11.新しき部屋の住人
扉の向こう側はボス部屋。何もないこの部屋。そして何も出来ない私。
頭を抱えうずくまる。
「どうする、この状況!!」
叫んだ後に、この部屋唯一の脱出方法である所の扉を見る。この扉の向こうにはあの厳つい顔した巨大牛さんがいる。
まさかこっちに来たりはしないよ……ね?
しゃがみこんだまま、ずりずりと扉から離れ様子を伺う。四畳半は狭い。扉の向こう側から何かが来るような気配はない。
ほっと一息つき壁に背中を預け、足を投げ出す。
どうしたものか。
考えた所でどうしようもない。ずっとここにいるわけにもいかないし。アルファルド君が来るのを待つ?それは無謀だ。この部屋にアルファルド君が必ずしも来る保証なんてないし、ましてや助けになんて確実100%無い。彼に私の姿は見えていないのだから。
だから私はあの扉から出るしかないのだ。
自分で。
扉を開けた時の事を思い出してみる。奥へと続く廊下の先には牛ボス。床には真っ赤な絨毯がひかれ、両壁には均等におかれたロウソクがずらり。
うぅぅーーーーー、何かないのかっ、なんかっ!!!
この部屋から出て、直ぐに逃げられるような場所でもあればいいんだけど……と考えた所でふと気付く。
ボス部屋への入り口が、ここだけの筈がない。
そうだよ。
なんで気付かなかったのだろうか。
上を見上げる。
そこには黒い空間が広がる。何もかも呑み込んでしまいそうな闇のように深くて、薄気味悪い空間。
見ていると体がざわざわした。腕に鳥肌が立つ。知らず腕をさする。
ボスへの入り口が、ここだけしかないなんてありえない。アルファルド君がこの空間から来るのはけしてありえない。
そんな気がした。
私は立ち上がり扉に近付く。この扉以外にも別の扉がこの先のボス部屋にはきっとあるはず。その扉から出られれば………。
ドアノブに手を伸ばす。
あの時の動物の雄叫びが頭の中をこだまし、それを発した者の、牙の生えた獣のような口と赤い瞳、そして手にした巨大斧を思い出し、体がぎしぎしと硬くなる。
私は目をつむり、ふーっと長く息を吐き目を開ける。自分の心を落ち着かせる。
ドアノブを掴み、扉を少しだけ開け外を除き込む。
他の扉がないか探して。
幸いにもすぐそばに別の扉は存在していた。ここから数歩歩いただけで辿り着く極近に、ここと同じようなタイプの扉があったのだから拍子抜けだ。
「よし、あの扉まで行ければ……」
ちらりと牛ボスの方を見てみる。最初に見た時と変わらず玉座のような椅子に座り微動だにしない。
のだが。
な、なんか……、こっち見てない?
長い廊下の終着点にいる牛ボスの赤い瞳が、こちらを見ている気がしてならない。
「ま、まさかね……あれはきっと真正面にこの部屋があるから、椅子に座ってじっとしている牛ボスさんの目がこっちを見ているように見えるだけであって、だいたい私には幽霊スキルっていう悲しいけどこんな時にはべらぼうに役にたつものも持ってたりするんだし、それに私はただの一市民でありまして………」
牛ボスは微動だにしない。
ぱたん、と一度扉をしめ部屋をぐるっと一周し再び扉をそろっと開ける。
大丈夫大丈夫、見えてない見えてない見えてない見えてない。
はずだ。
そう心の中で呟きながら、ゆっくりと部屋の外に出る。そしてゆっくりと音をたてないように歩きながら数歩先にある扉まで近付く。
牛ボスの方は見ないようにした。
逆に見ないようにした。
私が無事に扉の前まで来た時、実はほっと安心するよりも先に不安が襲った。
鍵かかってたらどうしよう!?
だがその心配も虚しく扉は普通に開き、私を迎え入れてくれた。
ありがとう新しき扉よ。
そしてさようなら、ボス部屋。もう入る事は二度とないでしょう。さようなら、永遠に。
アディオス、と呟き扉を開け中に入る。扉を閉める前にもう一度だけボスの方を見てみようと顔だけ出す。ボスはやっぱり微動だにしておらず、定位置のままだ。
やはり見られている気がしたのは気のせいか、と体から力を抜いたその時、
『だれー?』
「う、わぁっ!!」
後ろから急に聞こえた声にびっくりして、バンッ!と扉を乱暴に閉めてしまう。
げっ!しまった!!と顔をしかめたがもう遅い。ボスに気付かれてしまったかもしれないが、それよりも………
後ろを恐る恐る振り返る。
『だれー?』
そこには背中に小さな翼を生やし、水色のふさふさな体毛を持つ小さな生き物がいた。
毛色と同じ水色の、くりくりしたまんまるい小さな瞳でこちらをじっと見るその生き物は、だれーだれーと言い続けている。
私はその生き物を暫くじっと見つめた後、すっと扉の方を向き口許を片手で押さえながら、もう片方の手でグッと拳を作り、手近な壁、つまり扉にガンッとその拳を叩きつけた。
か、可愛いっっっっ!!!!!!
その瞬間、牛ボスの事は一切頭から吹き飛んでいた。




