88.神が造りし二つの波紋
「ブカぁっ!!」
景色が変わり一番最初に目に入ったのは『鮮血』。倒れているブカを中心に広がる赤い血に私は青ざめながらもその血だまりの中、転がるブカに走り寄りブカの体を揺さぶる。私の服や手にブカの血の赤が滲んで行く。
「ブカっ、ブカっ!」
いくら呼んでもいくら揺さぶってもブカからの返事はない。その事に体の血の気が引いていくが、触れる手からブカの微かな鼓動が伝わって来てほっと胸を撫で下ろす。死んではいない。最早虫の息だけれど。
「結乃」
誰かの声に名前を呼ばれ振り向くと、そこには満身創痍なサナの姿。片膝をつき、血が流れて落ちる左腕を押さえるサナの顔は、瞼の上から流れ落ちるだくだくとした赤い血で汚れている。
「さ、サナ……っ、目が……!」
「平気よ」
薄く笑うサナ。平気な訳がない。
血で汚れたサナの顔からその是非は判断出来なかったが、もしかしたらサナは眼球を傷付けてしまっているかもしれない。
「ようやく役者が揃ったな」
くくっ、と笑うその声の主に私は視線を移す。楽しそうに口角を上げて笑うその主が誰かなんて聞かなくても分かってはいたけれど、怒りを込めて睨み付け私は口を開いて確かめる。
「貴方が、国王様?」
「はじめまして。『ゆの』?」
そうやって冷たい瞳で私を見る国王に怖気が走った。結乃、と自分の名前を呼ばれる事、それ自体が既に気持ち悪い。全身に走る悪寒と不快感さに私は国王から視線を外す。外した先、国王の隣に立つアルファルド君が目に入った。
「アルファルド君……」
「…………」
私はネイルにブカとサナの事を頼み、一人国王とその隣にいるアルファルド君に対峙する。
「随分と遅い到着だったな。待ちわびたぞ」
「ブカもサナも……、貴方がやったの?」
「……暇潰しにな。駒のくせに生意気にもちょろちょろと目ざわりだったからな。まぁ、暇潰し程度にはなって良かったよ」
「なぁ、ユノ?」と国王はアルファルド君に同意を求めたがアルファルド君は何も答えなかった。ただ静かに目を伏せる。
「役者は揃った。さぁ、儀式を始めようか」
儀式。
その言葉には虫唾が走る。
「そんなに……アルファルド君を殺したいわけ?」
握った拳が小刻みに震える。小さなその呟きにも似たそれを国王はしっかりと受け取める。
「殺したい、とは言葉が過ぎるな。ユノはただ世界のために『贄』となるだけだからな」
贄。
そんな言葉にも虫唾が走る。
「そうやって良い風に言葉を口にすれば……、許されるとでも思ってんの?」
「お前の許しなど欲している訳でもないよ」
「アルファルド君っ!!」
私は叫ぶ。そしてアルファルド君に向けて手を伸ばし彼を見る。そうした私の行動の意味も意図も、アルファルド君は分かっていて気付いているはずなのに、それでもやっぱり彼はそんな私の手を取ってはくれなかった。
「まだ、理解していないのか?」
そんな私とアルファルド君の様子を見て、国王はバカにしたように鼻で笑う。
「『アルファルド』は理解したと言うのに、お前はまだ理解出来ていないのか。それとも、聞いていないだけか?」
「この世界のばかばかしい仕組みの事なら聞いた。そうして私が出した結論がコレだよ」
私はアルファルド君に差し出した手を引っ込めることなくアルファルド君を真っ直ぐに見る。誰でもない。アルファルド君に伝えるために。
「私は、アルファルド君を助ける」
「愚かだな」
「愚かなのはどっち?」
国王の眉がピクリと上がる。すう、と息を吸い込み、私は挑むように国王に視線を向け言葉をぶつける。
「愚かなのは私じゃない。そして……この『世界』でもない。愚かなのは、あんた達の考え方だよ」
とても愚かで。
そして、それはとても寂しい考え方だ。
だけどそれはきっと誰しもが一度は心の中に思ってしまうのだろう考え方で。きっと皆がするだろう考え方で。
だけどだからこそ私は、この世界の住人じゃない異世界から来た『赤の他人』である私だけは言うべきなのだ。進言するべきなのだ。
「魔法なんてもの、この世界から無くせばいい。ただそれだけの話じゃない」
誰か一人が犠牲にならなきゃいけない、そんな世界の『仕組み』なんて、無くせばいいんだ、と。
――――――――――――――――
「本格的にこの世界が狂いだしたのは、無を有へと組み変える『魔法』という未知なる力が産み出されてからだ」
黒い本はそうやって静かに語りだす。
私とネイルがこうやってあの図書館のある街で黒い本に無事に出会うまでの課程、それは今それほど重要ではないのでここでは割愛しておこうと思う。私達は見付けた黒い本をそのまま無断で図書館から街の外へと持ち出し、そして黒い本を開けた。
無断で持ち出すのはまずいんじゃないだろうかと私はネイルに言ったのだが 「大丈夫だって!誰にも気付かれてないだろ?」と得意げに言うネイルに続く言葉が出ず。そのままどろぼ……、にゃんにゃんしてきたのだ。
黒い本はやはりというか何と言うか魔王の力で開ける事が出来、そこにいた、というより黒い本自身と言った方が正解なのだろう自身を『創師』と名乗る者から私達は話を聞いたのだ。
この世界の真実の事を。
「魔法が産み出される前、それまでは多分、この世界も他の世界と同等、あるいはそれ以上やそれ以下の成長の仕方をし様々な進化を遂げて行っていた」
神様が幾つも創造し形作った『世界』というもの。それはある期間までは同じ様な発達と衰退を繰り返しながら成長していた。
水、風、火、土。それら四大元素と呼ばれるもの。それらが種となり、この世に大地が生まれ植物が生まれ動物が生まれ、命が産まれた。
人は争い合い憎み合い、手を差しのべて助け合い、協力してはいがみ合う。
発達と衰退。進化と退化。発展と滅亡。
その繰返しの中を数百年数千年と大きな基盤として生きてきた『世界』。だが世界と、そしてその世界に住む『人間』にほんの僅かの違いでもあれば、自ずとその『世界』は独自の進化を遂げていくようになる。
「人間……」
「神が造ったものは世界だけじゃない。人間もまた、神が造ったものなのだ」
神が造ったものは『世界』と『人間』。
その他のものは、世界自身が世界のために、自分自身のために造ったものだ。
動物も、植物も。水や風や大地やそして火も、世界が世界のために産み出したもの。
「そうしてそれらを人間という種は喰い潰して行った」
神が造った『人間』もまた新しいものを造っていった。だが、人間が造ったものは世界が造ったものと相反するものが多くあった。
「この世界に雨は降らない」
そうして最初に消滅したもの。それが世界が造った『水』という種だった。
世界が造った『水』というものが、人間が造ったもの達との生存競争に負け、押し潰されて消え去った。
「雨が降らなければ『水』が枯渇する。『水』が枯渇すればどうなる?」
水を得ようと人間はまた争い合う。少量の水を多量の人間が奪い合い求め合う。その争いは今までの争いとは比較にならないほどの酷さでもって拡大していった。
「このままでは、と焦り始めた国の統治者達はそれぞれの国でそれぞれのやり方で色んな策を高じた。そうした結果、この国が行き着いたのが『魔法』だった」
『無』から『有』。無いものから有るものへ。そんな『魔法』という力をこの国は新しく産み出した。
「ただ、『無』とは言ってもそれは人間にとっての『無』であり、世界にとっては『有』だった」
「……つまり?」
「つまり、世界が造り出した『有』を、人間が造り出した『有』、つまり『魔法』へと人間は変換させたのだ。……世界が造り出した『有』は、人間にとっては『無』でしかなかった、という事だ」
『無』から『有』を産み出す技術。実に画期的だ。そうして人間は魔法を行使し、必要だった『水』を補った。世界は何も言わなかった。
「こうして雨が降らなくなっても、『魔法』さえあれば何事も問題なく全て解決、となったわけだ。だが、結局はそれも一時しのぎにしかならなかったけどな」
人間は貪欲な生き物だ。
「水が出来るなら他のものは?そうなるのは当たり前だった。世界と違い、人間は知ることにも産み出す事にも貪欲だった。……神はきっと世界と人間を対極に造ったのだろうな。同じ神から産まれたのにこれほどまでに世界と人間は違う。そうわざと造ったのかもしれないが」
神様はどうして『人間』を造ったのだろう。
神様はどうして『世界』と『人間』を造ったのだろうか。
「そうして人間は水だけではなく、火、風、土、光、闇。それら『元』となる種だけでなく、力や癒し。重力にだって逆らえる浮遊に、空間さえもねじ曲げる移動術。そんな様々な『魔法』を産み出していった。そうするとどうなるか分かるか?お嬢さん」
「……枯渇する」
「正解だ」
魔法は『無』から『有』を産み出してくれる万能なものでは決してない。『有』から『有』。世界が産み出したものを人間が産み出したものへと変換している、ただそれだけのものなのだ。
「無くなったものは戻らない。世界が産み出すものはどんどんと枯渇していき、人間が産み出す『魔法』だけが膨れ上がっていく。世界が産み出すものが追い付かなくなって来るぐらいに」
「…………」
「だが、その事に気付いた時にはもう手遅れだった。魔法は既に人間にとっては『万能』と呼ばれるものとなっていたからだ。何の労苦もしないで手にする事の出来る万能物。全能な力。それを手放す事は貪欲な人間には不可能。ならどうする?」
どうすればいい?
「保有し続けるしかない」
保たなければならない。このままずっと。何としてでも。
だが、どうする。魔法に必要なもの。それは『世界』が産み出す『有』。だが、世界が産み出す『有』はどうやったって人間に産み出す事は不可能だった。それはきっと、それが神の意志であるかの様に。
「そうして考えた末、人間達がとった手段が『還元』だった。……いや、還元と言うよりは『供物』か。まぁ、これはその当時の王族達が考えた結果、そうなったに過ぎないのだがな」
世界への供物。世界への還元。
世界も人間も神が造りしもの。なら、世界が弱まり生み出す力の無い今世界に対してその力を補填出来るものは同じ神から造り出された『人間』でしかない。
「人は人を世界に差し出す事にした」
そうして生み出されたのが『魔王復活』というシステムだった。




