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地獄の番犬は黙れない  作者: 斜ー


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5.猫派の令嬢

 王都ルアウムの社交界は、常に新しい噂と話題で持ちきりだ。そして今、貴族たちの間で密かに囁かれているのは、冒険者ギルドに現れた「喋る子犬」の存在だった。


「なんでも、ギルドの受付嬢が『クーちゃん』と名付けて溺愛しているとか」


「S級冒険者のジャイル様までもが、その子犬の前では妙に落ち着きがなかったと聞くわ」


 そんな噂話が飛び交う中、一人の美貌の貴婦人が、優雅に紅茶を傾けていた。


 ヴィクトリア・ロザリア。


 王都でも有数の名門貴族の令嬢であり、並外れた美貌と知性を持つが、その内面には「珍しいものはどんな手を使っても手に入れて自分のコレクションしたい」という、ちょっと残念な、しかし強い執着を秘めていた。


「『喋る子犬』、ですか……しかも『ケルベロス』と自称するとは、随分と面白い設定ね」


 ヴィクトリアは「犬より猫派」を公言している。彼女の屋敷には、あらゆる品種の優雅な猫たちが飼われていた。しかし、「喋る珍獣」という言葉には、彼女のコレクター魂が疼くのを禁じ得なかった。


「爺や、その『喋る子犬』について、詳細を調べてちょうだい。冒険者ギルドにいる、カラムという新人が飼い主だそうね」


「かしこまりました、お嬢様。しかし、噂によるとその子犬、妙に物騒な言葉を話すそうですが……」


「あら、構いませんわ。わたくしのコレクションに加わるならば、少々癖がある方が燃えるというもの。それに、まさか、ただの子犬が本当に伝説のケルベロスだなんて、ありえないでしょう?」


 ヴィクトリアは上品に笑い、ティーカップを置いた。その瞳には、すでに獲物を見定めたコレクターの光が宿っていた。

 

 数日後。冒険者ギルドの受付カウンターは、リリアの悲鳴で騒然となった。


「ええっ!? 『ヴィクトリア様がお呼びです』ですって!? しかも、ギルドマスターではなく、カラムさんを!?」


 ギルドに届いたのは、王都の大貴族ヴィクトリア・ロザリアからの招待状だった。内容は「あなたの連れている珍しい犬を、わたくしの屋敷までお連れなさい」という、半ば命令に近いものだった。


「あのヴィクトリア様が……でも『犬より猫派』で知られている方が、なぜクーちゃんを……もしかして……」


 不安な顔で招待状を眺めるリリア。


 カラムは不思議そうにその招待状を覗き込む。


「なんで俺が呼ばれてるんだろ? 薬草採取の追加依頼かな?」


「フム。どうやら噂を聞きつけ、このワシに謁見を望む愚かな人間が現れたようじゃな、カラム」


 クロはカラムの肩でふんぞり返り、得意げに言った。


「はいはい、クロは本当に凄いな。行くのはいいけど、貴族の屋敷なんて、マナーとか大丈夫かな……」


 カラムはクロの物騒な発言を「可愛い設定」として流しつつ、貴族の屋敷での立ち居振る舞いに不安を感じていた。


 リリアは心配そうな顔でカラムを見上げた。


「……カラムさん、気を付けてくださいね。ヴィクトリア様は、珍しいものを見ると欲しがる癖があるそうです……もしかしたらクーちゃんを……」


「大丈夫ですよ、リリアさん」


「……でも、気を付けて下さい……欲しいものを手に入れるためには手段を選ばないって噂も耳にします」


「心配してくれてありがとうございます! クロは俺の家族ですから、誰にも渡したりしません!」


 カラムはまっすぐな瞳で言い切った。その言葉に、クロは僅かに尻尾を揺らした。


 

 ヴィクトリア・ロザリアの屋敷は、王都の中でもひときわ豪奢な佇まいだった。広大な庭園には手入れの行き届いたバラが咲き誇り、噴水の水音が心地よく響く。


 カラムは緊張しながら、執事に案内されて応接間へと通された。そこには、純白のドレスを纏い、息を呑むほど美しいヴィクトリアが座っていた。彼女の膝元には、優雅な猫が丸まっている。


「ようこそ、カラムさん。そして、そちらが噂の……」


 ヴィクトリアの視線が、カラムの肩にいるクロに向けられた。彼女の目は、獲物を見つけた猫のように細められた。


「フム。貴様か? ワシに謁見を望んでおるという者は?」


 クロは子犬の見た目に反して、堂々たる態度で言い放った。


 ヴィクトリアは、その言葉に思わず吹き出した。


「うふふ、本当に喋るのね! 素敵! まるで人間と話しているようだわ」


「ワシを人間などという下等な種族と一緒にするでない」


 クロが吠える(喋る)と、ヴィクトリアの膝の上の猫が威嚇するように毛を逆立てた。


「あらあら。猫ちゃんがびっくりしてるわ。やはり犬はうるさいものね」


 ヴィクトリアはクロを挑発するように、猫を撫でた。


「犬だと……!? ワシは神だ! 貴様の猫など、ワシの咆哮の余波で一瞬で宇宙の塵と化すわ!」


「まあ、随分と物騒な設定ね。でも、あなたみたいな可愛い子犬ちゃんが、本当に『宇宙の塵』になんてできるのかしら? ふふふ」


 ヴィクトリアは余裕の笑みを浮かべ、カラムに問いかけた。


「カラムさん。その子犬、わたくしに譲っていただけませんかしら? あなたが望むだけの金貨を差し上げますわ。この屋敷のコレクションに加えるに相応しい、最高の珍獣ですもの」


 カラムはきっぱりと首を横に振った。


「すみません、ヴィクトリア様。クロは珍獣じゃありません。俺の家族ですから、誰にも渡せません」


「家族、ですか……しかし、あなたの稼ぎで、その子犬を満足させられるのかしら? この子、随分と大きなことを言うようだし、食べる量も尋常ではないのではなくて?」


 ヴィクトリアは、クロの「肉を五キロ食う」という噂まで掴んでいた。


「ふん! ワシの食欲は冥界の餓鬼すら凌駕する! 貴様のような軟弱な貴族に、ワシを養えるわけがない!」


「あら、ご心配なく。わたくしの屋敷には、最高のシェフがいますもの。毎日、最高級の食材を好きなだけ与えましょう。それに、その子、実は猫アレルギーだったりしないかしら? うちの猫たちと仲良くできるかしらね」

 

「猫アレルギーだと……!? フン! ワシは神だぞ!? 免疫システムなど、このワシの全能の力の前には無意味だ! むしろ貴様の猫どもが、ワシの威光に怯え震えあがることだろう!」


 クロが激昂し、赤い瞳を大きく見開いた。その小さな体から、一瞬だけ、南の森を沈黙させた時と同質の、ゾクリとするような冷たい魔力が漏れ出した。


 ヴィクトリアの膝の上の猫は、その異様な気配に瞬時に反応し、「シャー!」と威嚇の声を上げた後、一目散に部屋の隅へと逃げ出した。


 ヴィクトリアは、逃げ去った猫と、カラムの肩の上で鋭い眼光を向けて威嚇する子犬を交互に見つめ、眉をひそめた。


「……あら? まさか、本当に猫が苦手なのかしら?」


 ヴィクトリアの視線は、クロの「威厳」ではなく、「猫に怯える可愛い子犬」という、彼女の偏見フィルターを通して解釈されていた。


 カラムは慌ててクロを抱きしめた。


「すいません、ヴィクトリア様! クロは猫がちょっと苦手みたいで……」


「フン! 貴様、ワシの言葉を聞いておらぬのか! 苦手などではない! ワシの威光が強すぎるがゆえに、猫の方がワシを畏怖したのだ!」


 ヴィクトリアは、逃げ惑う猫と、必死に威張る子犬の姿を見て、またしても上品に笑い出した。


「ふふふ。これは面白いわ。なるほど、可愛いだけではなく、ちゃんと珍獣としての価値もあるわね。ですが、無理強いはしませんわ」


 ヴィクトリアはそう言うと、一枚の紙を差し出した。


「これは、わたくしの屋敷で開催されるティーパーティーへの招待状です。良ければその子犬も連れていらっしゃい。もちろん、わたくしは猫派ですけれど、可愛い動物は嫌いではありませんもの」


「え? ティーパーティーにですか?」


 カラムは困惑した。


「ええ。そこで、もう一度、ここでの暮らしを体験なさい。きっと、その子も自分の意思でわたくしの『家族』になりたくなるでしょうから」


 ヴィクトリアは挑戦的な笑みを浮かべた。


 彼女のコレクター魂は、まだ諦めていなかった。


 クロを「家族」と呼ぶカラムへの対抗策として、「家族の一員としてコレクションに加える」という、新たな戦略を立てたのだ。


「フン。ワシに家族が増えるなど、この宇宙の法則が乱れるわ。だが、貴様の出す紅茶とやらには、少し興味がある」


 クロは、紅茶という未知の響きに、僅かに興味を示した。


 こうして、カラムとクロは、王都の貴族社会という新たな戦場へと足を踏み入れることになった。


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