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ちょっとここで待ってて、と言いおいて、千夏は一度家の中に入った。二三分してから耕太の元に戻ってきた。
パジャマの上に赤と白のチェックの半纏を羽織ってきた。右手には水の入ったバケツ。
「なにこれ?」
「もしものためにね。私が火を出しちゃったら、これですぐ消して」
なるほど。まだまだ力のコントロールに不安があるのだろう。
ふたりは、玄関そばの砂利の上に尻をつけて座った。
「ごめんね、こんな寒いところで。でも家の中でもし火が出たら困るから」
「いいよ別に。用心に越したことはないじゃん」
耕太を警戒しているとかそういうことじゃないだろう。千夏が慎重な性格をしているのだ。
千夏は一つ呼吸をしてから、一昨日あったことを話し始めた。
「夕方にいきなり日野が来たんだ。トイレを貸してほしいって。水洗だから水が漏れちゃってーとか言ってた。私信じちゃって、家の中に入れちゃったんだ」
そのときたまたま、母親は日野の爺さんのところへ夕食の総菜を渡しに行っていたらしい。父親は仕事でまだ街から帰ってきていなかった。
「今思うと、私が家に一人だって知ってて来たんだよね」
バカだったなあ、と千夏は自虐的に笑った。耕太は彼女の手を取ってぎゅっと握った。
「それで、トイレに連れて行こうと思ったら、後ろから抱き着いてきて、床に押し倒された」
千夏は足元の砂利をじっと見ながら続ける。
「もちろん抵抗したけど、やっぱりあっちの方が力が強くて。もうパニックになった。気持ち悪いし怖かった。仰向けにされて――あいつが太ももを撫でてきたときに、嫌だって叫んだ。そしたら、あいつの手が燃えてた」
一気に話したあと、千夏は空いた手で、米粒大の白い石をつまみ握りしめた。
「またもやパニック、だったよ。あいつの火傷とかより、家が火事になる! って慌てた。洗面所が一番近いからそこで洗面器に水を入れて、火を消した。あいつ『うわーうわー熱い―』って足踏みしてて、滑稽だった」
「能力のことはバレなかった?」
「うん、私がライター忍ばせてて、それで火を点けたって思いこんでるみたい。お父さんが日野のお爺さんとその件で話したみたいなんだけど、そのときに『千夏ちゃんは殺意があったみたいだねえ、ライターを持ってたんでしょ』って言ってたんだって」
能力がバレていないのは良かったが、殺意があったと決めつけられるのは理不尽だ。逆ギレというか。
「でも千夏が無事でよかった」
もし未遂でなかったら、自分は怒り狂っていた。航を殺したいと思っただろうし、覚醒してもおかしくなかった。
千夏の指が、耕太のそれを強く握ってきた。
「千夏はいつ、自分の能力のこと知ったんだ?」
「小学校三年のときだよ。お母さんと喧嘩して私の髪の毛が焼けたの、耕太覚えてる?」
「覚えてる。千夏がうちに泊まりに来るきっかけになったから」
「うん。そうだったよね。一週間ぐらい耕太の家に泊まってたら、お母さんが迎えに来て帰って。家に入ったとたんお母さんが泣き出したんだ。ごめんって謝ってくれた。そのあと、言ったんだ。『お願いだから怒らせないで』って」
「千夏のお母さんって、ちょっと感情的になりやすいよな」
「ハッキリ言っていいよ。ヒス持ちだよね」
千夏は目を伏せて笑った。
「それがあってから、お母さんが少しずつ話してくれた。お母さんがパイロキネシスっていう火を発生させる能力を持っていることとか、村の他の人も能力者だってこと、それに、私もお母さんみたいになる可能性があるってこと」
「能力が遺伝するってことだよな」
「うん。覚醒しない子供はそもそも遺伝してないんじゃないのって思うんだけど。どう思う?」
意見を聞かれ、耕太は考え込んだ。その可能性も否定できない。だったら、俺は遺伝してなきゃいいなあと思う。
「そういえばさ、村の誰かが言ってたんだ。血を薄めたのに、とか」
「うん……」
千夏は急に沈黙した。耕太の手から千夏のそれが離れていく。
「杉崎村って、能力者を隔離するためにできた村なんだって。大正時代って言ってたかな? この地域で不審な火事とか事故が頻発して、能力者の犯罪グループが明るみにでたみたい。その人たちは証拠がなくて警察には捕まらなかったんだけど、普通の人たちが能力者を怖がって、当時廃村になっていた村に閉じ込めたとか」
「へえ……じゃあその能力者の集団て、親戚関係だったのかな」
「そうらしいよ。だから村の人同士で結婚はしなかったみたい。外で相手を見つけて村に連れて帰ってくる」
――そういうことか。
耕太は、母の言葉を思い出した。
――できれば外の人と結婚してほしくてね。
千夏との結婚を反対する理由がこれで分かった。
「でも俺、千夏のこと諦めないよ」
「ありがとう。私も諦めたくない」
千夏が力強く頷いた。彼女のその強い目に、耕太はホッとする。
耕太は千夏に、日野が行った詐欺のことや、昔この村に住んでいたらしい、ということも話して聞かせた。
「あーうちの親もまんまと騙されたクチだ。リフォームのお金、全額払えないから、日野のお爺さんに借りたんだよ。最悪だよね」
「俺んちも最悪だよ。年が明けたら弁護士を頼むみたいだけどさ」
薄幸町から逃げたように、杉崎村からも逃げてうやむやになりそうだ。
――でも、仮の住処って感じじゃないよな。あのリフォームした家。
「日野の爺さんって、この村に恨みでもあるのかな」
愛着のある村なら、その住民を騙してお金を巻き上げたりしないと思うのだ。
「あるのかもね。この村ってさ、能力者じゃない家族には冷たかったっていうか――村八分とかあったよね」
「え? そうだっけ?」
「そうだよ。私たちが小学生のとき、ふつうの家族が越してきたことがあったよ。でも村民全員で、その人たちのこと無視してさ。農業で暮らそうとしてたけど、けっきょく野菜が育たなくて諦めて、一年経たずに出て行っちゃったよ」
「そういえばあったかも」
あとから住み始めたふつうの人たちに、自分たちの能力がバレたら困るからだろう。
よそ者が村に越してくることは阻止できない。だから必死になって追い出そうとする。
――日野の爺さんは、杉崎村で村八分にされた人なのかもしれない。
そんな予感がした。
「うー寒いね。あ、あっちの空明るくなってきたよ」
千夏が立ち上がって空を仰いだ。
「ほんとだ。そろそろ帰らないと」
東の空が白み始めている。千夏の両親も帰ってきてしまう。
耕太も立ち上がり、冷えすぎてヒリヒリする耳たぶを手で擦った。
「耕太、私たち、当分会わないようにしよう」
とつぜん千夏が、真剣な顔で告げてくる。
「――なんで?」
「まだ私、力のコントロールを身に着けてないんだよ。耕太に悪い影響を与えるから」
「なんだよそれ」
今こうやって、冷静に話ができているのに。
「耕太、見て」
そういって、千夏は耕太の手を引っ張り、バケツの前に立った。ずっと握っていた白い小石を、水を張ったバケツの中に投げ入れる。ポツンと石が落ちる音がする。そして水面に、何重もの輪ができた。
「こうやって波紋ができちゃうんだよ。小さい石が落ちるだけで。私の存在もそう」
千夏はバケツの中の石を凝視しているようだった。
「うちのお母さんと耕太のお父さん、付き合ってたことがあるんだって。でも、うちのお母さんが先に覚醒して、連鎖するみたいに、耕太のお父さんも覚醒したんだ。それが原因で別れたって」
そんな話は初耳だった。耕太は口を開けたまま数秒固まった。
「だから怖いんだ。耕太が私の影響で覚醒したらって」
「そんなこと言ってたら、ずっと離れてなきゃならない。怖がってても仕方ないだろ」
耕太が異論を唱えると、千夏は力なく笑った。
「とりあえず冬休みは一人でいたいんだ」
「千夏と会えないと、俺がストレス溜まる」
「もう――しょうがないな。じゃあキスしよ」
「――はっ?」
顔が一気に熱くなった。キスなんて誰ともしたことがなかった。
耕太がアワアワしていると、千夏が背伸びをして顔を近づけてきた




