82.信ずれば疑
「でもサナ」
軽めの朝食を食堂でとる事にした私達は、準備を済ませた後宿屋の一室から退室する。
「国王様の居場所、サナは分からないんだよね?」
宿屋に隣接する食堂は朝早過ぎるせいか私達以外に食事をする者は誰もいない。閑散とした中、従業員らしき人にサナが適当に軽めのものをと頼んでくれる。
出てきたのはパンとスープみたいなものだった。
この世界の食事は私の世界の食事と対して物自体は大差ないので有り難かった。
下手物とかね。無くて良かったと心底思う。
「ええ。城にはいなかった。多分逃げたんだわ、あの男」
向かい側で朝食を食べるサナのその言葉に「逃げたって何から?」と問えば、サナは何も言わずに、しれっと何事もないように黙り込んでしまった。なので、私は勝手に解釈する事にする。
多分、国王様はサナから逃げたのだ、と。
サナはこの国の王様からも恐れられ怯えられる存在なのだろうか。
なんかもう本当に最強無敵だな。
この女の子。
「じゃあ、聞けるとしたら前魔王様だね」
私はそう言いながら一人考える。
前魔王様。
あの小さな女の子の姿をした彼女は、きっと全ての真実を知っているのだろう。アルファルド君の事も。この世界の事も。そして『魔王』である私の事も。
だって前魔王様は、私をこの世界に連れて来た張本人であり『前魔王』なのだから。
「ええ。だからその前魔王の所へ連れて行って欲しいんだけど」
サナが私を見る。
「えー、うん。うーん、そうだね」
「………?」
私のその煮え切らないような態度に不信を抱いたサナの眉間には徐々に皺が寄り始める。
多分、これ言ったら私、サナに確実に怒られる気がする。でも言わないといけないんだよねと、私は意を決してサナに告白する。
「あのね、サナ」
「私、貴女へのイライラを何処で解消すればいいのかしら」
「…………」
私が皆まで言わずとも理解したらしいサナ。さすが、と褒めるところだろうか。それとも殊勝に黙っておいた方がいいのだろうか。
「まぁ、最初から貴女にそこまでの期待はしていないわ」
「………」
私は空間移動が出来ない。
一応出来る事は出来るのだがコントロールが効かないらしく、空間移動の先は必ずと言っていいほど遙かウン万メートル上空。一度、ちゃんと移動できた事はあったにはあったのだが、あの時は自分でもソレと分からずに移動していたから。
だから自分の意思でちゃんと空間移動出来たことは一度もない。成功したことは皆無。
「だけど、貴女一度前魔王の所へ行ったわよね?」
ブカと一緒に。
「一度行った所でも行けないの?」
そう言われると行けないような気もしないではないのだが、ブカと行った時はすぐに前魔王様の家の中、だったし。あそこがどこら辺なのかも知らないし。空間移動自体あんまり練習したことないし。
「…試してみようか」
「やっぱりいいわ」
頑張ったら出来るのかもしれない、と思いそう言ったがサナは直ぐに拒否った。
ちょっと傷つく。
「そろそろ来そうだし」
食べ終わったらしいサナが食器を片づけながらそう言ったのだが、その言葉が意味する意図が私には何のこっちゃか分からなかった。
もう分からないことだらけだ。
「サナ、でも私ちょっと疑問なんだけど」
食堂を出て街を出ようと歩き出した私達。まだまだ朝は早いので、街中に人はあまり歩いていない。しん、と静まりかえった街を私とサナ、二人で歩く。
「そもそもどうしてそう思ったの?」
「貴女の話には脈絡がないわね。私と話す時はちゃんと順序立てて構成してから話始めてくれないかしら?苛々するから」
「…スミマセン」
怒られた。
「あの、アルファルド君のことです。どうしてアルファルド君の選ばれた理由が『魔王復活阻止のための生贄』じゃないって思ったのかな、って」
普通考えないだろ。
というか思いつきもしないのではなかろうか。かくいう私も未だに半信半疑なのだ。アルファルド君がただの生贄として選ばれたのだとしたら、そもそも魔王の存在って何なんだって話になる。体裁上、カモフラージュとして『魔王復活阻止のため』の生贄と名目したのだとしても、ここまで大がかりな事をわざわざしなくてもそもそも事故とかに見せかけて、とか色々やり用はあるような気がする。
いらなくないだろうか、魔王。
「貴女は少しも疑問に思わなかったの?前魔王にしろ国王にしろ。私達をここに呼び出したやつら、この世界の人間ではなく異世界の人間である私達にこの世界のことを決めさせようとしてるのよ」
「はぁ」
この世界の事。
「魔王っていうのは『王』。統治者。絶対的存在。それが異世界の人間?ありえないわ。それに勇者。魔王を倒す者。魔王を倒す唯一の存在。それも異世界の人間?ありえない」
ありえない、のだろうか。
「この世界の未来に関わることを異世界の人間に託すだなんて、『王』と名のつく者が考えるような事じゃない」
「………」
サナの父上さんは『戦王』。
だからサナはそう思うのだろう。
「でも、よくある話、だよ」
サナの世界ではこういった話はないのだろうか。フィクション的な。ファンタジー的な。勇者と魔王的な。
私の世界にはごまんとある話なのだけれど。
「よくある話?もしかして貴女の世界にも魔法とかあるわけ?」
「えと、ないけど。ないけど、そういった作り話っていうのかな。そういうのはいっぱいある」
「…だから貴女、わりとなんでも受け入れるのね」
サナは苦虫を噛み潰し、出て来た苦い液体を飲んでしまった時のような顔で私を見ながらそう言った。私は受け入れているのだろうか。この世界を。この世界にあるものを。この世界の事柄を。
「貴女、彼は被害者だ、みたいな感じで受け止めているけれど、彼も国王や前魔王の回し者、だとは考えないわけ?」
サナ言う『彼』とはアルファルド君のことだろう。
今度は間違えない。
「アルファルド君が?それはないよ」
「どうしてそう思うのよ」
「だってアルファルド君、バカだもん」
回し者って。
そんな器用な事が出来る子ではないのだ。アルファルド君は。
「それにサナが言ったんだよ?アルファルド君が選ばれたのは魔王復活阻止のための生贄ではなかったにしろ、結局は『生贄』として選ばれたんだって。生贄として選ばれたアルファルド君が回し者?意味が分からないよ」
死んでください。
はい分かりました。と彼は言っているようなものだ。
「そう言ったようなものでしょうが。彼は最初から」
「………」
そうだった。
アルファルド君はそもそも『生贄』を受け入れていたのだ。
どんな形の生贄にしろ、彼はソレを受け入れていた。
「私が言っているのはそういうことじゃなくて、魔王とか勇者とか。その辺りの事よ」
「…うん」
うん。
と言っておいたが実は全然分かってはいない。
「私達はこの世界の何かに巻き込まれてる。だから私はこの世界の者を信用してない。だから私は貴女だけを連れて来た。貴女は私と同じ、この世界の人間ではない巻き込まれた側の人間だから」
「…………」
「彼も、ネイルも、ブカも。この世界の者達よ。もしかしたら、って思わないの?」
皆が皆、何かを隠し持っていて、それを異世界の人間である私達には黙っていて、そして利用している。騙している。何も知らないこの世界の住人でない私達を巻き込んで『何か』を成そうとしている。
「…サナ、人を疑いすぎるのはよくないよ」
「疑うことを忘れた人間に待つのは『裏切り』と『死』だけよ。人間は綺麗なままじゃ生きられない。綺麗な人間は死を招く。自分だけじゃなく周りの人間にも同様に。人間っていうのはね、疑ってなんぼの生き物だって私の父は言ってたわ」
「…………」
死を招く。
アルファルド君は一体何度死の危険に晒されただろうか。
「…私、そこまで綺麗じゃないけど」
私の心はサナが言うほど綺麗ではない。疑うことだってすれば誰かを憎んだりもする。愚痴だって溢すし悪口だって言う。
だけど、アルファルド君やブカ、ネイルのことを疑ってかかることは出来ない。私の見てきた三人はとても真っ直ぐで、裏で何かを考えているような、そんな人達にはどうしたって見れないのだ。
「信じることも信頼することも、『疑』がなければ成立しない。貴女の言う『アルファルド』は、貴女が作り出した虚像に過ぎないのかもしれない」
虚像。偶像。想像。幻影。幻覚。
錯覚。
「……じゃあサナ。あそこに見えるのはやっぱり私の想像のアルファルド君なのかな」
遠くの方には見知った三人の人影。
私の思うアルファルド君は。
私の考えるアルファルド君は。
私の見てきたアルファルド君は。
「…ねぇ、アルファルド君」
君は一体何者なの?




