第28話 迷い
それから数週間後―――
比良坂邸では今日も、月彦から派遣された椿が菊理の機能回復訓練を行っている
淡々と菊理の足を動かし続けていた椿がゆっくり元の位置に戻し、静かに口を開いた
「………では本日はここまでにしましょう」
「ありがとうございました」
菊理がお礼を述べたタイミングで、廊下の向こうからぱたぱたと軽い足音が近づいてくる
そして襖が開くと、そこから顔を出したのは天鬼と福だった
「菊理しゃま。お疲れしゃまでしゅ!」
「きゅ!」
「ありがとう天鬼ちゃん」
菊理は天鬼達の頭をわしゃわしゃと撫でる
「それじゃあ羊羹を持ってくるでしゅ!」
「きゅ!」
そう言って天鬼達はくるりと踵を返し、いそいそと台所に急いだ
その様子を微笑ましく見送っていた菊理は、ふと思い付いたように椿に顔を向けた
「………あ、椿さんもどうです?一緒に羊羹食べません?」
菊理が椿に尋ねると、彼女は大きく目を見開いた
「私もで御座いますか?………有難い申し出ですが、用事がありますので、お気持ちだけ受け取らせて頂きます」
「そうですか……」
椿が淡々と後片付けをしている様子を、菊理は物言いたげに見つめていた
「それではこれで失礼致します」
「はい。気を付けて帰ってください」
そうして静かに去っていた椿と入れ替わりで、天鬼と福がお皿に入った羊羹を持ってやってきた
「お待たせしまちた菊理しゃま!……ってどうしまちたか?」
「うん。椿さんいつもすぐ帰っちゃうなって思って。久しぶりに同年代くらいの女の子とあったから仲良くしたいんだけど……」
そう言って菊理は残念そうな表情を浮かべる
この狭間に住み始めて始めての同年代、しかも同性の椿に親しみを感じた菊理は、仲を深めたかったのだが――それが中々上手くいかないのだ
「椿というか、月彦の使用人は皆あんな感じでしゅ。他の黄泉人から嫌われる事の方が多いでしゅからね」
「そっかぁ……」
菊理は小さく頷くと、何か考えるように手に持っている羊羹を見つめるのだった
――――――――――――
その頃
嗣臣は任務の為、穢鬼の駆除にあたっていた
薄暗い森の中、湿った土の匂いが漂うこの空間に、複数の穢鬼が地面に転がっていた
「ふぅ……これで7体目か」
嗣臣は小さく息を吐くと、ふと蜘蛛を操る穢神の事を考える
(アレが動き出したとなると、いつ俺の元に来るか分からん。その時まだ菊理の身体が戻らなかったら――――)
かつて前妻を殺した存在が、また同じ事をしでかしたら
同じ悲劇を、もう一度繰り返すことになるかもしれない
嗣臣は最悪の事態を想像し、拭いきれない焦燥が胸の奥で燻っていた時、遠くから聞き慣れた声が響いた
「オイ、嗣臣!」
道之がいつもの明るい笑顔で、嗣臣に近づいてきた
「………道之か」
「どうしたそんな浮かねえ顔して?」
「……菊理の身体が戻らぬ今、あれが俺の前に現れた時、気がかりでな」
「あー……元に戻るっても、それがいつなのか分からねぇからなぁ」
道之は顎に手を当てながら同意した
しかし次に、何か思い出したかのようにポンと手を叩いた
「………あ、でも1つだけあるにはあるぞ?すぐ治る方法」
「なんだそれは」
嗣臣が思わず身を乗り出すと、道之は意味ありげにニヤリと笑った
「ちょい耳貸せ」
そう言われ耳打ちされた内容は予想外のものだった
「――――――は?」
嗣臣は目を見開き唖然とする
その様子を道之は面白そうに見つめていた
「まぁ、ようは愛の力で治んだよ。試しにやってみたらどうだ」
「いや、しかし――」
そこまで言いかけた時、道之が少しだけ真剣なな顔に変わった
「……いつまでも、過去に囚われんのは止めろ。過去の清算が終わってねぇとか、変な事考えんな。多分菊理も進展待ってんぞ」
続けて「寿美の兄貴である俺が、アイツの代わりに背中押してんだから頑張れ」と言い残し、道之は去って行った
嗣臣は複雑な気持ちが入り乱れる中、その場で佇むのだった




