92.掛け損じたボタンの行方
遥か昔、魔王という邪悪なる者の復活を阻止すべく供物として選ばれた彼女は、その世界の裏の真実を知らずその命を世界へと賭し死んでいった。その後世界は彼女を糧として無事に平穏を取り戻す。
遥か昔、魔王として監視役に選ばれた私はその彼女と共にこの世界で長くて短い旅をし、彼女亡き後破壊を納める王となり世界を滅亡と破滅へと導いた。
それは遠い遠い日の出来事。
過ちでしか生きられない世界なら、いっそ消えて無くなれば良い。歪な生き方しか出来ない世界なら、いっそ死んでしまえばいい。
彼女が命を賭して繋げた世界の命は、彼女の命より価値あるものか。私は違うとそう思う。
何が正義で。何が悪か。
何が良くて何が悪いのか。
分からないなら自分の思う通りに動こうか。
たとえそれが間違いだったのだとしても、私は後悔しないだろう。
「積みだ」
そんな何処からか聞こえた声に私達は振り返る。そこにいたのは腕を組みにやりと笑う小さな愛らしい少女、前魔王様だった。
「私の勝ちだな、国王」
「…………」
国王は前魔王様をちらと一瞥した後、手にした剣を再び私達に振り下ろした。だがその刃が私達に牙を向く前に、それを受け止める一つの刃。
「……っ、ブカっ!」
ブカが手にした剣が国王の剣先を受け止め、そして跳ね返したのだ。
「ご無事ですか、結乃さ」
「ブカ!!」
私はブカの言葉を遮り叫ぶ。あらん限り叫ぶ。
「ブカっ、ブカっ、ブカ!!」
「結乃様……」
ちょっと落ち着いた方が、とブカの視線が語っていたが私は止まらなかった。感極まっていたから。
「ぶかぁぁぁぁ」
「結乃様……」
血味泥だったブカ。
ピクリとも動かなかったブカ。
それが今、またいつもの様にそこに自然と立っていて、そのいつもの無感情な瞳で私を見ているのだ。感極まらないはずがない。
「ブカ、もう大丈夫なの?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
ネイルに治して貰ったのだろう傷は綺麗さっぱりその身体には無く、そこにいたのはいつも通りの執事紳士無表情ブカそのもの。
やはり魔法は凄いと思う。
その分恐ろしくもあるけれど。
「はははっ!諦めろ。お前の負けだよ、国王」
前魔王様が高らかに笑う。そうしてにやりと悪そのものの顔をした後「私の勝ちだ」と呟いた。
国王は息を少しだけ吐き、剣をゆっくりと鞘へと収め前魔王様を仰ぎ見る。
「そんなにまで世界を壊したいのか」
「私は世界を壊したいわけじゃないさ」
前魔王様は笑みを崩さない。
「なら人間を殺したい、か?」
「殺したかったらこの手で既に殺しているよ。私は人を殺したい訳じゃない。決してな」
「だが結果的にはそうなるだろう。お前は『ディダ』の行いを無駄にするつもりか」
「ふんっ、笑わせる」
いまいち話の内容は掴めないが、どうやら私達は二人の会話内容から置き去りにされてしまっているらしい。とりあえず国王から少しだけ離れ事のなり行きを見守っていると、ふと後ろに気配を感じ、振り返るとサナとネイルの姿がそこにはあった。
「サナ!ネイル!」
「……ディダって誰よ」
視線は前魔王様と国王、その二人に向けられているがこちらはブカとは違い依然として二人共に身体には傷痕が残されていて痛々しい。けれどそんな二人の姿でもそこに傍にいるだけでとても安心する。
「ディダって誰の事よ?」
「いや私に聞かれても……ブカは知ってる?」
私の問いにいつものごとく「知りません」と答えるブカ。だけどそんなブカの態度が久し振りでとても懐かしく感じる。
微笑ましくほよほよとブカを見る私にため息一つ、サナが「使えない男ね」と言葉を溢す。そんなサナに鋭い視線を向けるブカだったのだが、それを嘲笑うかの様にふわりと優雅にサナが笑うものだからブカの苛立ちが増し、表情はどんどんと歪んで行く。
……あれ、この空気感ヤバくないですか。
「……今、何つった」
「つ・か・え・な・い男ね、と言ったのよ。耳が悪いところも含めて本当使えないわね。驚き」
「てめぇ……」
「ちょ、ちょっと二人ともっ」
このタイミングで喧嘩は正直止めて欲しい。というか、よくこのタイミングで喧嘩が出来るな。今割りとそれ所じゃないでしょ。
私は慌てるも、ふと見るとそんな二人の傍でネイルが何も言わずに目を細めて二人をぼんやりと眺めていた。何処か遠いところを見るような、そして二人を通して何か違うものを見ている様な、そんな表情がいつものネイルらしくなくて私はネイルに自然声をかける。
「ネイル?」
「私、お前たちに会って良かったな」
「…………?」
会ってというそのネイルの言葉に少し引っ掛かりを覚え、私は首を傾げる。それを言うなら会えて、なのではないのだろうか。
不思議そうな顔でネイルを見る私にネイルはいつもの無邪気な顔で笑い、そしてどかーんっ!と抱きついて来た。
「良かったなっレイト!!」
「え?う、うん」
何の良かったなのだろうか。
首を傾げるも、ネイルが嬉しそうなのでまぁいいかと私もネイルを抱き締め返した。
『ディダと言うのはな』
「うわぁっ!?」
そんな折り、唐突に頭の中で響いた声に私は驚き声を上げてしまう。そんな私を不審げに皆が見る。
「何よ、結乃」
「あ、えと、声が……」
私の中の『奴』の声がディダが誰かを知っているらしい。
「ディダが誰か知ってるの?」と声に出さずに問いかければ「知っている」との返事。
というか、途中から黙りだったくせにここに来てまた話し出すのかよと思いつつ私はディダが誰なのかを聞く態勢に入る。
のだが、私のすぐ横にいたアルファルド君の視線を感じ、見れば彼は私を睨み付けている様で。
「な、何……?アルファルド君」
「レイト、そいつに話がある。代われ」
そいつとは多分私の中のこいつの事。
なんか怖いよ、アルファルド君。
「えーと……、ちなみに何の話?」
「直接そいつに話す。代われ」
「……あー……だ、断固拒否で」
アルファルド君の話が何の話かはおおよその検討がつく。だから私は嫌だと断った。
だがアルファルド君がそれで納得するはずもなく。
「何でだよっ!!さっさと代われ!!」
「あの、アルファルド君。さっきも話したかったんだけど、アルファルド君はちょっと勘違いしてるの。ちょっと落ち着いて話を聞いて欲しいんだけど」
「落ち付ける訳ないだろっ!!お前分かってるのかっ!俺みたいに片腕無くすだけじゃすまないんだぞ!」
「だっ、からっ……アルファルド君はそもそも根本から分かってないんだってば!!」
頑固すぎるアルファルド君に事の説明をするのはとても難儀な事だった。




