田舎村の窮状
魔物が減った理由がヘルマンたちにある事を知った村人たちは、ヘルマンたちに深く感謝いたしました。ただしヘルマンは、シルムのことは黙っておきました。魔物に襲われて被害が出ている村に、魔物を仲間にしている事を知られるのは、反感を買うかもしれないという配慮でございました。ましてシルムは、テイマーなどのスキルで縛っているわけではございませんので、野良犬でも拾ったような、完全に信用のみで成り立っている関係でございますから、村人に安全を保障するような第三者的な材料がございません。
お礼を言ってくる村人たちに囲まれておりますと、この村の村長という人がやってまいりまして、遠慮がちに、
「魔物を討伐してくれるのはありがたいと思うけど、頼ってしまっていいのかね?」
これを尋ねます。
と言いますのも、この村の周囲の魔物が冒険者にとってうまみがあるのであれば、もっと大勢の冒険者が集まってくるはずでございます。しかし実際には、ヘルマンとイレーネしか寄りつきません。つまり、ヘルマンとイレーネはこの貧しい田舎村を見かねてボランティアで魔物を倒しているのではないか、損を承知でやっているのではないか、と村長は懸念しておりました。
哀れに思って助けてやろうというのは、たとえば大きな災害が起きますと、千人万人のボランティが駆けつけたり、あるいは支援物資が置き場所に困るほど大量に集まったり致しますので、人間の持つ善良な側面としては珍しいものではございません。
ただ、そういった気持ちというのは、そう長続きはしないもので、1ヶ月もしますと波が引くようにして激減するものでございます。村長としましては、それがいつ起きるのか、そして、そうなった時に村は無事に済むのかという事を、懸念しております次第です。ヘルマンたちを恐れて逃げていった魔物が、居なくなったとたんに再び戻ってきたのではたまりませんから。
そのあたりの事を、ヘルマンも元は王子でございますから、すぐに理解をいたします。
「あまり頼らないほうがいいでしょうね。」
と厳しい事を言いますので、村人たちは意気消沈をいたしますが、
「自分たちで防衛できるようになれば問題は解決でしょう?
まず防壁を作り、それから村人にも扱えるような武器を作りましょう。」
と自立支援の案を出しましたので、村人たちは半信半疑ながらも、いくらか希望を感じました。単なる厚意・善意でもって世話をされるだけという状況よりは、先々の見通しが立つというものでございます。
さて、そうと決まれば、まず防壁の設置場所を決め、これに必要な材木の量を計算しまして、切り出していこうという話になります。あわせて「村人にも使える武器」というのを、ヘルマンは野鍛冶と狩人を集めまして、これを設計する事にいたしました。
村人たちは農民でございますので、冬は作物が取れず、仕事を休みます。この間、ただ休んでいるのでは1円にもならないというので、農作物の中から食べられない部分を使いまして、カゴやらザルやらを作り、これを売って生計の足しにいたします。
そういう生活をしておりますので、農民といってもある程度は加工職人としての腕前がございます。設計した武器の部品を、この農民たち、とりわけ女子供に作らせまして、力のある男衆は防壁作りに協力を致します。
防壁に必要な量の材木を計算しておりました村長が、
「けっこうな量の材木が必要だなぁ。」
と頭を抱えておりますと、
「大丈夫ですよ。ある程度はすでに切り出してありますから。」
ヘルマンがどこからか丸太を運んでまいります。
この丸太というのは、ヘルマンたちが拠点にしている山中で伐採したものでございまして、拠点周辺を少々開拓して畑を作ろうとしていたものでございます。このために野鍛冶からクワを買ったわけでございまして、すでに伐木から木の根の除去まで終わっておりまして、ささげ、水菜、しそ、ブロッコリー、ニンジン、葉ネギ、小松菜などを、つい先日、種をまいたところでございました。
このときに切り出しました丸太が、ヘルマンたちにとっては置き場所に困る邪魔物になっておりましたので、これ幸いと防壁の材木に差し出したわけでございます。
「これだけでは足りませんから、どんどん切り出して、防壁を作っていきましょう。」
おお! と気勢を上げまして、村人たちが作業に取りかかります。
今まで誰も助けてくれなかった村を、ヘルマンたちは助けてくれようとしている。そしてまた、自分たちで守る自衛の道筋が見えたという事もありまして、村人たちは「おらが村を守れ」と活気づいてまいります。
この作業開始が7月の事でございました。
村人たちがすっかり日焼けをいたしまして、ようやく昼の暑さもいくらかマシになってきたかという9月。いよいよ防壁の性能が試される時がやってまいりました。
シルムが狩猟しました魔物は、全体のごく一部に過ぎません。周囲から魔物が居なくなりましたのは、狩られてはたまらないと逃げ出したためでございますので、ほとんどの魔物は場所を移しただけで生きております。
生きておりますと腹が減りますので、餌を求めますが、移動した先には元々そこに住み着いておりました魔物がおりますので、餌の奪い合いという事になります。負けたほうの魔物は住むところを失って追い出される形となり、飢えて死ぬよりはチャンスに賭けてみようというので、シルムの活動範囲、つまり村の周辺に戻ってまいります。
こういう場合には、どういうわけか一斉に動くものでございます。魔物同士が集まって、いついつに一緒に行ってみましょうなどと談合するわけもございませんので、これは完全に偶然でございますが、世の中にはこうした「意味のある偶然の一致」というのが数多くございます。シンクロニシティと申しますけれども。この時もまた、それが起きたのでございます。
その結果、村は未曾有の大群に襲われる事態となりました。
「凄い数の魔物が……!」
と、いち早く気づきましたのが、ご存じ「探知」のスキルを持つイレーネでございました。
すぐさまヘルマンが自慢の足でもって街道を駆け抜け、冒険者ギルドに報告をいたします。冒険者ギルドから領主へ報告が行きますと、領主から依頼が出されまして、冒険者がこれを請け負い、兵士の代わりに駆けつけるという手順になるわけでございますが。
この報告を受ける領主といいますのが、先頃わけのわからない罪でもって処刑された例の貴族でございました。後任が決まっておりませんでしたので、報告を受けるべき者も、それを受けて依頼を出す者もおりません。
依頼主もおらず、報酬がなければ、ギルドとしましても依頼を出すわけにはまいりません。また仮に出したといたしましても、無報酬で命がけの戦いに応じるような冒険者が居るわけもございませんので、冒険者ギルドをあずかる支部長といたしましても困ってしまいます。
「とりあえず王城に報告するしかないが、すぐ依頼を出してくれたとしても、往復で数日かかる。
そもそも、今まで村の窮状をいくら訴えても無視していた王城が、今度に限って助けに来るとは考えられない。」
この支部長がこんな事を知っておりますのは、処刑された貴族が村の窮状を訴える手紙を、冒険者ギルドに依頼して運んでもらっていたからでございました。本来ですと貴族が自分の兵士を使って手紙を届けさせるのが正規のルートでございますが、それだけでは王族が動いてくれませんでしたので、さらに強く窮状を訴えるべく、冒険者ギルドを使って民間からの訴状に偽装して送っておりました。
この話を聞きましたヘルマンは、これでは自分が伝令をやっても無意味だろうと悟りました。伝令の往復に時間がかかることが問題なのではなく、王族に動く気がないのが問題なのでございますから、ヘルマンにはどうしようもありません。
ヘルマンが、自分たちだけでやるしかないか、と覚悟を決めておりますと、そこへ神妙な顔をした冒険者が1人、近づいてまいりました。ひげ面の、精悍な顔立ちをした戦士でした。
「ヘルマン第3王子殿下でいらっしゃいますか。」
「そうですが、今はもう王子ではありませんよ。」
ヘルマンが答えますと、戦士はにわかに跪きまして、
「イレーネ隊長が行動を共にしていると聞きまして、追って参りました。
自分はイレーネ隊長が配下、モーゼスと申します。
イレーネ隊長とともに殿下にお仕えする事をお許し下さい。」
どういうわけかと聞きますと、このモーゼスという男、イレーネが騎士をやめたあと、その父親の近衛部隊を率いておりました。ところが、イレーネの父親が理不尽に処刑されたために、兵士をやめて冒険者になったのでございます。
つまり、このイレーネの父親といいますのが、ヘルマンたちが今いる場所の領主でございました。
かつてイレーネが王族からの扱いに苦しんでいたところ、ヘルマンだけがイレーネとその部下をいたわり、その活躍を認めましたのを、彼らは今でも感謝しておりました。命がけで戦い、死ぬことも覚悟している彼らが求めるものといいますと、後に遺される人たちの安寧と、自分の名誉でございます。
このうち、遺される人たちの安寧は、後の歴史にしか結果が分からない事でございますが、自分たちの名誉がどうなるかは事前に約束されるものでございますから、ほとんど名誉のためだけに命を預ける相手を選ぶといっても過言ではございません。
兵士を辞めたあと、一旦はバラバラに故郷などへ帰りました近衛部隊の面々も、色々な伝手からイレーネ隊長がヘルマン王子と一緒にいるという情報を聞きつけますと、結局全員が再び集結したのでございます。
「分かりました。今は1人でも多くの手が欲しいところです。助けてくれますか。」
「はっ! モーゼス以下、近衛部隊100名、着任いたします!」
かしこまって宣言すると、モーゼスは立ち上がってギルドを出ていきました。
100人……? と首をかしげながら、モーゼスを追って外へ出ますと、10人が10列に整列した兵士がヘルマンの姿を見て、一斉に敬礼いたします。
「許可が下りた!」
モーゼスが声を張り上げますと、100人の兵士はザッと足音までそろえて一斉に跪きました。
ここにヘルマンは、100人の仲間を手に入れる事となりました。
村の防衛戦は、結果から申しますと、半分失敗に終わりました。
村人はボーガンを手に戦い、イレーネ率いる常勝無敗の近衛部隊もまた獅子奮迅の活躍を見せましたが、魔物の一部は空を飛ぶ鳥型。防壁を飛び越え、迎撃をかいくぐった一部が、空腹に任せて畑の作物を食い荒らしてしまいます。
死者は出ず、負傷者も少なくて住みましたが、畑の作物は守り切れませんでした。
「なんという事だ……! 収穫直前だというのに……!」
これでは冬を乗り切れないと嘆きました村人たちは、王城に食糧支援を求める手紙を送ります。
それから数日して、王城から馬車を率いた一団がやってまいりますが、積み荷は空っぽ。食糧支援どころか税を取り立てに来たのでございます。
「守って欲しいというのなら、税を納めよ!
義務を果たさず権利だけ主張するとは何事か!」
徴税官は、すがりつく村人を蹴り飛ばして、わずかに残った作物を根こそぎ奪っていきました。
ここで徴税官を追い払っても、徴税官は兵を率いて再びやってくるだけでございます。状況は解決も好転もいたしませんので、ヘルマンたちは手を出さずにおりました。
その代わりに、
「食糧は僕たちが支援しましょう。」
ヘルマンたちは、燻製肉を作る練習や味の研究として、魔物が逃げ出すほど乱獲しておりましたので、すでに燻製肉はかなりの量が出来上がっておりました。開墾した畑に種をまいた野菜も、順調に育っておりました。この野菜の種は、ある程度は失敗するだろうと考えてかなり多めにまいておりましたのが、予想以上の豊作になりましたので、村人に与えてもある程度の量がまかなえる見込みがございます。
「本当に……いいのですか?」
「構いませんよ。その代わり、近衛部隊の皆さんを村に泊めてあげてください。僕にはそこまで寝床を用意できませんので、空き部屋などがありましたら貸して頂けると助かります。
軍人ですから、たいていの作業は手伝えるでしょうし、また魔物が来ても戦えますので。」
「「ありがとうございます。」」
村人たちは頭を地面にこすりつける勢いで、涙ながらに感謝いたしました。
食糧をくれるばかりか、戦力もくれる。村人たちがほしいものが、ヘルマンから湯水のように与えられます。
これ以降、村から王城へ助けを求める手紙は、二度と送られませんでした。助けるどころか苦しめる王族と、助けるばかりか自立支援までしてくれる冒険者。しかもその冒険者が元王族とくれば、どっちにつくかは、考えるまでもございません。
こうして、秋を迎える村が1つ、ヘルマンの実質的な領地になりました。
さあ、いよいよここからがクライマックスとなりますが、今日はここまで。続きはまた明日のお楽しみ。
==ヘルマンの歩数==
実績:2ヶ月が過ぎた。
合計:150万歩
歩行速度:6万km/h
走行速度:30万km/h




