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村長の家を辞したあと、耕太は村の入り口方面に、山を下った。すぐに千夏の家が見えてくる。
玄関先に自転車を止め、コートのポケットからphsを取り出す。かじかむ指で、千夏にメッセージを打った。
『いま起きてたら、玄関まで来て。待ってる。千夏が覚醒したこともわかってる』
ガラス戸をじっと見つめ、足元の砂利を踏みしめて耕太は待った。千夏の両親が帰宅するまでは待とうと思った。
だが思ったよりも早く、ガラス戸に人影が映った。
「千夏」
「私が覚醒したこと分かってるなら、放っておいて。耕太まで傷つけたくないんだよ」
途中から声が崩れた。泣きそうな声だと思った。
「俺、千夏にありがとうって言いに来た。千夏はもうずっと前から、自分の力のこと分かってたんだろ? 覚醒しないように必死だったんだ」
小学校高学年あたりから、千夏は徐々に物分かりの良い、優等生的な子供になっていった。クラスメイトの悪口を言わないし、意地悪な態度も取らない。いわゆる博愛主義者のようにも見えた。
今ならわかる。そうやって自分が丸くなることで、周りの人からの悪意や怒気を回避していたのだ。穏便に過ごすために。そして、波風を立てる存在には、自ら立ち向かった。はっきりと物を言って。
「でも自分のことだけじゃなくて、俺のことも気遣ってくれてた」
だっていつも、千夏は耕太のそばにいてくれた。クラスメイトと喧嘩になりそうな局面でフォローをしてくれたこともあった。
「だから俺、覚醒しないで済んでるんだ」
両親や村のひとたちに見守ってもらえていたから――そして、千夏が、大好きな千夏がそばにいてくれたから覚醒を避けることができたのだ。
「ずっとそばにいてくれて、ありがとう」
何も知らなかったのは自分だけだった。千夏は耕太より一足も二足も早く、物分かりの良い大人になっていた。千夏に自分の分まで重荷を背負わせていた。
耕太は、ごめん、と小さくつぶやいた。
「謝ることないよ」
細い声が聞こえてくる。そして引き戸がゆっくりと開いた。
目を充血させた千夏が、目の前に立った。息が降れそうなほど近くに。
「私は自分のために耕太の近くにいたんだよ。それでずっと考えてた。絶対、覚醒するもんかって。十八になったら耕太と村を出るんだって」
耕太は思わず、千夏を抱きしめた。彼女の手が、自分の背中に回ってきたとたん、足の裏がふわっとなった。体が温かくなる。安堵と多幸感が波のように押し寄せてきた。
「でも私は、覚醒しちゃった」
「大丈夫だ。今度は俺が千夏を守るよ」
やっと終盤入ってきました。




