32.最終段階。魔王復活
私は走っていた。
頭のミズイロが、落ちないように必死にしがみついているのを感じる。だけど、それを気にかけてやる余裕はない。最悪、ミズイロが力及ばず頭から外れたとしても構わない、とさえ思っていた。
「贄、って…生け贄のこと、ですか…?」
そう聞いたら、その人は頷いた。
「魔王を復活させないために、ユノが魔王の力の源と一緒に火に焼かれる。ユノが、その魔王の名と共に魔王復活を阻止するんだ」
生きたまま火に焼かれて。
その人はそう言った。
『生きたまま火に焼かれて』と
そう言った。
「…正気、ですか?」
私はそう呟いていた。
火に焼かれる、って。
生け贄、って。
それ、正気なの?
本気で言ってるの?
だけど、私のその言葉にその人は「余所者なんかには分からない」と嫌悪感隠すことなくそう言い、その場から去っていった。
私はその場に立ち尽くす。
「………」
生け贄。
魔王復活を阻止するために。
火に焼かれる。
生きたまま、火に焼かれる。
アルファルド君が。
生きたまま、火をつけられる。
「…………」
私は走り出していた。
「アルファルド君っ!!」
「うわぁぁあっ!!」
私はアルファルド君がいる場所の、横開きのドアを思いっきり横に引いた。スパーンッ!と小気味良い音が響き渡る。本当は、『ユノ君』と呼ぶべきなのだろうが、私は『アルファルド』の名前で彼を呼ぶ。
「アルファルド君!正気なの!?」
「俺が聞きたい!お、お前は正気かっ!?」
アルファルド君がいた場所。
そこは広い銭湯のような所。あるのはお湯ではなく水だが、ソレに浸かる場所があって、変な銅像みたいなものの口からは水が出ていて。
アルファルド君はそこにいた。
教会内、アルファルド君が何処にいるのか聞いたら「御祓中」と言われた。場所も教えてくれた。凄く親切だった。多分、私が白いローブを着てたから、教会内では同業者と間違われたようだ。
そこには色々突っ込みたいが、今はそんな場合ではない。
『御祓中』
水で体を清めている、ということだ。それがどういうことか、もう説明しなくても分かるだろう。
「正気っ!?」
私はもう一度言う。
アルファルド君は、「だからそれは俺が聞きたい」と、少し怒ったような表情で「…だから」とだけ言った。
無理もない。
アルファルド君は素っ裸だったから。
定番の、風呂場でバッタリ逆パターン!だったが、今はどきどきわくわくしてる状況じゃない。引き締まった体に萌萌してる場合じゃない。アルファルド君は見えないように、水に浸かっている。
「この後どうなるか分かってて呑気に水浴びしてるわけ?!」
その言葉にアルファルド君の表情が変わる。頭の上にいたミズイロが、疲れたのか翼を広げて伸びをした。
「…聞いたのか」
聞いたよ。聞きましたよ。それが何さ。
私は風呂場の扉近くに立ったまま。そして、アルファルド君は離れた所で水に腰辺りまで浸かったまま。
「知ってたんだよね、最初から」
「ああ」
「最終的に自分がどうなるか、知ってて今まで旅してきたわけ?」
「そうだな」
「……っ!」
淡々とした、アルファルド君の態度。
私は怒鳴った。
「死ぬ思いしてまでっ、『死ぬ』ためにここまで頑張ってきたわけっ?!」
意味が分からない。
全然全くこれっぽっちも、意味不明。理解出来ない。何なんだ、一体。訳が分からない。
「火に焼かれるとか、炙られるとか。ジャンヌダルクじゃないんだから」
ジャンヌダルクは生け贄になったわけじゃないけれど。
アルファルド君は『ジャンヌダルク』発言に首を傾げるが、そんなことに疑問持たれてることさえ酷くどうでもいい。
アルファルド君は、そんなことに疑問を持ってる場合じゃない。
「生け贄だよ?意味分かってる?」
「………」
「火に焼かれるんだよ?」
「………」
「熱いよ?」
「………」
「痛いよ?」
「………」
「苦しいよ?」
「………」
「生きたまま火に焼かれるんだよ?」
それがどういうことか、ちゃんと分かってるの?
アルファルド君は「分かってる」と口にした。
いやいや。
「分かってないよ」
「分かってる。ちゃんと説明も受けたしな」
私はあの丘で樹木に凭れ、ぼんやりと街を見ていたアルファルド君を思い出す。
あの旅の前に?
旅に出る前に?
私があの丘で、アルファルド君に初めて出会う前に?
「分かってないよ」
アルファルド君はやっぱり分かってない。これがどういう意味か、分かってない。彼は全然分かってない。
「レイト」とアルファルド君が私を呼ぶ。
「これが俺の運命だったんだよ」
「……は…?」
運命。
うんめい。
ウンメイ。
何ソレ。
「…運命、って何?」
「運命は運命、だろ」
やはり淡々とアルファルド君は言う。無表情。そんな顔で、そんな言葉で、そんな態度で、
アルファルド君は『運命』と言う。
「…………」
運命。
これが運命?
ここまで旅して来て、方向音痴だから迷いに迷って。牛ボスさんや猿ボスさん、そして白虎や白大蛇と必死になって戦って。怪我して、血を流して、死ぬかもしれない、とか思うような危険があったりもして。
ネイルやカグヤとイベントして。剣とか手に入れたり珍しい花とか見たり、ミズイロと会ったり。
そうして来たその旅の終わりに彼に待っていたのは『生贄』。
最後には『生贄』として火に焼かれて死ぬ。
生きたまま火に焼かれて、死ぬ。
それが運命。
「…何それ…」
私は呟く。
「…くっだらない」
くだらない。
くだらない。
くだらない。
くだらない。
アルファルド君、くだらないよ。それ。
「…ねぇ、アルファルド君。俺の命一つで世界が平和になって皆が助かるんなら本望だ、みたいなこと…、言わないよね?」
「…………」
そんな馬鹿みたいなこと、言わないよね。
一つの命で大衆の命が助かる。
なら、その一つの命がどうなったって良いって言うの?
勇者として、魔王と戦って、負けて死ぬってんなら本望だよ。本望でしょ。それなら仕方ないな、って思えるよ。だってさ、必死になって戦って、生きるために戦って。
平和になった世界で、皆と楽しく暮らすために戦うんだから。
だけどこれは何?
生贄?本気でそんなこと言ってるの?本気でそんなことやろうとしてるの?
アルファルド君は、『死ぬ』ために、死ぬような思いしてまでここまで頑張って来たの?
「ばっかみたい」
この世界も
この世界の人も
この世界のそんな習わしも
アルファルド君の母親も
アルファルド君の父親も
ニノちゃんも
教会の女の人も
贄になるんだよ、と言ったあの街の人も
それ以外の街の人達も
アルファルド君も。
皆
みんなみんなみんなみんなみんなみんな。
バカばっかり。
ミズイロはいつの間にか頭の上にはいなく、その辺りをとことこと歩いていた。流れ出ている水を飲んだりしている。
ミズイロ、それ飲み水じゃない。
「くだらない世界だね」
そう言う私をアルファルド君は見る。
「運命、うんめい、ウンメイ、ね。…そう。それがアルファルド君の運命なんだ?」
アルファルド君は口を開かなかった。
「『死ぬ』ために」
生きるためじゃなく。
「火に焼かれるために」
陽の光の下、笑うためじゃなく。
「生きたまま火を付けられるために」
皆と笑ってこの世界を過ごすためじゃなく。
「生贄なんてもののために、君はここにいるの?」
そんなくだらないものが、くだらない考えが、くだらない世界の、くだらない君の運命だって言うの?
「………」
ホントくだらない。
反吐が出る。腹が立つ。苛々する。むかむかする。腹立たしい。何もかも。苛々する。むかつく。
運命?
運命、って何さ。
そんなもの。
そんなもの。
『魔王を復活させないために、ユノが魔王の力の源と一緒に火に焼かれる。ユノが、その魔王の名と共に魔王復活を阻止するんだ』
『魔王の力の源と一緒に火に焼かれる』
「……なるほどね。じゃあ、あの黒い玉が無ければアルファルド君が火あぶりにされる事も無いってわけか」
小さく呟いた私のそれに、アルファルド君は気付いたけど。
まだ分かっていないようだった。
私は来ていた白いローブを脱ぐ。アルファルド君に貰ったローブ。私の髪と服を隠すためのローブ。私はそれを脱ぎ捨て、アルファルド君に向けて投げた。
「うわっ!」
そう叫んだアルファルド君を置いて私は駆け出した。
何処にかって。
そんなこと言わないでも分かるだろ。
場所は分かる。
ここに来るまでに教会内部で、あのアルファルド君を連れて行った女の人を見かけたから。とある場所で見かけたから。そこにある。そんな気がした。そんな気がする。そうなのだ。絶対に。そこにある。
確実に。
ミズイロが走っている私の少し後ろから飛んで着いてきていた。
「ミズイロ、アルファルド君の所へ行ってっ!」
走りながら言う。だけどミズイロは聞かない。着いて来る。私は立ち止る。振り向く。怒鳴る。
「行けっっ!!!!!」
私は怒りを露わに怒鳴りつける。ミズイロを睨み、怒鳴る。
ミズイロは慌てて止まり、キュ、と小さく鳴き怯えたような顔をした後、向こうへと戻って行った。
「………」
私はそれを見送った後、また走り出した。
ごめんミズイロ。ごめん。
痛む胸に顔を歪めて、私はずっと走り続けた。教会内をずっとずっと走る。ローブを着てないから随分走りやすかった。体が軽く感じる。教会の人間がそんな私を見る。驚いた顔で。立ち止って見る。黒い髪に、見慣れぬ服に。驚いた顔で私を見る。だけど、止めようとしない。動けないのだ。あまりの突然すぎることに。驚きすぎて動けないのだ。
それはきっと、あの時のアルファルド君と同様に。
そして私はそこに着いた。
そこにはあの女の人がいて、やっぱり驚いたような顔で私を見る。私はそれに構わず走る。走って、『魔王の力』である三つの黒い玉が鎮座している台に向かって走る。そして止まる。豪奢な台に乗っているソレを私は三つとも全て手に取ってまた走り出した。
あの女の人はさすがに固まったままの状態では無かった。黒い玉を持った私に向かって何やら手を翳す。
多分魔法。
私は咄嗟にその軌道を避けるが、避けきれなかったらしく頬にピシュッ!と何かが掠った。血が出る。
「………っ」
だけど私は足を止めなかった。
女の人の横を通り過ぎる。そしてそのまま走り。
走って走って走って走って。
教会を飛び出して街に出て。
そして、止まる。
「…………」
私は立ち止まる。
ここはアルファルド君があの時魔物を倒した場所。
あの時、初めて会って、初めて街に来て、初めて魔物を目にして。
そして、初めてアルファルド君が魔物を倒した所を見て。
魔物を倒した後、あの悲しいような寂しいような、何も考えていないような、何も想っていないような。
そんな表情でそこにアルファルド君がいた場所、だ。
周りを見る。
騒ぎに気付いたらしい街の人間達。教会の人間達。そんな人間達が大勢集まって来ていて。
私を見て驚いたような表情をする。黒い髪の毛、そして『魔王の力』を持っている私を見て驚いた表情をする。驚いて、気付いて、考えて。
恐怖した。
畏怖、萎縮、憂虞。
不安、恐れ、危惧、危疑、胸騒ぎ、ざわめき。
私は黒い玉を落とさないように頬を手の甲で拭う。血がついた。
ねえ、アルファルド君。
アルファルド君はさ、こんな運命のためにここまで旅をしてきたの?
そんな運命のためにあそこまで頑張ったの?
死ぬほどの思いしてまで、そんな運命のために真っ直ぐ突き進んで来たの?
そうやって、『運命』って言葉を軽く口にするの?
「………」
人間達が私を見る。遠巻きに。
ねえ、アルファルド君。
アルファルド君のさ、そんな運命。私は受け入れてあげられないよ。
絶対に。受け入れない。
だから。
アルファルド君の、そんなくだらない運命なんて。
私がぶち壊してあげる。
運命なんてものはさ、ぶち壊すためにあるんだよ。
私はまだかけていたサングラスを取る。
黒い髪、黒い瞳。
魔王色。
どよめき。
そうだよ。私の髪の毛もこの瞳も、魔王色の黒。
そして名前も。
私の名前も。
「…私の名前は結乃」
私は誰に言うでもなくそう口にした。周りを見ながらそう言った。
魔王と同じ名前。アルファルド君と同じ名前。
『私』の名前。
魔王の、名前。
私が、魔王だ。
「私が魔王だっ!」
そう叫んだ。
「魔王は復活したっ!!」
私はそう叫び、
そして、持っていた『魔王の力』を三つとも地面に叩きつけた。
ガシャーンッ!と物凄い音がして、黒い玉は
割れた。




