15.彼と私は
「キュアァー」
「………うぁ?」
ミズイロの声に起こされる。まだ半覚醒の意識の中、上半身をゆるゆると起こし伸びをする。少し意識がはっきりしてくる。
ミズイロの声が近くでまたした。隣を見ると、アルファルド君がまだ眠っていた。ホント、よく眠る子だなぁと思う。
今でこそ気付けたのだが、この青年はなかなか起きない。先に目が覚める私は声が届くようになった事で、彼を起こすのが日課となってしまっていた。ちなみに一番の早起きさんはミズイロなのだが。
「アルファルドくーん」
「キュアーーー」
ミズイロと一緒になって声をかける。だが全く起きる気配はない。ため息をつく。声は届くようになったのだが、いまだに触ろうとすると弾かれてしまうので起こすのにも苦労している。起こす手段が声だけってのはとても攻撃力にかけるのだ。
「ピャァ!」
ミズイロが諦めずに声をかけ続ける。私はすでに諦めている。
「ミズイロ、教えてあげた起こし方にしないと起きないよー」
そうミズイロに声をかけ、私はアルファルド君から離れる。ミズイロは一度こっちに飛んできて私の肩に乗り、すりすりとすり寄ってきた。
よしよしと頭を撫でてやり、行きなと促す。ミズイロには触れる。それがどれだけ嬉しい事か。
ミズイロは私の肩から離れ、アルファルド君の方へと飛んでいき彼の側に降り立ち、
彼の服の中に侵入した。
数秒後、辺りに悲鳴が響き渡った。
「そんなに怒らないでもいいんじゃない?ミズイロだって悪気があってやったんじゃないんだし。ねー?」
「ピャ」
「毎回毎回、その起こし方はやめろって言っただろ。つか、俺の事は起きるまでほっといたらいいだろーが」
「毎回毎回って。まだ数回じゃん。それにこないだ起こさずにほっといたらびっくりするぐらい寝てたからね。眠り姫ならぬ眠り王子かってぐらい寝てたからね。その間私とミズイロがどれだけ暇な時間を過ごしたと思ってるのさ」
「知るか。俺には関係ない」
あいかわらずの冷たい態度。人に優しくって名言知らないの?
前を歩くアルファルド君にてこてこ付いていきながらぶーたれる。一応女の子なんだけど、と言ったらそれすら信用してもらえなかった。
「あと、俺に話しかけるな」
距離がある…
距離があるよ、アルファルド君。
「キュァー」
ミズイロが慰めてくれるかのように羽ばたきながら頭の上に乗ってきた。ありがとう。君だけだよ、私の気持ちを解ってくれるのは。
「アケル、こっちにこい」
アルファルド君が足を止め手を差し出す。アケル、とはミズイロの事だ。ミズイロという名前が体毛の色『水色』から取った名前だと言ったらアルファルド君は、『その色はアケルビの花の色だ』と否定してきたのだ。この世界での色の判断は花や植物から取るらしい。
だからアケル。
どっちかに統一しろよ、とは思うのだが名前に関してはどっちも引かなかったので思い思いの名前で呼んでいる。
ミズイロはどちらにも反応するので支障はなかった。
「アケル、こっちにこい。お前がそこにいると異様な光景になるって前にも言っただろ?」
動かなかったミズイロになおも声をかけるアルファルド君。ミズイロは渋々といった感じで私の頭の上から移動してアルファルド君の肩に乗った。
私の姿は他人からは見えない。
だが、ミズイロの姿は見える。なので、私の頭や肩にミズイロが乗っていると不自然な光景になるのだ。
そうは解っていても寂しいものは寂しい。そんな気持ちを抱えたまま、私はところでとアルファルド君に声をかける。
「次はどこへ行くの?」
「………」
無視かいっ!!
まぁ、急に現れた見えないやつなんかの相手なんて、常識的に考えて普通はしないもんね。私だっていきなり幽霊が話しかけてきて『異世界から来ましたー、よろしくっ』なんて言われてもはぁ?って感じになるだろうし。
でも、やぁーと会話が出来るようになったんだよ?話し相手にぐらいなってくれてもいいと思うんだけど。勇者でしょ。……口悪いから勇者らしさはあんまりないけど。そういえば、ちゃんと確認はしてなかったな、と思い聞いてみる。
「アルファルド君ってさ、勇者様なんだよね?」
「…………」
うん。解ってた。
解ってたよ。
どれだけ質問しても応答がない事を理解し了解して、私は黙って彼の後を付いていく事にした。
でもこれだけは言わせて欲しい。
「あのさ、次の目的地の場所が解らなくてどっちにいけばいいのか迷ってるんなら早いとこ誰かに聞いた方がい…」
「迷ってない」
遮るようにアルファルド君は言葉を返した。ミズイロが何を思ったか小さく鳴いた。
遺跡から離れ、3日目の朝の出来事だった。
なんかこのノリ、前にもあった気が……。
デジャブ?
次の日。
「だーかーらぁっ!人に聞こうよ!!」
「うるせぇーぞ!俺は俺の行くべき道を行ってるんだ。お前に文句つけられる謂われはない」
なんて頑固な……
呆れて言葉を失う私。
ここまで意固地になられてるとなると…、かえって口出しする事の方が逆効果か?
とは思うが今日で4日目。遺跡を離れて4日目。街にも一回も着いてないし、勿論だが目的地らしき場所にも着いていない。ただただフィールド内を、レベル上げだけのためにぐるぐる歩いているどこぞの勇者様御一行に他ならない。
ただし!
アルファルド君はレベル上げのためにぐるぐるしているのでは決してない。
そろそろ自分の方向音痴を認めて下さい、と切に願う。
はぁーー、と盛大なため息をついて、空を見上げる。今日も野宿か、と遠い目になり出ない涙を拭う仕草をした私の視界の端に、何故か道ばたを四つ足で這いつくばりながらきょろきょろしている人物。
察するに何かを探しているようだ。
コンタクトでも落としたのかな、と私が考えながら足を止めていると、アルファルド君はしらーっとその人物の横を通り過ぎて行った。
私は慌ててアルファルド君の横に並び小さく声をかける。
「ちょ、ちょっと!あの人困ってんじゃないの?何でそのまま通り過ぎるかな!?」
「俺には関係ないし」
しれっと最低な事を言うアルファルド君。
な、なんてやつ……!!
私はむかっときて、そのまま歩いていくアルファルド君に向かって一際大きな声で叫んだ。
「あんたそれでも勇者!!!!?」
アルファルド君がぎょっとした顔で振り返る。
「……勇者?魔王が復活したのか?」
四つん這いしていた人物が顔をあげる。
いい忘れていましたが、私の声はアルファルド君に限らずその他大勢にも聞こえている。ので、普段はアルファルド君以外の人がいる時は極力喋らないようにしていたのだ。変な目で見られるからね。主にアルファルド君が。
四つん這いしていた人物が立ち上がる。茶色いローブを纏い、風に煽られちらりと見えた腰にはアルファルド君のより大きくて重そうな剣を携え、見た目20代後半の男のその顔には両目を覆い隠すように黒いハチマキのような物が巻かれていた。
これが『カグヤ』と名乗る盲目の男との初めての出逢いだった。
私はアルファルド君をイベントに強制参加させた。




