつぜん彼女はどこかへ消えた。
男がいたとか、女がいたとか、色んなうわさが飛び交ったけど、それでも彼は、いまでも必死に働いている。稼いだお金のほとんど全てを、彼女のために貯金している。彼女がもどって来たときのため、彼女が帰って来たときのために。
おかしな話だろ?
それでも彼は待っている。いつかは彼女が戻って来ると、信じる理由を、探しながら。
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あるおかあさんの話だよ。彼女は息子を、こころの底から愛してた。彼女の息子も、いつかはこころを入れかえて、彼女の方をふり向いてくれる、そう彼女は信じてた。
わるさを止めて、へんな付き合いもやめて、趣味のわるい帽子やサングラスもやめて、彼女に挨拶をしてくれるはずだ。とそんな風に考えていた。
ゆっくり彼女に近づいて、ぶっきらぼうに、「やあ」とか、「よお」とか、「ひさしぶりだね、母さん」とか、そんな軽い挨拶をしてくれるはずだ。とそんな風に考えていた。
「来てくれてありがとう、母さん」とか、「来てくれてうれしいよ、母さん」とか、とかとかとか。
だから彼女は、朝夕欠かさず、彼女の神に祈りを捧げる。
だけれど結局、あいつはまったく、見向きもしないし、彼女は彼女で、いつものように、彼女の息子を迎えるために、警察署まで歩いて向かう。
おかしな話だろ?
それでも彼女は歩いて行く。いつかは息子も、笑ってくれると、信じる理由を、探しながら。
*
あるおとうさんの話だよ。彼は娘を、こころの底から愛していた。もちろん彼女の、おかあさんのことも。
だけれど彼は、とっても大きな失敗をした。失敗をして、みんなで暮らした小さなお家を離れていた。お家から離れて、どこか遠い町で、ひとりさみしく暮らしていた。
時々さみしさで気が狂いそうになったけど、それでもお家には戻れなかった。
あるとき、バカな弁護士の忠告で、彼女のおかあさんと話をすることになった。おかあさんが訊いた。とっくに夜は更けていたけど、「あの子に会ってく?」
お家にはいると、彼女はぐっすりねむっていた。彼女のベッドで、すやすやすやと、夢のないねむりの中に。
彼女のおかあさんは、彼女を起こそうとしたけれど、おとうさんがそれを止めた。
もちろん彼は、彼女といっぱいお話がしたかったし、自分がやってしまったことへの後悔や説明、彼女や彼女のおかあさんと一緒に暮らせなくなってしまったことの理由や弁解なんかのすべてを彼女に伝えたかったけど、彼女の寝顔を見ているうちに、そんなことは、なんか、もう、どうでもよくなった。彼は、寝ている彼女に、彼女のおでこに、小さくキスをすると、そのままお家を出て行った。
おかしな話だろ?
それでも彼は帰って行く。きっと彼女の幸せだけを、信じる理由を、探しながら。
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ある神さまの話だよ。あるとき彼、あるいは彼女はこう想った。「なんて愚かな人間たちだろう」って。「私の姿に似せたのに、どうしてこんなに愚かなのだろう」って。
彼らは憎しみ合い、痛みさえも感じていない。ああ、ほら、いまも、地球のどこかで、ひとがひとを殺す音がした。弱いものたちが、弱いものたちを、叩き続ける音がした。
大洪水で滅ぼしかけても、言葉をバラバラにしてやっても、やつらは反省しなかった。
「やれやれいっそ」と彼、あるいは彼女は、自分によく似た愚か者どもの群れをながめながら、そのすべてをゼロにしてやろうか、そう考えた。昨日や、その前や、その前のまえと同じように。
しかし彼、あるいは彼女は、そのふり上げた両手をおろした。ふたたび。昨日や、その前や、その前のまえと同じように。
おかしな話だろ?
だけれど彼、あるいは彼女は信じてる。いつかはこんなバカどもも、すこしはましな、いまよりましな生き物に、なるはずだろうと、信じる理由を、探しながら。
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あるおとこの子の話だよ。彼はある朝こう考えた。時計を見ながらあせりつつ、つい歯ブラシにむせちゃいながら、「隣に住む人、同級生、見知らぬ誰かにやさしくすれば、もっと気分がいいのでは?」って。
この方法は、画期的かつ確実で、きっと必ずうまく行く。と彼は考え、会うひと会うひと全員に、この考えを伝えていった。
すると、この考えを聞いた人たちは、うすうす彼らも気付いていたので、試しに誰かに優しくしてみた。もちろん出来る範囲でだけど。
するとやっぱり、彼らもすっかり気分がよくなったので、彼らは彼らで、会う人ごとに、この考えを伝えていった――んだけど、そんなあるとき、そんな彼らが一定数を越えたとき、西から東から、北から南から、神父や牧師やラビに僧侶、色んなやつらがやって来て、そいつらみんなで一斉に、「こいつは狂ってる!」って、おとこの子をどこかに連れて行っちゃった。
そう。そのため彼は、それからずっと、光り輝く何処かに置かれ、何処にもいけないままになってる。
おかしな話だろ?
だけれど彼は、それでも彼は、いつかはみんな、きっと優しくなれるはず、そんな風に信じてる。信じる理由を、探しながら。
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あるおんなの子の話だよ。彼女は、あるおとこの子のことを、こころの底から愛していた。強くて、固くて、きっと真実の愛ってやつだ。
いつか彼女は彼に言った。「こんなところ飛び出して、ふたりでどこかに行きましょうよ」って。
もちろん彼女は口下手で、気持ちを整理するのも苦手だったので、本当に発した言葉は、この半分にも満たなかったけど。
だけどそれでも、彼は彼女にこう言った。「いいよ、もちろん」。すてきな笑顔で。
そうしてふたりは旅に出た。手に手を取って、ふたりきりの冒険の旅に。
だけれどすぐに、わるいひとたちがやって来て、彼を連れて行ってしまった。彼女はなんか、しろい建物に閉じ込められた。
そう。だから彼女は、このおんなの子は、窓の下をのぞいては、彼が迎えに来てくれるのを、ずっと、ずっと、ずうっと待ってる。左手の薬指に、おとこの子がくれた、小さな指輪をはめたまま。ずっと、ずっと、ずうっとね。
おかしな話だろ?
だけれど彼女は、きっと彼は来てくれる、きっと迎えに来てくれるって、そんな風に信じてる。信じる理由を、探しながら。
ほんとにおかしな話だろ?
それでもみんな、そんなこんなを信じながらも、生きているのさ、信じる理由を、探しながらね。
(おしまい)




