77.鶏が先か卵が先か
「痛っ!」
べちゃっ、と私はうつ伏せの状態のまま勇者さんに無理矢理空間移動させられた場所に辿り着いた。
そこは見覚えのある懐かしい場所。
というか、つい数時間ほど前(十話ほど前かな)まで私、そしてアルファルド君がいた場所だった。
「…どうして」
私は立ち上がり辺りを見回す。私と勇者さんが今いるここは、この世界に来て私が最初に立っていたあの丘だったのだ。
ここは、アルファルド君と私が初めて出会った場所で。そして、アルファルド君が私を見つけてくれた場所でもある。
どうしてこんな所に。
そんな思いで勇者さんの方に視線をやると、勇者さんはチラリと私を見やった後に「行くわよ」と言って一人歩き出してしまった。私は慌ててそれを追いかける。
「あのっ、勇者さん?」
「詳しい説明は後。時間がないの」
勇者さんはそう言って足早に丘を降りていく。
時間がない、とはどういう事なのか。何をそんなに急いでいるのか。分からないけれど、私はとりあえず勇者さんの後に付いていく。途中ちょっと丘の傾斜に滑りながらも、私は勇者さんに聞く。
「あ、あの勇者さんっ。大まかでもいいのでとりあえずこの状況を説明してもらってもいいですかっ?」
勇者さんの歩みは早い。
私は必死で着いていきながら勇者さんに話しかける。勇者さんはこちらを見ることなく、当たり前だが足を止める事もなく、かなりざっぱに説明してくれた。
「今この場にいるべきは貴女だけだった。あそこにいた他の誰も貴女以外はここにはいない方がいい。だからあんな手段を取った」
「私だけっ、て。何かあったんですか?」
「何か、はずっと前にすでに起こっていたのよ」
勇者さんの言っている意味が私には分からなかった。
「貴女は疑問に思わなかったの?」
何がだろうか。
私が黙っていると勇者さんはチラリとだけ私を見た。
「貴女と彼の事よ」
「彼?」
「片腕を失った彼」
片腕を失った、という言葉に私はびくりとしてしまった。それは公然の事実だけれど、誰かにそれを言われてしまうと何故だか胸が息苦しくなるような気がするのは何故だろう。
私はなんとか言葉を発する。
「あ、アルファルド君の事ですか?」
「彼が選ばれたのは魔王である貴女と同じ名前だったから、なのよね」
選ばれた。
一瞬、何に?と思ったがすぐに勇者さんの言っている意味を理解した。
「……あ、はい。そう、言ってましたけど」
アルファルド君は選ばれた。魔王の力を封印するために、魔王復活を阻止する人間として選ばれた人間だ。もともとアルファルド君は魔王の力である、あの黒い玉と一緒に火炙りにされる所だった。だけど、それを私がぶち壊しアルファルド君は死なずにすんだのだ。
贄にならずにすんだのだ。
「貴女と彼。どちらが先に選ばれたのかしら」
「……どういう意味ですか?」
どちらが先に。
私は勇者さんに問い返す。だけど、勇者さんがそれ以上口を開くことはなかった。
だから私は勇者さんを追いながら一人呟く。
「どちらがっ、て…」
私とアルファルド君。
どちらが先に選ばれたのか。
勇者さんが言っているのは、アルファルド君が生け贄として選ばれたのが先か、私が魔王として選ばれたのが先か、ということだ。
先に選ばれた者。それは当然私だろう。
私の名前がアルファルド君と同じ『ゆの』だったから、だからアルファルド君は贄として選ばれてしまったわけで。
『ゆの、あいつには『死の運命』が纏わりついているのだよ』
「…………」
そのはずだ。違うのか?
それ以外に何かあると言うのだろうか。
丘を下りた勇者さんが足を向けたのは、なんというかやはりというかアルファルド君の街だった。
魔王であった私がここに入るのは不味いんじゃないかな、と思いつつも勇者さんがスタスタと街に入って行ってしまうので、私は自身の髪の毛を茶色く染め、ポケットに入れておいたアルファルド君に貰ったサングラスをかけてから勇者さんの後に付いていった。
バレるかバレないか。
私はここで一度『魔王宣言』をしてしまっている。その時に素顔を晒してしまっているのだ。髪の毛の色やサングラスで目元を隠す拙い変装では、分かる人には分かってしまうかもしれない。
バレたらどうなるのだろう。
そもそも今『魔王』の存在はこの世界の人達にどう伝わっているのか。
魔王は死んで世界は平和に?今私、魔王の力持ってますけど。
スタスタと迷いなく歩いて行く勇者さんを見失わないようにしながら、私は街の中見渡す。特に変わった様子はないような気がするし、何か街の雰囲気が前と違うような気もする。
街の人々の表情にも、どこか前見たときとは別の何かがあるような。
街の人達に直接聞いてみたい。
そしたら『魔王』の存在が今どうなっているのかも、街のこの雰囲気にも説明がつけられるのだろうが、所詮私には無理な話だ。
「勇者さん、あの」
「ちょっと黙って」
「…はい」
勇者さんにも聞けず仕舞い。
勇者さんは何をそんなに急いでいるのだろう。
勇者さんは一言も私には説明らしい説明はしてくれない。よほど急いでいるのか、はたまた私への説明をただ省いているだけなのか。
いや、説明するだけなら歩きながらでも多少は出来るのだから、勇者さんはやはり私への説明の手間を省いているだけなのだろう。きっと。
「…勇者さん、やはり私がお嫌いですか」
ぽつりと呟いてみるが、勇者さんからの返事はなかった。
そして辿り着いた先は協会。
勇者さんはやはり足を止める事なくその中へと入っていくが、私は足を止めてしまった。
『…っ、お前が、お前らがずっと、ずっと苦しめ続けてる彼のことだっ!!!』
つい数日前の事なのに、随分遠くの日の事のように思う。もしかしたら数日すら経っていないかもしれないのに。
そんな私に気付いたのだろう。
中に入って行ってしまっていた勇者さんが戻ってきて、立ち止まっている私を見て口を開いた。
「行くわよ」
「………」
中に入れば嫌でも思い出す。
中に入らなくてもこうやって思い出すのだから、あの場所に行ってしまえば確実に思い出す。
私がここで何をしたか。
『貴方が死ねばいい』
ここは私が一度死んだ場所。
そして私が。
「行きたくない?」
勇者さんはそう言った。
私は黙って俯く。沈黙が落ちる。
暫くしてから勇者さんは溜め息を吐きつつ口を開いた。
「別に強制はしない。だけど貴女は見た方がいいわ。この世界の仕組みを」
「……?」
仕組み?
仕組みとは何の話だろうか。私が訳がわからず勇者さんを見ていると、勇者さんはぐずぐずしている私についに苛立ちを感じたらしく険しい顔をして「もういいわ」と言って中に戻っていってしまった。
「あっ、勇者さん!」
私は躊躇いながらも勇者さんを追いかけ協会内へと足を踏み入れた。




