12.精霊
私のお腹の高さぐらいまである細長い棒の上に、銀色の小さな四角い机。その上にちょこんといたのは水色の、ふさふさした毛に覆われた子犬のような小さな体の生き物。
小さな手と足。背中には翼。くりくりとした、まんまるの瞳に『だれーだれー』と喋る口からは可愛らしい牙がちょこんと生えている。
かわいい………
生きてて良かった。
ファンタジー万歳。
遺跡ダンジョン万歳。
異世界万歳。
こんな可愛い生き物、誰が想像したの!!
『だれー?』
小さな生き物の可愛さに若干トリップしていた私はハッ!として自分を取り戻す。
いかんいかん。
小さな生き物がじっとこちらを見る。
「こ、こんにちはー」
とりあえず挨拶してみたが、小さな生き物はじっと見つめたまま首を傾げる。
「あ、怪しい者じゃないからね。あのね、私はちょっと避難してきただけのただの人だから。安心して?」
『ひとー?』
「そう、人。無害な人。安全性ばっちり。えーっと、キミは?ここで何してるの?」
あのもこもこな生き物に触りたい。けど触れない。
多分静電気みたいなもので弾かれるから。悲しきかな弾かれてしまいますから。
不敏な体だな、くそっ!と舌打ちし、ん?とふと疑問に思う。
あの子には私の事が見えてるし声も聞こえてるし、私もあの子の言葉が解る。
なーぜーー?
『ぼくはねーねてたのー』
「寝てた?」
『うん!ねてたー』
んー……
可愛いからよしっ!
小さな生き物に癒されながら、久方ぶりの誰かとの会話を私は堪能する。少しだけその可愛い生き物に近付く。
『いっぱいねたよー』
「そうなの?どれぐらい」
『んーとね、わかんないぐらいいっぱい』
「ふふっ、そんなに寝てたんならもう眠らなくていいね」
『えーー、でもぼくねるのすきだからまたねたいよ』
「あんまり寝過ぎも体には良くないんだよ?」
『からだによくないってなにー?』
「んー…大きくなれないって事かな」
『おおきくなれないの?ぼく、ねなかったらおおきくなれる?』
「あー、そういうものでもないんだけど……」
どういったものか、と考えていたら小さな生き物が動く。たたたっと四つ足で走り、背中に生えた翼を動かしこちらに飛んで来て……。
べちゃっと顔に当たる。
「ぶっ!」
衝撃に少しよろける。
その間にも、小さな生き物はそのまま顔からよじ登り私の頭の上に落ち着き満足そうに手足を動かす。
ちょ、なにこの子!!
まじ可愛いんですけどっ!!
夢にまでみた頭に動物乗せが叶うなんてっ!
頭の上でもぞもぞ動く生き物に手をのばしてそっと撫でる。
ごろごろと頭の上で生き物の喜ぶ音が聞こえた。
この小さな体には、触れもするし声も聞こえる。
どうしようもない気持ちが胸に込み上げてきた。
「あ、そうだ。君、名前は?」
私がそう聞くと小さな生き物が『なまえはねー』、と言った。
だが、その続きを聞く事がこの先出来なくなる事を誰が予想できただろうか。
私は知らなかった。
知るすべなど、持って無かったのだ。
「―――――!!!!」
突然の長い咆哮と共に何かが次々に壊れる物凄い音が遺跡内に響きわたる。何だ?と疑問に思う事は今回はなかった。この咆哮は、あのボスの声だ。そして、この騒音はボスが暴れているのに他ならない。
部屋が振動で震える。
頭の上に乗っていた小さな命を胸に抱き、辺りを見回す。この子に夢中になりすぎて気付かなかったが、ここも一つの部屋になっていた。出口は私が入ってきた扉しかない。これでは外へと逃げられない。
どうする?
どうしようもない。
また、ここからボス部屋へと出るしか手段はない。しかしあの時とは状況が違う。ボスはおとなしく椅子に座りじっとはしてくれていないだろう。
この間にもボス部屋ではけたたましい程の騒音が鳴り続いている。
どれだけの規模で暴れればこれだけの音が出せるのか。遺跡ごと潰す気か?
ドガァンッ!という一際大きな音で地面がぐらぐら揺れる。
「じしーーーんっっ!」と言っている場合でもないのに叫びつつ、なんとか揺れに耐える。
これは駄目だ。
マジで遺跡ごと潰す気だ。
天井からぱらぱらとゴミが落ちてくる。
潰されるのはごめんだ。天井が落ちてきてぺしゃんこになって、頭からは血、足と腕は潰され骨がはみ出て、体からは内臓が出てきたりしたりして……。
想像してゾッとし背筋が凍る。
知らず腕に力を込めていたらしく、腕の中の小さな命がモゾモゾ動く。
『うーー』
「ご、ごめんっ!」
小さな生き物の姿にほっと一息つき、よしっ!と意気込みを入れ、扉に近付きドアノブを握る。
片腕に抱いた、小さな生き物を見る。
私の姿はボスには見えていない。だけどこの子の姿はボスに見えてしまうだろう。
私の事が見える不思議なこの子は、きっと精霊の類いなのだと思う。不思議な力の持ち主で、きっと重要な子だ。だからこんな所では死なないはずなのだ。
「君の事は守りたいけど、守れなかったら君が私を守ってね」
『まもるーっ!』
嬉しそうに叫ぶ声を聞き、顔が綻んだ。
まだ小さな子供みたいなこの子に、私を助けられる力なんてきっとまだない。
だからここは私が守る。
君を守るよ。
出来れば私の幽霊スキルがこの子にも伝染すれば、とぎゅっと抱きしめドアノブを持った手に力を込める。
その時になって初めて気付いた。騒音と、ボスの獣じみた声の中に、微かに聞こえる聞き覚えのある声。言葉は解らないけど、声の音なら解る。
ここ暫くずっと一緒にいたから。
バンッ、と勢いよく扉を開け、長い長い廊下の先を見る。
手に青白く光る剣を持った金髪の彼が、自分よりも数倍デカイ牛ボスと果敢に戦っている姿がそこにはあった。




