79.サナ
サナちゃんが喋ります。
「…私、やっぱり貴女が嫌いだわ」
この子とは合いそうにない。
性格も違う。考え方も違う。それは生きて来た世界が違うから。当然と言えば当然の事。
だけど。
『サナちゃんって呼んでいい?』
どうしてあの人と同じ言葉を、この子は口にしてしまうのだろうか。
「勇者さん?」
きょとんとした顔で私を見る元魔王であった彼女の生きて来た世界はきっと、とても平和な世界なのだろう。人を殺した事が無いのか、と私が聞いた時の「ないです」と答えた彼女の表情がそれを如実に物語っていた。
だから彼女は私とは違う。
だけどそれよりも何よりも。
彼女と私の違いだなんてそんなもの、最初に会ったあの時から薄々は感じていたのかもしれない。薄々どころじゃなく濃々感じていたのかもしれない。
そして、それは予感から確信に変わる。
血だらけの姿で。
一度死んだと笑う彼女はこう言ったのだ。
『…アルファルド君にはさ、私が…、元の世界に帰ったって言っといてくれない?』
「………」
「あの…、サナ、ちゃん…?」
「ちゃん、はやめて」
恐る恐ると言った感じで私の名前を呼ぶ彼女に、私はそれだけはやめさせた。呼び方まであの人と同じだと、嫌でも彼女とあの人が被さって見えて来てしまうから。
「サナでいい」
私のその言葉に彼女は安心したように顔を綻ばす。無防備に自身の感情を表に出す。
「じゃ、じゃあ、あの、サナ…」
「何?」
「聞きたい事はね、山ほど……あるんだけどね。とりあえず、ね」
「………」
彼女の話し方に苛々しながらも私は彼女の言葉を待ち続ける。言いたい事があるならハッキリと言えばいいのに、どうして彼女はこう回りくどい言い方しか出来ないのか。
『勇者さん、ミズイロを探してから追いかけますので場所だけ教えてください』
そう、はっきり自分の意思を示す事も出来るのに。
「せんおうの娘、って何?」
彼女はそう私に問うて来た。
「勇者になってくれないか」
「ユウシャ?」
突然私の前に現れたのは豪奢で煌びやかな衣服をまとった男。派手な格好をしているわりには服装に引けをとっていない事から、年齢は年相応なのだろう。
というか、ここは何処だろうか。私は今一体、何処に居るのだろう。
「戸惑いもあるだろうが、まず詳しい説明をしようか」
そう言った男は私につらつらと語った。
勇者が何なのか。
私が今居るここは何処なのか。
どうやってこんな所にいきなり来てしまったのか。
私に何をさせたいのか。
魔法のこと。
魔物の事。
魔王の事。
「で、私にその魔王とやらを倒させようと、そう言うわけ」
「ああ」
なんて他人任せな。
話を聞いた時私は伊の一番にそう思った。
異世界から人間を呼び出して自分達の世界の強大な者を倒させようだなんて。魔法、という非科学的なものがある世界ではこれが普通なのだろうか。
自分達の世界の問題など、自分たちで解決すべきだろう。それがこの世界に住む人々の役目であり宿命だろう。
他人の、しかも異世界の人間に頼ろうだなんて。
「報酬は払おう」
「報酬、ね」
報酬。見返り。対価。
この手の話は私の世界でも何度も見かけた事がある。だって私の父は『戦王』だから。
そして私の世界では戦が全てだ。
世界の全てである戦において、私の父は『王』。そんな父の傍にいれば、隣の国のなんとかやら、遠く離れた街のなんとかやら、ちょっと近所の小競り合い、なんかでも自ずと声がかかって来る。報酬。見返り。いくらでも出す。そんな奴らが集まってくる。
それが悪い事だなんて思わない。だってそれが私の世界での普通の光景だから。
「戦王の娘だ。これぐらいどうってことはないだろう?」
「そうね。どうってことはないけれど」
私はすぐに返事はしなかった。
ただただ気に食わなかったから、だ。
私は目の前の男を見る。
この男は自らを国王と名乗った。王が世界の命運を異世界の人間に託すだなんて。
私がもし魔王に負けた場合、きっとこの男は全責任を私に擦り付けるのだろう。そうして自分は何もしないまま、この世界は魔王という存在に支配されるのを見るだけの存在となるのだ。
こんな王をこの世界の人々は支持しているのだろうか。
こんな人間が国のトップだなんて。この世界、魔王なんて存在に潰されなくても潰れるのは時間の問題ではなかろうか。
「自信がないのか?」
「自信?自信ってのは自分を信じるって事なのよ?自分が自分を信じなくて誰が自分を信じるのよ。私は自分を信じているし、自分の力も知っている。魔王に勝てるかどうかの勝敗を魔王を知らない私ははっきりどちらかなんて言えないけれどね」
魔王、という存在は魔法という非科学的な力を使う。
それが要となるのだろう。
「…報酬は、なんでもいいのよね?」
「ああ」
こちらが用意できるものであれば何でも。
この国の王はそう言った。
「そう…。なら引き受けるわ。私自身、今ちょうど立てこんでいた所だったから」
そうして私は『勇者』となった。
「せんおうの娘、って何?」
彼女の、山ほどある聞きたい事の中から一番最初に私に聞く事がそれなのか。
「貴女、もっと他に聞くべき事があるんじゃないかしら」
片腕を失った彼の事。
私は暗に彼女にそう伝える。
彼女が命を捨ててまで守りたかったこの世界の住人。彼は本来魔王復活阻止のための贄として死ぬはずだった存在。
それを彼女が助けた。彼の死を阻止した。
そして呪いに蝕まれていた彼を、自分の命と引き換えにしてまたも助けた。
『一人で残るだなんて、絶対に駄目っ!!』
そして今も。
彼は彼女の大切な人。
『サナちゃん。私はあの人だけじゃなく、サナちゃんも守りたい。だから私に守らせて?』
弱い人の。
強い言葉。
「えと、そうですね…、じゃなくて、そうだね。いや、あるんだけど。あるんだけど、ほらやっぱり気になるって言うか。とりあえずサナの家族構成と言うかサナがどんな女の子なのかって言うのを知りたいなって」
「…今、それは重要じゃないんじゃない?」
彼女にとって重要な事、彼女が知らないだろうこの世界の真実の事を私は彼女より知っている。今、この世界に置いて彼女が知るべき事を私はこの手に握っている。
「彼について、聞くべきなんじゃないかしら」
私は彼女にそう伝える。
「……国王様ですか?」
「は?」
ボケているのか。
とぼけているのか。
いや、確実に彼女はボケている。
「貴女、ホント苛々するわね」
演技などではなく本気でボケる彼女に、私は苛立ちを隠さずそう言った。
私は彼女を好きにはなれない。
確実に。
だけど。
『サナちゃん自身の事を先に知っておいた方がいいのかなって』
その女はそう言った。
「それは私の言っていることの信憑性を図るため?」
『そうだね。そうかもしれない。だけどただ単純に、知る前と知った後とじゃ、感じ方が変わると思うんだ』
信憑性の問題じゃないか。
『サナちゃんの考えとか。サナちゃんの思いとか。どう考えてどう感じて、どう思ってそんなことを言ったのか。 サナちゃんの心意っていうのかな。サナちゃんの心を知ってからじゃないと、私、サナちゃんに対してちゃんと向きあえない。サナちゃんの言葉を受け止められない』
その女は真面目な顔でそう言って
『……そっか、私、もしかしたらサナちゃんとお友達になりたいのかもっ』
無邪気に笑う。
「やっぱり私、貴女が嫌いだわ」
もう一度私がそう言った後の彼女の表情に、私はやはりあの人を思い出す。
『サナちゃん、も、もしかして私のこと嫌い?』
嫌いよ。
大嫌いだわ。
好きになるには、貴方と私は違いすぎる。




