35.二番目の魔王
「おぉ、凄い」
私は呟く。
私達は魔物の何かしらの力で、一瞬にして魔王城へと移動できたらしい。さっきと全く景色が変わり、そこはまさにお城の玄関ホール的な所だった。城っぽい場所に少しテンションが上がる。城、と言ってもどかーんっ、と大きな『城』ではなく、貴族が住んでそうな家的な感じだったけれども。
それでも私にとっては『城』に見えた。庶民出身なので。
「結乃様」
魔物が私を呼び、私の胸元にいる水色のものをじっと見る。水色のもの。ミズイロ、だ。
「…ミズイロ」
ミズイロはぎゅっと私の胸辺りにへばり付いたまま離れない。声も出さない。ただ、ぎゅっと、離すまいと私の服を掴み顔を埋めている。
「ミズイロ、さっきのはとても危ない行動だったよ?駄目でしょ、さすがにさ」
そんなミズイロに声をかける。あの時、黒い竜巻が一部消えてくれなければミズイロは竜巻にぶち当たっていた。相当危険だった。あのスピードで竜巻に当たったら下手したら死んでるところだ。
「ミズイロ…」
何の返事もしないミズイロに、私はため息をついた。分かってる。悪いのは私だ。あの時ミズイロを突き放すようにした私の責任だ。
「殺しますか」
魔物は唐突にそう言った。ミズイロをじっと見たまま。
ぎょっとして私は魔物を見る。その表情に感情はない。ただ、じっとミズイロを見ている。
「なっ、何で?!やだよ、やめてよっ、何考えてんの?!」
「邪魔かと思いまして。結乃様を煩わせているのかと」
その魔物はやはりミズイロをじっと見たままそう言った。私はその魔物の視線からミズイロを隠すように背を向けてミズイロを抱きしめる。顔だけを魔物に向ける。
「邪魔じゃないっ。煩わせてもないっ」
「では…、そちらの獣は愛玩物、という事ですか?」
愛玩物って。
ペット、という意味だろうか。
「ミズイロは」
ペットじゃない。
物じゃない。
「…大事、なので手は出さないで下さい」
友達。その言葉が浮かんだが、何故か口には出来なかった。
魔物は「わかりました」と直ぐにそう言った。
「ね、一応確認したいんだけど私は魔王なの?」
「そうなります」
魔物は頷く。見た目人間な魔物の、唯一魔物っぽい所はさっきの「殺しますか」発言と、魔王である私に忠実かつ絶対服従的なその態度、そして魔法みたいなさっきの空間移動な力だけ。多分、空間移動以外にもまだ色々力はあるのだろうが。
「そうなんだ」
やっぱ魔王なのか。
「でも何であのタイミングで現れたの?」
私が魔王だったのなら、もうちょっと早めに迎えに来てもいいものを。そう聞くと、魔物はその表情をピクリとも動かさず口を開いて説明してくれた。
「魔王の力を手に入れられて初めて、結乃様は魔王となられましたので。なのでお迎えに上がりました」
「…ふーん」
じゃあ、やっぱり『魔王の力』を手にしなければ魔王にはならなかったと言う事か。
「結乃様」
「何?」
「結乃様は魔王ですが、実際には魔王様ではまだありません」
「…うん」
ん?
「魔王、なんでしょ?私」
「はい。ですが、結乃様の他に一番目の魔王がいるんです」
「一番目…」
この世界にはすでに魔王がいるらしい。一番目、ということは私は二番目であって、この世界に魔王は二人いる、ということだ。
「………」
二番目、という響きに何か引っかかりを覚えた。何処かで聞いた覚えがする。何だったか。
「何で魔王が二人もいるの?」
「知りません」
「は?」
きっぱりと魔物は「知りません」と言った。
「存じ上げません」
「何故存じ上げないのですか…?」
知らないとか。
それって知ってなきゃ駄目なことなんじゃないの?だけど魔物はやはり知らない、と言う。
「私が命じられているのは、結乃様が魔王となられましたら片腕として結乃様に付くこと。そして、全力を尽くす事。結乃様に従う事。ただそれだけです。そして、一番目の魔王を倒した時、結乃様は本当の魔王様となられます。この世界の『魔王』となるのです」
『魔王』
「…あのさ、私、本当は魔王になんてなりたくなかったからさ、もしその一番目の魔王さんにその『魔王の座』って言うの?譲ったらどうなるの?」
私は魔王になりたくてなったわけじゃない。出来るなら魔王になんてなりたくなかった。もし、一番目の魔王さんに「私、魔王やる気無いから」と言ったら魔王ではなくなることが出来る、とそういうことなのだろうか?
「…そうなりますと、魔王様、は一番目の魔王がなることになります」
「倒されずに譲ることも可能なの?」
「可能です」
可能なんだ。それは素晴らしい。
「さっそくそうしよう」
「…結乃様は魔王様になる気はないのですか?」
「ないよ」
元々私は人間だ。この世界の人間ではないが、どちらかと言えば私は人間の味方なのだ。魔王、となった今もそれは変わらない。魔物側につく気はない。
だけど、魔物は初めてその顔に表情らしい表情。苦渋の表情を見せた。
「…駄目なの?」
そう言うと、魔物はすぐに表情を元に戻した。『無』だ。
「いえ。結乃様がそう決められたのであれば私はそれに従うしかありませんので」
つまり私の言う事は絶対、という事か。だけど、魔物からしてみれば私が取ろうとしている行動はあまり嬉しくない行動、ということだ。
「嫌なの?」
そう聞いた。
「…嫌か、と聞かれましたら、嫌、と答えるしかありませんが…、結乃様の決めた事に私は従いますので」
「何で嫌なの?」
「…結乃様が魔王様になられずに、一番目の魔王が魔王様となれば結乃様側の魔物達は一番目の魔王の傘下に付く事になります。私もです」
領土争い、みたいなものか。
「別にいいんじゃない?結局魔王の手下、ってわけでしょ?」
魔王が誰になろうと魔物達は須らく手下であり僕であるのだから。『結乃様側の魔物達』発言が気になったがとりあえず無視。
「一番目の魔王側にも一番目の魔王の手下である魔物達がいます。私達結乃様側の魔物は、一番目の魔王が魔王様になれば、その魔物達の下になることになります」
「………」
つまり、手下の手下。ということになる、というわけか。駒使いの駒使い。
多分それは屈辱だろう。
「…それは、ちょっと可哀想だね」
「………」
魔物は黙った。
だけど、私はやっぱり魔王になる気はないんだよ。悪いけど。
某ゲームで例えるならば、アルファルド君と旅をしてきたあれが『勇者編』だとする。そして、今のこれは明らかに『魔王編』になるのだろう。魔王編を長く続ける気は私には一切ない。出来るなら早急に終わらせたい。そして『解決編』的な展開に持って行きたいのだ。だから。
「残念だけど、諦めてもらうしかないね」
「…承知しております」
ぴくり、と魔物の眉毛が動いた気がした。もしかして怒ってるのかな。顔には出さないけれど。
「ごめんね。運が悪かったと思って諦めてよ」
魔物は何も言わなかったが、「分かってるよ。俺は物凄く運が悪かったってことなんてさ。何で俺、こいつの片腕として働かなきゃいけないんだ。マジだるい」的な空気を感じるのは気のせいだろうか。
「そういえばさっき『命じられた』って言ってたけど。誰に命じられたの?」
「前魔王様です」
「前魔王?…死んじゃったの?」
「いえ、『じゃあねー』と言っていたので魔王様の座を降りただけかと」
軽い。
この世界の前魔王様はそんなに軽い性格だったのか。
「どんな魔王様だった?」
「知りません」
「……知らない事、多いね」
「前魔王様に会ったのは俺が産まれてすぐの、一回だけでしたから。そして結乃様について話した会話が最初で最後でしたから」
そうなんだ。と、
とりあえず言っておいたが、この世界の魔王魔物事情はどうなっているんだろう、と分からないことだらけだった。




