74 終
表彰式から時は流れ、季節は春になっていた。
小さく淡い色の花々がつぼみを開き、鳥は朝から歌うようになった。
風が淡い色の花びらを運んでくると、季節が巡ってきたのだという感じがする。冬に眠ったいのちたちが、徐々に目を覚ましてきたのだ。
あれから、色々なことがあった。
ミドリの正体が狐のモンスターであったことが発覚したりもした。
こちらとしてはもう何となく分かっていたことだし、スキュブは気づいていたから驚きもしなかったが、マシロとベニにとっては驚きだっただろう。
しかし、今更種族が違うことなど気にしない、というほど仲が良かった三人の結末はご想像の通りである。
どうやらミドリの父親もそのことを何となく分かっていた上でミドリを育てていたらしく、ミドリはそれからも今まで通りに仕事をこなしている。
そして、その一連の事件の解決に助力したアンヘルとミドリは付き合うことになったようだ。
ミドリは父親に拾われる前にアンヘルと会ったことがあったらしく、怪我をしたところを助けられてから、想いを寄せていたという。
アンヘルも種族は関係ないと思っており、自分の血筋についても思うことはあるので、普通の人と違うということは気にせずお付き合いをしよう、という気持ちらしい。
そんなアンヘルも出会ったころは駆け出し、という様子だったのに、もう新人たちのお世話をする立場になっている。
彼の明るい人柄は新人たちには親しみやすいだろう。スキュブもかなり明るくはなったが、凄まじい依頼量をこなしているすごいひと、という認識は新人たちにもあるようで、一番なにか聞きやすいとなるとアンヘルあたりが良いらしい。
皆、変わった。
皆、胸の内に秘めた重く苦しいものを抱えていたが、それぞれの道しるべを、星を見つけた。
それはアヤネもスキュブも同じだ。
スキュブは誰かと遊ぶようになったし、アヤネはアヤネでへカテリーナやダリアとたまにお茶を飲みに行っている。
朝、予定を確認しあうことも増えた。
お互いに何でも知っているわけではなくなった。
それが当たり前なのだろう。だって、二人は違う人格を持ち、違う人生を歩んできたのだから。
「スキュー、おはよう」
朝、サギソウに水をあげながら、起きてきたスキュブに声を掛けた。
「おはよう」
スキュブはあくびをしながら髪を手ぐしで整えようとする。
最近は髪を梳くのも自分でやるようになった。
「今日は何かある?」
「うーんと……そうだ、ユウのお店に手紙を預けていきたいな」
「ああ、ユウね。どうなの?ユウは」
「ダリアとうまくいってるって。アヤネが作ってる消臭剤あるでしょ?あれで人気のないところだったらデートできるようになったって」
「そっか。作ったかいがあるよ」
スキュブは椅子に座り、手を合わせてから朝食を食べ始める。
相変わらず一口が大きい。目玉焼きがほとんどなくなっている。
「アヤネもダリアから話聞いてる?」
「うん。へカテリーナと一緒に若いっていいねぇ〜ってやってる」
「アヤネも若いでしょ……」
「ふふ、そう言われる」
アヤネも座り、朝食を食べ始めた。
朝食の量は増えた。ヨーグルトで済ませていた朝食は、トースト一枚になっている。
「……アヤネも、わたしも、ここに来てよかったよね」
スキュブは朝食を飲み込んでから、そう言った。
「……?ああ、ギルドね。そうだね……色々あったもんね」
「色々あった。色々あったけど、すごくよくなった」
朝日が燦々と差してくる。雲が晴れて、日が顔を出したようだ。
「……こんなふうに、笑えるようになって良かった。毎日が楽しくなって良かった。
家族と笑いあって……幸せに過ごせて、良かった」
スキュブはナプキンで口を拭き、にこりと笑った。
「……そうだね。わたしもそう思う」
アヤネも微笑み返す。胸があたたかくなるのを感じた。
朝食を済ませ、片付けをしたらいつも通り仕事へ向かう。
いつもやるようにテレポートを唱え、ギルドがある街へ移動しようとしたとき、ふわりと風がふいた。
春風とともに、淡い色の花びらがアヤネの元へ運ばれてきた。
髪についたそれをスキュブがとると、花びらは再び風にのってどこかへと行ってしまう。
「……」
スキュブが花びらが流されていった先をぼんやりと眺めている。
何か気になったのだろうか。
「どうかした?」
アヤネが声をかけると、スキュブは振り向いて、穏やかに微笑んだ。
「きれいだなって思ったの」
「……そっか。よかった」
アヤネは目を細め、テレポートを唱える。
今日もいつも通り仕事が始まる。
最初の頃より距離はできたけれど、ずっとよくなった二人は、今日も凄まじい量の依頼をこなす。
あのときから変わっていないようでとても良くなったかたちで、皆がこなせない仕事を大量に引き受けるのだった。
これでおしまいです。
スッキリしました。二人ともお幸せに




