42.汝の敵を愛せ
ブカ。
魔物であり私の片腕。見た目人間だが、けして人間ではない。戦闘を好む魔物である。
ついにこの日、彼の特質である『無』というキャラは崩壊した。
さようなら。出来た執事。さようなら。かけてないけど眼鏡キャラ。さようなら、ブカ。
ごめんね。悪気はないんだよ。
君を売ったつもりもないんだ。
ネイルの魔法であるところの、何百本もありそうな氷の刃がこっちに飛んできた。
私はすぐさま手をぱんっ、と叩きながら「シールドォォ!」と叫び手を突き出す。私の目の前に超巨大まな板が出現した。氷の刃はそれに突き刺さる。
「ね、ネイル!…ちょ、ストップ!!ストップだってばっ!!」
だけどネイルの魔法攻撃は緩まない。私の言葉、聞いてないね!?
そしてまな板がネイルの猛攻に耐えられず破壊され、私はその衝撃で後ろに吹っ飛ばされる。すぐ後ろにあった壁に背中からぶつかった。そこまでのスピードではなかったのだが普通に痛かった。
「…っい!」
「ネイル、ナイス!!死ね、魔王っ!!」
見ると、勇者さんがすぐ目の前で剣を振り上げている所だった。げっ、と思うがもう遅い。だが、剣が私を斬り付ける前にブカが横から勇者の剣を弾き飛ばした。ブカの手にはいつの間にか剣が握られていた。多分力で具現化させたものだろう。
「…あ、ありがと。ブカ」
「魔王様、こちらも反撃せねばなりませんよ」
ブカは笑ってた。隠しもしない。よっぽど楽しいらしい。やっと戦闘出来る、と物凄く喜んでいるようだ。しかも勇者だから強いし。相手に不足なし、と言ったところか。
「っち!あの魔王はなんてことないのに…!!」
目の前の女の子になんてことない、って言われた私はちょっと傷ついた。だけど、そんなこと気にしている場合ではない。
「あ、あのっ勇者さんですよねっ!」
私は憎々しげに私を見る女の子、勇者さんに言う。勇者さんは「はぁ?!」と物凄く怒り顔だ。こ、怖い。
「あ、あの、私勇者さんにお話があるんですが…!」
「話ぃ?…何よ」
聞いてくれるらしい。ブカは私の隣で不服顔だった。私が何を言わんとしているのかが分かるのだろう。お前の無表情無感情キャラはどこへいった。
「あ、あのですね。私、実は魔王業やるつもりはなくて。魔物達にも人を襲わせないように言ってあるんですっ。だから」
「だから仲良くしましょう、なんてバカな事言わないわよね?」
「………」
勇者さんが目を細めて私を見ている。
あ、あれ?これはちょっと不穏な空気だぞ。私はたじろぐ。
「え、えーっと…、な、仲良く」
「しないわよ」
勇者さんにばっさりと言われた。
そんな私にネイルが助け舟じゃない助け舟をくれた。そんな舟ならいらない。
「レイト、それ前の魔王も言ってた」
「前の魔王…?」
もしやオワタさんのことだろうか。
「前の魔王もそう言ったけど、あいつ、サナが了承した直後隙ありとばかりに攻撃してきやがったんだ。まぁ、ぶちのめされたけど」
勇者さんの名前はサナ、というらしい。
そしてオワタさんは終わる前に余計な置き土産をくれていたらしい。最悪だ。
「魔王の言う事なんてね、信じるわけないじゃない」
「………」
最悪だ。
これじゃあ、どう話し合いをしてみた所で魔王である私の言葉など絶対に信じてはくれないだろう。隣でブカが声を出さずに笑っていた。超笑顔。和平交渉が決裂して嬉しそうだ。
ブカ。今日の君は物凄く『魔物』だね。
だが、そんなブカにも悲劇はおとずれる。
「だけど、私の条件。聞いてくれたらその話、乗ってもいいわよ?」
勇者さんがにやりと笑いそう言った。
「条件?」
「えぇ。条件」
にっこり、と勇者さんがここ一の笑顔を見せてくれた。可愛い。可愛いけど、ちょっと悪魔的。
「…条件、って…何ですか?」
恐る恐る私は勇者さんに聞く。勇者さんはにっこりと笑いながら、すっ、と腕を上げて指をある一点に向けた。その先にいるのは
ブカだ。
「………」
ブカの顔から笑顔が消えた。
「彼が欲しい」
勇者さんはそう言った。
実はこの勇者さん。
かなりの『男好き』、だったのだ。
後で聞いた話によると、召喚されて魔王退治してとお願いされた時の交換条件と成功報酬も『男』だったらしい。
「………」
「ブカ」
「お待ちください魔王様」
ブカが、私が何か言う前に『待った』をかけた。だけど、ごめんね。私にその待ったは効かないの。だって私は魔王様だから。魔物達のトップなわけなのよ。
「ブカ、魔王様の言う事は絶対、だから」
ブカ、見た目人間だしカッコいいもんね。
ごめんね。私の安寧のために。
子羊のごとく売られていってくれたまえ。




