80.知ることの意味
「やっぱり私、貴女が嫌いだわ」
勇者さんの、いやサナの二度目ともなるその言葉に私は深く傷付いていた。私の頭上には今、きっと『ガーンッ』という言葉がデカデカと浮かび上がっていることだろう。そんな気がする。
泣きそう。
私、泣きそうだよ。
だけど私はこんな事じゃくじけないのだ。
勇者さん、じゃなくてサナは大概いつもこんな感じだから。嫌い嫌いも好きのうちって言うじゃない?
だけど、少し近付けたと思っていたのだが、そうでもなかったのだろうか。
それともこれは勇者さ……、じゃなくてサナなりの照れ隠しだったりするのだろうか。
「…………」
いや、ないな。
私はすぐにその可能性を否定した。多分ゆう……、サナは私に対して何かしらのお怒りを感じている様子。
では、何に対して怒りを感じておられるのか。
『彼について、聞くべきなんじゃないかしら』
もしかしたらゆ、じゃなーくて、サナの言った『彼』とは国王様の事ではなくアルファルド君のことなのだろうか。
そう思い、私は聞いてみた。
「あの、サナ。彼ってアルファルド君のこと?」
「彼、と言ったらそのアルファルド君以外にいないでしょう」
私の言葉にサナが即座にそう言う。
すみません。もの凄く勘違いをしてしまいました。
だけどサナのその言葉に、そこまで怒られていると私が感じることはなく。やはり多少なりとも私とサナとの距離は縮まっているのだと思われた。
今思えば、名前とかそんな問題じゃなくて、私のサナに対する敬語がいけなかったのではないか、とも思う。だから、名前を呼ぶと同時に敬語も止めてみたのだが、正解だったみたいだ。サナも特に何も言わないし。
大正解だ。
仲良くなれた。
仲良くなれたよね、私達。
とりあえずポジティブにそう思っておこうと思う。
「ねぇ、とりあえずここは離れるわ」
サナはそう言って止めていた足を動かし始めた。私はそれを追い、サナと私、二人が協会から出たところでサナは私を連れて、あのキューブで空間を移動した。
聞いた所によると、サナは魔法は使えないらしいのだがこういった魔法道具はいっぱい持っているらしく、このキューブにしろあの指輪にしろ、多分、まだまだいっぱい持っているのだろう予感をひしひしと感じていた。時間がある時にでも、その辺りの事は詳しく聞けたらと思う。
そして私達が空間移動でたどり着いたのは何処かの道のど真ん中。見るからに舗装されている辺り、多分ここは主要な道なのだろうと思われた。
だけど私には見覚えがない。だから多分、私は一度も通っていないと思われる。
まぁアルファルド君は獣道ばっか歩いていたからな、と感慨に耽っていたらサナが歩き出したので慌てて着いていく。
アルファルド君といた時もそうだったけれど、私は誰かに着いていってばかりだ。後ろから、誰かの後をついて行くばかり。それが悪いとは言わないけれど、なんだか自分が駄目人間みたいに見えてくるから不思議だ。
やっぱり私は何も知らない人間なんだなと、つくづく思う。サナだって、私と同じでこの世界の人間ではないのに、
「あの、サナ。さっきの私の質問の答えをまだ貰ってないんだけど」
無言で歩き続けるサナに私は後ろから話しかける。先程の『センオウの娘』の意味を、私はまだ教えて貰っていなかったから。
サナは振り向く事無く「……言葉の通りよ。センオウの娘。戦の王の娘って意味」と教えてくれた。
センオウ。
戦王、か。
「王様の娘なの?」
王女さま?
だけど、その『王』とは少し違うらしい。
「王、って言っても立場の偉い人、とか国の統治者って意味じゃないわ。ただ戦での一番強い者の事を誰かがそう呼んだってだけ」
だけど、『王』って名のつく辺り、サナの父上さんはそうとう強い方なのだろう。
だからサナも強いのだろうか。戦王の娘だから。
勇者として何かチート的力を貰っているんだろうと思っていたのだが、事実サナ個人のスキルがべらぼうに高いのだ。
だから最強無敵。
「ねぇ、それよりも貴女。聞くべき事があるでしょう。彼のこと、聞きたくないの?」
サナはそう言いながらも、手にした本をパラパラと捲っている。それはさっき協会からサナが持ち出してきたもので。
歩きながら本を読むのは危ないのに。
「別に聞きたくないってのじゃないんですけど……。あ、そうだ。あの、アルファルド君に神秘の森にある封印された魔王の力があることを伝えたのはゆ…サナなの?」
前魔王様、そしてブカが言っていた。多分犯人はサナだろう、と。
その私の言葉にサナはピタリと足を止め、そして振り返って私を見た。そのサナの視線があまりにも真っ直ぐで、そしてドキリとするぐらい力強いのに、だけど何故か何処か不安げに少しだけ揺れる。
揺れた様な、そんな気がした。
「私が彼に伝えた」
やはりサナだったらしい。
「サナは誰から聞いたの?そんなこと」
「国王よ」
サナはそれだけ言って、ふいっ、とまた歩みを再開させた。
「……サナ、はアルファルド君のことについて何か知ってるの?」
歩き出したサナについて歩きながら言うと、「知らないわ」とサナ。
そして、「貴女、これ読める?」と私に読んでいた本を開いた状態でこちらに示してきた。私は首を横に振る。私にこの世界の文字を読むことは出来ないから。
サナはまた歩き出す。
「知らないっ、て」
知らないの?
サナの言っていることがいまいちちぐはぐ過ぎて、私はどうしたらいいか分からなくなってきていた。
「知らないから、知りたいのよ」
勇者さんは本を読むのを止め、パタリと閉じた。
「前にも言ったけれど、貴女と彼。どちらが先に選ばれたのか」
そう言ったサナは暫くしてからピタリと立ち止る。
「貴女のために彼が選ばれたのか。彼のために、…貴女が選ばれたのか」
私と言う魔王を復活させないためにアルファルド君は生贄として選ばれた。
だから私が先でアルファルド君が後の筈だ。
私のせいで、アルファルド君が選ばれた。
だけどそれが逆で。
アルファルド君のために、私が選ばれたのだとしたら。
『ゆの、あいつには『死の運命』が纏わりついているのだよ』
『ゆのの言う『アルファルド君』という輩。あいつはな、ゆのがこの世界に居続けていれば死なずにすむんだよ』
「…………」
アルファルド君には何かあると、サナはそう言いたいのだろうか。
「暗くなってきたし、街に入ってもいいかしら」
そういったサナの指さす方向には街の明かりが灯っていた。いつの間にこんなに暗くなっていたのか。空を見上げればそこには夜の気配。
いつも思っていたけれど、この世界の夜空はとても綺麗だ。星の光が強いから、街の明かりにも負けずに夜の空で一番に輝いているから。まるで本当に別世界。
まぁ、本当に別世界なんだけど。
だけど、一番はやっぱり月かなと思う。
金色の光。
輝く光。
大きな輝き。
たった一つだけ、そこにあるもの。
「………」
アルファルド君は大丈夫だろうかと、私は少しだけそう思った。
そばにいないと不安になる。
そばで私が見ていないと、彼は無茶ばかりするから。だから私はきっと、彼のそばにいなきゃいけないんだ。
ずっとずっと私はここで。
彼の傍に、いなきゃいけないんだ。




