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追放された第3王子は、新政権を樹立する

 なるべく殺さずに戦闘不能にせよ。ヘルマンの指示は、軍事的に見ても正しい戦術でございます。といいますのは、死んでしまったら死体は放置して戦闘続行となりますが、負傷者ですと救助しなくてはなりませんので、そこへ人手が取られます。特に歩けなくなった兵士などは2人がかりで運んでやらなくてはなりません。そうしますと、負傷兵を1人出せば、その救助要員を含めて3人を戦闘不能にできるわけで、非常に効果的に敵の戦力を削れるわけでございます。

 防衛戦は、事前に設置した罠と障害物、それと防壁の上から放つ弓による攻撃のみでございました。通常ですと、防壁の前へ野戦築城をおこないまして、騎兵や歩兵などを防壁の外へ繰り出し、攻撃側の兵士を罠のほうへおびき出したり、あるいは普通の野戦として戦うことで、少しでも敵戦力を削ろうとするものでございます。


「敵の攻撃があまりに消極的すぎるかと思いますが……。」


 と、王国軍の副官が怪訝そうに司令官へ疑問を呈します。


「うむ……側背へ回り込んで奇襲・挟撃といった事を考えているやもしれん。

 偵察部隊を出せ。」


 と司令官が命じましたので、偵察部隊が周囲へ派遣されました。

 ところが何も発見できずに戻って参ります。


「報告します。側背に敵の姿および罠の設置などは発見できませんでした。」


 敵の考えが読めませんので、王国軍の司令官は考え込みます。


「いったい敵は何を考えているのでしょう?」


 副官も首をかしげますが、なんでわざわざ攻撃の手を緩めて不利になるような事をしているのか、さっぱり分かりません。


「王国を二分するこの戦いで、まさか兵士の数が少ないなんて事はないでしょうし……。」

「それだ。」

「はい?」

「兵士の数が少ない。

 つまり、敵の本隊は別の場所へ移動している。

 ……狙いは王城か! ここの奴らは時間稼ぎをしているだけだ! だから消耗を避ける戦い方を!」


 手薄になった王城へ攻め込まれてはたまらないというので、司令官は部隊を2つに分けまして、一方はこのまま攻撃、もう一方は王城へ救援に向かわせます。






 司令官の予想は、半分当たっておりました。

 ヘルマン率いる別働隊が王城へ侵入して、王国軍の旗頭たる王族3人を倒してしまおうという作戦でございました。外れていたのは兵士の人数だけ。王城を狙う別働隊のほうが少人数で、ほとんどの兵士は副首都の防衛についておりました。

 別働隊が出発して半日ほどたちますと、


「……そろそろいいか。出撃!」


 モーゼスの合図で裏門が開かれ、控えておりました兵士が一斉に防壁の外へ駆け出します。ぐるっと防壁を迂回しまして、正門あたりで防壁や門を相手に四苦八苦しております王国軍へ、側面から襲いかかります。

 半日前に側背は偵察済みだった王国軍、敵はいないものと思っておりましたので、側背の敵に対応できる隊列を組んでおりません。ろくに抵抗できないままバタバタと倒されていきました。






 ヘルマン率いる別働隊は王城へ侵入しまして、ちょうど王族3人との決戦が始まったところでございました。

 近衛部隊と王城の衛兵が戦う中を、ヘルマンが戦線にあわせてじわじわと進んでまいります。


「衛兵ども! 何をしておるか! 押されているではないか!」

「ふっ……敵もなかなかやるようではないか。」

「だがヘルマン自身はやはり戦えぬようだな。」


 戦闘に参加しないで静観しているのは、自分たちも同じだというのに、ヘルマンもそうだとは考えないあたりがこの3人らしいといえばらしいところ。傲慢が過ぎまして油断しております。

 そうこうしております間にも、戦線はじわじわと押し上げられていき、王族3人はとうとう痺れを切らします。


「ええい、もうよい! 余が自ら葬り去ってくれる!」

「ふっふっふっ……少しは粘ってくれるといいが。」

「所詮は逆賊。我々に楯突いたのが間違いよ。」


 国王ジークフリートが弓矢を構え、長兄ライナルトが剣を抜き、次兄エックハルトが槍を振り回して戦闘に加わります。

 そうしますと、スキルの恩恵で異常に強いこの3人、たちまち近衛部隊を蹴散らしてしまいます。イレーネも直接戦闘力になるスキルではございませんので、王族3人には敵いませんでした。


「……なんだ、こんなものか。警戒していたのに、思ったより弱いな。」


 ぼそっとヘルマンがつぶやきます。

 倒れた兵士たちにトドメを刺そうと武器を構えた3人は、この一言に手を止めました。


「なんだと?」

「聞き捨てならんな。」

「どういう意味だ?」


 応えてヘルマンが動きます。

 のんびり2km/hの感覚で歩いて、3人を軽く押してやりますと、実際には73000km/h、マッハ61、秒速20kmにもなりますので、人間の動体視力で見えるような速さではございません。3人ともが反応もできずに吹き飛ばされて、玉座のむこうの壁へ背中をしたたかに打ち付けました。


「こういう意味です。」


 飛んでくる矢を防ぐくらいは造作もないという3人ですが、銃弾をも遙かに超える動きには何もできません。

 歩くだけの役立たずと思っていた相手からの、まさかの反撃。2人の王子はその現実を受け入れられずに、もう1度やれば勝てるはずだと立ち上がりますが。国王ジークフリートだけは、さすがに年季が入っております。即座に頭を切り換えまして、玉座の肘掛けへ手を伸ばしました。


「くそっ……!」


 そこに備えられたスイッチを押しますと、天井から勢いよく鉄格子が落ちてまいりまして、3人を守る壁のようになりました。


「謁見の間にこんな仕掛けが……。」


 こしゃくな真似を、とヘルマンが鉄格子を蹴りつけます。

 ただの鋼鉄製ならヘルマンの蹴りに耐えられずに曲がったりちぎれたりしているところでございますが、この鉄格子、鉄ではない何かもっと頑丈な素材でできているとみえて、びくとも致しません。ただガシャンと金属音だけが響きます。


「無駄だ。これは破壊できん。」


 これで安全地帯を確保した、とジークフリートは弓矢を構えます。

 しかし、いくらジークフリートが弓術のスキルを使っても、ヘルマンに矢は当たりません。弓術のスキルというのは、命中精度や連射速度が向上するスキルであって、攻撃速度や威力が上がるスキルではございません。ご存じの通り、そもそも弓矢といいますのは、弓のバネの力を使って矢を飛ばすものでございますから、使用者の筋力は弓を引き絞るときだけに発揮されるもので、攻撃力や攻撃速度には影響いたしません。

 飛んでいるハエまで仕留める精密射撃ができても、ヘルマンに攻撃を当てるにはまるで速度が足りません。


「さて、どうかな。」


 矢をことごとく掴んで受け止め、それを無造作に捨てますと、ヘルマンは鉄格子を再び蹴りつけます。

 何度も何度も、正確に同じ間隔で蹴りますと、破壊できないと言われた鉄格子が突然ぐにゃりと大きく曲がってしまいました。

 物体には固有振動数というものがございまして、たとえば地震の時には同じような高さのビルだけが崩れ、それより低くても高くても崩れないで済むという事がございます。つまり、ヘルマンは鉄格子の固有振動数に合わせて蹴っておりましたので、ブランコを漕ぐのと同じように鉄格子の揺れがどんどん大きくなります。与えたエネルギーで動いている物体に、さらにエネルギーを与えるわけですから、揺れはどんどん大きくなって、しまいには鉄格子の強度を超えてしまいます。


「バカな……!」


 それが決着の言葉になりました。

 ロープを取り出しましたヘルマン、今度は本気で動きます。放った矢が弓から離れるよりも短い時間で、ヘルマンは3人を縛り上げてしまいました。

 と、そこへ副首都から送られてきました救援部隊が姿を現しました。


「こ、これは……。」


 王族が縛り上げられている光景に驚き、動きが止まります。


「おお、お前たち!」

「この逆賊どもを排除しろ!」

「この縄を解け!」


 と3人それぞれに助けを求めますが、兵士たちはそれに応じることなく、武器を捨ててその場に跪きました。


「何をしておるか!」

「立て!」

「武器を取って戦え!」


 わめく王族3人に、兵士たちは冷たい目を向けます。


「もうあんたらには付き合いきれねえよ。」


 3人はこれを聞きますと、がくっとうなだれて抵抗をやめました。

 この3人は国を潰した愚者として歴史に名を残す事となりました。

 一方、ヘルマンは持ち前の優しさで善政を敷き、王国の歴史の中で最も人が住みやすい時期を作った王として名を残すことになりますが。それはまた、もう少し後のお話。

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