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波紋  作者: 叶 こうえ
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8

 翌日は曇りだった。

 辛うじて泣くのを踏みとどまったような、そんな不安定な鼠色の空を見上げながら、耕太は杉崎村の入り口にある、村唯一の郵便ポスト(丸型)の前で、鎌田が来るのを待っていた。

 三十分ほどphsの小さい画面をじっと見つめ、千夏へのメールを打ち込んでは消し、を繰り返していると、赤い郵便車が村の入り口で一時停止し、耕太の前を通過しようとする。耕太は車に駆け寄り、運転席側の窓に手を振った。車はすぐに停車した。

「なんだい?」

 締め切っていた窓を少しだけ開け、鎌田らしき男が首を傾げた。年は四十ぐらいだろうか。浅黒く大きい顔で、名前通り眉毛が鎌の形に似ている。

「すみません、いきなり。あの、ちょっとお話を伺いたいんです」

 緊張していた。鳴れない敬語を使ったせいで、舌が疲れる。

「あ、もしかして三上耕太くん?」

 思いついたように、車の男が目をくりくりさせた。

「そうです。耕太です」

 耕太はホッとした。先輩が鎌田に話を通しておいてくれたのかもしれない。

「俺は鎌田だ。日野さんのことについて知りたいってことだったよな? 及川から昨日聞いたんだけど」

「あ、そうです」

 やっぱり話をしてくれていた。感謝だ。先輩の苗字を今度こそ忘れないようにしようと思う。及川先輩。

「なんで日野さんたちがここに越してきたのか理由がしりたいんです。航があっちの高校で問題起こしたってことも聞いて、どんな問題だったのかも知りたくて」

 鎌田の顔をしっかりと見て、耕太は話した。ここで疚しい素振りを見せたら、怪しまれると思った。

 鎌田は短髪をガリガリ掻いて、困ったようにうなり声をあげた。話すべきか、話さないべきか悩んでいるように見える。だがすぐに助手席のドアを開けた。顎をくいっと上げ、耕太を見る。乗れ、の合図だ。

 耕太は急いで車に乗った。こういうこともあるかと思って、今日はここまで徒歩でやって来ていた。

「個人的な情報は職業柄、教えちゃダメなんだよ。それはお前もわかってるだろ?」

「はい。――でも、航が薄幸町でやらかしたことを知っておけば、彼を警戒することができるじゃないですか。たとえば、性犯罪とか。もしそうだったら、再犯の可能性も高いですよね」

 耕太は昨日からずっと考えていた。一昨日の夜、千夏と航の間に何があったのか。どうして航が手に火傷をしたのか。もし千夏が航に火傷を負わせたのだとしたら、それはどういう理由からか。

 黙って聞いていた鎌田は、ため息を一つ吐いてから、車を発進させた。

「悪いな。時間がないから運転しながら話す」

「はい」

「お前の言う通りだな。性犯罪は再犯の可能性が高い」

 一呼吸おいてから、熊田は話し出した。

「薄幸町では、航の強姦未遂はかなり知れ渡ってるんだ。同じ高校の女の子を、放課後、二人きりになったタイミングで襲った。未遂で終わったけど、襲われた女の子が大声を出して助けを求めたから、学校にいた先生や部活で残っていた生徒に聞かれたんだ。それで噂が広まった。被害者とは示談が成立したけど、航は退学になって、街にもいられなくなった」

 ――やっぱり、そうだったんだ。

 予想は的中したが、全然うれしくない。未遂でも、そんな性犯罪者が同じ村に住んでいるのだ。もっと警戒すればよかったと、後悔が渦を巻いた。

「その事件があったのはいつですか?」

 一応聞いてみる。すると「七月のはじめぐらい」と返ってきたので、耕太の頭には疑問が浮かんだ。

 航たちが杉崎村に越してきたのは、たしか夏休み前だった。つまり七月二十日ぐらいだ。その数か月前から、住む家のリフォームを行っていた――ということは、日野の爺さんは、最初は一人で引っ越そうとしていたことになる。航が事件を起こして、急遽ふたりで越してきたのだ。日野の爺さんには、一人ででも、杉崎村に住むという、強い意志があったのだ。

「なんでそんなに、ここに住みたかったんだろう」

 疑問が口を突いて出た。

「日野の爺さんのことか?」

「はい。こんな、何もないところ」

「爺さんも逃げてきたんだろうさ。ここなら目立たないし、追求もされづらい」

「え?」

 予想外の言葉に、耕太は目を瞬かせた。

「あの爺さんも、相当な悪なんだよ。証拠がないから捕まらなかったけどな」

「どんなことをしたんですか、日野さんは」

 好好爺そのものの爺さんの顔が浮かぶ。でも、目は笑っていないのだ。だから自分は、引っ掛かりを覚えていたのかもしれない。金のばら撒きも嫌なイメージしかなかった。気前が良いだけだと、両親のように好意的に取れなかった。

「詐欺、だな。リフォーム詐欺」

 鎌田の言葉に、耕太の心臓は早鐘を打った。手に汗が浮く。

「ターゲットにリフォームを勧めるんだよ。時には持ち上げ、時には貶してさ。で、その気にさせたら、良い工務店があるよって教えて、その会社と契約させる」

「――その工務店は、工事を途中でやめてトンズラ?」

 自分の声が震えているのが分かった。

「そうだよ。よく知ってるな。同時期にたくさん騙して、頃合いを見て工務店は計画倒産だ。客に貰った前金が工務店から爺さんにキックバックされる。何割かは知らないけどな」

「なんでそれで捕まらないんですか。立派な詐欺だ」

 腹のあたりが熱くなってくる。なんでこんな悪質な詐欺が見過ごされているのか。

「言い訳ができちゃうんだよ、爺さんの役割は。善意でリフォームを勧めただけです。工務店がそんな悪徳業者だとは知らなかった、ごめんなさい、で終わりだ。工務店は工務店で、倒産しないようにたくさん受注して頑張ったんだけど不渡りでちゃいましたーってな」

 鎌田の説明を聞いて、耕太は呆然となった。

 我が家は、薄幸町の詐欺被害パターンにしっかり嵌っている。

「なんで鎌田さんはそんなに詳しいんですか、その件について」

「薄幸町の局にいたとき、日野さんと工務店に配達してたんだよ。どっちの家にも被害者が連日集まってて「金返せ」って怒鳴ってた。俺が郵便受けに郵便物を入れに行くと、被害者が寄ってきて、ここの住人はこれこれこういう手口で詐欺をしてるんですよって訴えてきた。こっちは聞いてないのにな」

 鎌田はそこで話すのをやめた。車を止め、ヘッドボードにあったフリスクを数粒取り出してかみ砕く。車内にポリポリと音が響いた。

 窓の外を見ると、目の間には家があった。月舘家だ。

「俺の知っていることはこれぐらいだ。役に立てたか?」

 耕太は頷いた。大収穫と言えるほどだ。

「でもなんで、俺に話してくれたんですか。詐欺の話は仕事中に得た情報ですよね」

 すんなり話してくれすぎて、ちょっと不思議だ。

「詐欺も再犯率が高いからな。お前の家も気をつけろ」

 もうすでに詐欺の被害者になっている、とは言えなかった。

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