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雨に濡れて帰った耕太を、玄関前で母が待っていた。
「どこ行ってたのよ」
母が腕組みをしながら聞いてくる。
耕太は自転車を止めながら、「千夏んち」と答えた。
「会えたの?」
母の問いかけに、耕太は首を横に振った。
「そう」
母はどこかホッとしたように、息を吐き、視線を泳がせた。
「母さん、千夏に何があったのか知ってるの?」
事情を知っていないと、こんな反応はしない。さっきもそうだ。耕太は千夏の家に行こうとしていたのに母が無理やり留守番させたのだ。
「――具合が悪いだけでしょ。それしか知らないわよ」
母が白を切った。
「ほら、さっさと家に入りなさい。風邪ひくわよ」
先に母が家の中に入った。耕太も素直に玄関に足を踏み入れる。
耕太は上がり框に座って、スニーカーに着いた土を払い落とした。つま先部分が冷たくなっている。晴れた日に洗って干さなければ。
「耕太、タオル」
洗面所に入った母が、タオルを持って玄関に戻ってくる。
「ありがと。母さん、松田クリーンの人が嫌いなんだろ」
耕太は話題を変えることにした。千夏のことをしつこく聞いても教えてくれそうにない。
「え、なんで」
母が虚を突かれたような顔をして、「え」とまたつぶやいた。
「今日立ち会ったとき、作業員がすげえ態度悪かったから」
温和な母も、あんな態度を取られたら立ち合いから逃げたくなるかもしれない。
「あーあんたにも態度悪かった?」
母の顔がパッと明るくなる。仲間が見つかった、という風に。彼女の口調が流暢になった。
「接客業としてあり得ない態度よね。前はもうちょっと愛想がよかったんだけど、夏ぐらいから急に態度が悪くなったのよ。作業中にも『くせえ』とか『変なもん食ってんじゃねえのか』とか。ホースの扱いもずさんで、そこらじゅうに糞尿こぼして」
「え、そこまで酷かったの?」
「そうよ。一度ね、松田クリーンに苦情の電話したことあるわよ。『作業員代えてください』ってね。そしたら後から態度の悪い作業員が直接電話かけてきたのよ。なんて言ったと思う? 謝るどころか、『そんなに俺と会いたくないなら浄化槽つければいいだろ』って。『そんな金もない貧乏なのか』って。もう頭来ちゃってね、『じゃあ水洗にしますから』って啖呵切ったことがあるのよ」
「母さんが?」
意外過ぎる。この、いつも温厚な母がそこまでキレるとは。
「もう本当にあいつとは会いたくないわ。いい歳して礼儀も知らない。めちゃくちゃよ」
怒りがぶり返してきたのか、プリプリしながら母は台所に向かった。
耕太は母の科白を反芻し、違和感を覚えた。
――いい歳って……あいつ二十代ぐらいだと思ったけど。
「母さん、そいつ何歳ぐらいの人?」
尋ねると、台所の方から「五十歳前後ってところかしらねえ」と返ってくる。
耕太は台所に入って、さらに母に問いかけた。
「若い奴じゃなくて? 二十代くらいの」
「若い人? ああ、その人も態度悪いけど。あいつよりはマシだわよ」
忌々しそうに顔を歪めたあと、母は気分を変えるように、窓際にあるラジオをつけた。