旗揚げ
処刑された領主の元兵士が、第3王子を旗頭にして王国軍に滅ぼされた村から村人たちを救った――その噂の出所は、100人の近衛部隊でございました。
火のない所に煙は立たぬというやつで、シルムを失いましたヘルマンは、村人を守るために死んだシルムの遺志を継ぐように、各地から逃げた民間人や脱走した兵士たちの保護をやっておりました。受け皿として、王国軍に滅ぼされた田舎村の跡地を再開発いたしまして、避難所にいたします。
一方の王国軍、街に到着する前に半数以上の兵士が逃げてしまいましたけれども、残った兵士でもって強引に街を攻撃いたします。本来ですと、用意した兵士の2割が戦闘不能になりましたら「全滅」という判断をするのでございますが……これは兵士が8割になってしまったら予定していた作戦が成功する見込みはなくなるからでございます。それが5割を下回ったのに続行するというのですから、これは普通に考えますと無茶を通り越して無謀。ところが、そうはなりませんでした。
「突撃ィ!」
「「うおおおお! ……って……あれ? 誰もいねえ……。」」
街の住人は、すでに逃げ出しておりました。
ですから、この作戦では死者も負傷者も出ませんでしたけれども、一方で、今回の事の影響は広範囲に波及してまいります。
まず王国軍でございますが、兵士の大規模な脱走で劣勢に立たされるようになります。何しろ王国軍は常に魔物と戦っておりますので、兵士はいくらいても足りません。それがごっそり居なくなってしまいますと、よそから集めて補わなければ魔物に対抗できません。そうしますと、穴を埋めるために全体を薄くするという事になりますので、全国的に王国軍が少し劣勢になるわけでございます。
この補充として派遣されました兵士たちも、街を攻撃しようとしたという話を聞きますと、次は自分たちの街が攻撃されるかもしれないという不安を覚えます。故郷から離れた場所へ派遣されておりますのでホームシックも手伝いまして、故郷が心配でたまらなくなってまいります。すぐに故郷の状況が分かる場所へ行きたくて仕方がないので、そのうちに我慢できずに脱走と……。
一方、この逃げ出した住人や、脱走した兵士は、一部がヘルマンの避難所へ保護されますが、残りは別の街へ逃げ込みます。そうしますと、その逃げた先で王国軍の批判やら、街から逃げた話やらをいたします。当然のこと、やる恐怖よりもやられる恐怖のほうが強いわけで、これに感化される人というのが出て参ります。
「王国軍はもう俺たちを守る気がないんじゃないか?」
「次は俺たちの街が攻撃されるかもな。」
「今のうちに逃げた方が賢いかねぇ。」
「逃げるったって、どこへ?」
「それな。」
「そういえば、第3王子が滅ぼされた村の人たちを救ったって噂だが。」
「それだ。」
とりわけ田舎へ行くほど、今までろくに守って貰えませんでしたので、もう王国軍は頼りにならぬと見限って、次々と離反して、ヘルマンを頼りに逃げて参ります。
塵も積もれば山となると申しまして、人口の少ない田舎の村ばかりといっても次々に離反してしまいますと、それより少し大きな街でも不安が広がりまして、そのうちに今度は街が離反していくようになります。
しまいには副首都と呼ばれた大都市が「ヘルマンの下へつく」と宣言いたしまして、そのヘルマンを領主の屋敷へ招きます。
「どうか我々をお導き下さい。」
各地の代表者が集まりまして――領主から村長まで色々でございますが、これが一斉にヘルマンの前へ跪きます。
困ったのはヘルマンです。今まで難民支援のNPO法人のように振る舞っておりましたけれども、これを受け入れますと、新政権を樹立することになりますので、王国軍と内戦状態に突入いたします。心優しいヘルマン、内戦を始めてしまうと死傷者が多数出ますので、これを憂えておりました。
「先走りました事は伏してお詫び申し上げますが、恐れながらすでに『殿下の下へつく』と宣言しておりますので……。」
「あ……。」
つまり王国軍からは「ヘルマンが旗頭」という認識をされているわけでございます。ヘルマンはようやく、すでに王国軍と敵対関係にあって逃げ場がない事を認識いたしました。このあたりは、さすが貴族と申しますか、魑魅魍魎の魔窟たる王宮や貴族社会でバチバチやり合っておりますので、ぬかりがございません。
しまった、やられた、と思いましたヘルマンですが、元王族でございますので素早く頭を働かせてまいります。まず考えましたのが、防衛でした。
「すぐに防衛の準備を。」
「そちらはすでに進めております。」
村が離反すれば村を滅ぼし、街が離反すれば街を攻撃した王国軍、都市の離反を見逃すはずがございません。これは領主もすでに予想しており、指示を待たずに実行しておりました。
うなずきまして、ヘルマンは次に近衛部隊の隊長を呼びます。
「モーゼス。」
「はっ。」
「防衛の指揮を執ってください。」
「は……ははっ!」
モーゼスは驚いて跪きました。
近衛部隊の隊長ですが、今までは貴族の下でその貴族を守る立場。しかし防衛の指揮を執るとなりますと、これは貴族を下にして働くことになります。
会社でいえば、係長か課長あたりのクラスだったのが、急に社長代理に抜擢されるようなもの。次長・課長・室長・局長・本部長あたりをみんなすっ飛ばしての大出世でございます。
跪きましたモーゼス、思いがけない大きな栄誉に喜び打ち震えておりました。緊張で手汗が凄い事になっております。
とは言いましても、都市1つの防衛戦でございますから、モーゼスがやる事はそう変わりません。少々規模が大きくなっただけのこと。やればできるとヘルマンは信用しておりました。
「貴族の皆さんにも働いてもらいますよ。
勝手に担いだのですから、協力は惜しまないでしょうね?」
「「もちろんでございます。」」
モーゼスを司令官に抜擢しましたのは、この事への仕返しでございました。実力があろうが地位があろうが、信用できない相手は使わない。勝手なことをするな。という、ヘルマンの意思表示であり、貴族たちへの警告でございます。
同時に、モーゼスを貴族の上へ据えたことで予想される、貴族からモーゼスへの反発を封じ込める一言でもございました。表向きはヘルマンに協力することを求める内容ですし、勝手に担いだことへの引け目を盾にしておりますので、貴族たちはノーとは言えません。
これは容易ならざる相手だ、と貴族たちは本心から平伏いたしました。あっさり勝手に担がれたからといって御しやすい相手と侮ってはならぬ。その勝手に担がれた失態を武器にして切り返す手腕。一言で二重に縛る話術。さすがは王子。貴族たちは離反を決意した事が正解だったと確信を得ました。
「イレーネ。」
「はい。」
「別働隊を編制して下さい。」
ヘルマンは、ある作戦を伝えました。
「ですから、その別働隊を指揮して僕を守るのが、イレーネの役割になります。」
これを聞きましたイレーネ、やたらと元気よく答えました。
「はっ! 必ずやご期待に添う働きをご覧に入れます!」
冒険者として対等な仲間という扱いを受けてきたイレーネ。それはそれで嬉しいことでございましたが、そもそもは騎士として仕えるつもりでヘルマンに従っておりましたので、この作戦でようやく騎士たる扱いを受けたと喜びます。
もう顔がニヤニヤと勝手に頬が浮き上がってしまいまして、表情を引き締めることができません。危険な作戦ではございましたが、イレーネは何やら楽しいところへ行くような気持ちでございました。
「各員、傾聴!
敵を無闇に殺してはなりません。勝利すれば敵兵は仲間になりますから、戦えない程度に動きを止めるだけで十分。攻撃する際は、なるべく足を狙って下さい。
王国軍との戦いは、長期戦にはなりません。この一戦で確実に終わらせます。」
「「おおおっ!」」
首都の王城を拠点とする王国軍と、副首都の領主の屋敷を拠点とする新政権。その戦いの火ぶたが切られようとしていますが、今日はここまで。続きはまた明日のお楽しみ。
==ヘルマンの歩数==
実績:4月になった。4ヶ月がすぎた。毎日1万歩歩いた。
合計:365万歩
歩行速度:14万6000km/h
走行速度:73万km/h
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魔王の死に戻りスローライフ~今度は殺されないように善行を積もう~