12.王立魔法騎士団
あの日、路地裏で放たれたカラムの一撃は、単なる暗殺者の撃退に留まらなかった。
帝国の暗殺者が忍び込んでいるという噂を聞きつけ、王立魔法騎士団は一人の青年が暗殺者とエンカウントしたという現場を訪れていた。
「……何だこれは!?」
そこにはカラムにより見事に切り裂かれた分厚い石壁と、その残骸が残されていた。
「ここで何があった……これほど見事な断層は見たことが無い……帝国が送り込んできた暗殺者とは、よほどの手練れのようだ……」
白銀の鎧に身を包んだ王立魔法騎士団団長ガウェインは、真っ二つになった路地裏の石壁を前に戦慄していた。彼がそこに見た、圧倒的な「力」の痕跡の前で。
「その、暗殺者とエンカウントしたという青年……残念だが、よもやこの世にはおるまい……」
「……団長……それが、ですね……」
側近の団員がガウェインに耳打ちをする。
「ギルドの話によると、仔犬を連れた新人冒険者が、その、えっと……」
「続けろ。新人冒険者がなんだ?」
「……はい……俄に信じ難いのですが、その新人冒険者は相手の攻撃を全て往なし、最後は強烈な斬撃で帝国の暗殺者を無力化したと……」
「で、その斬撃の痕がこれだというのか?」
「はい、そのように報告を受けております」
「なるほど……確かに信じ難い話だな……それと、その冒険者が連れている仔犬というのは?」
「はい、自称『ケルベロス』と吹聴しているようで、もふもふの黒い仔犬だそうです」
「ハッ! ハハハッ! ケルベロスとはな! また随分と大きく出たものだ!」
「……団長、もう一つ気になる調査報告がありまして……」
「何だ? 言ってみろ」
「実はこの新人冒険者、あの『冷灰のヒクウ』をも同様に退け、その後は自身に従属させているようです」
「なっ、何だと!? ガルヴァニア帝国暗殺部隊筆頭のヒクウを従属させているだと!? 何かの間違いでないのか!?」
「いや、それがS級冒険者のジャイル殿にも事情を伺いましたところ、全て間違いないだろうとのことでした」
「ジャイル殿が!? そう言ったのか!?」
「はい」
「……そうか……ジャイル殿が……」
ガウェインは右手で顎を撫でながら、難しい顔をしている。
「ふむ、一度会う必要がありそうだな、その新人冒険者と……一匹の仔犬とやらに。すぐに招待状を送れ。我が騎士団への入団テストを受けてもらい、そこで真偽の程を見極めさせてもらうとしよう」
──数日後。カラムは震える手で、王家の紋章が入った豪華な封筒を握りしめていた。
「な、なんで俺が騎士団の入団テストに……? こんなの申し込んでないし、冒険者としても、まだ何も実績を残してないのに……」
「フム。貴様のあの無様な一振りが、人間どもの目には『至高の剣技』に見えたようだな。面白い……カラムよ、行ってやろうではないか。王城の食堂には、下町にはない高級な肉があるに違いない」
クロはカラムの肩で、『王城の高級肉』という勝手な妄想に涎を垂らしながら、千切れんばかりに尻尾を振っていた。
──試験当日。王城の練兵場には、国中から集まったエリート騎士候補生たちが並んでいた。その中に、いつもの手入れをしっかりとされてはいるが、シンプルな鉄剣を脇に差し、仔犬を連れたカラムが混じっている。
「……おい、見ろよあいつ……あの軟弱そうな面。しかも犬連れで入団テストか?」
「場違いにもほどがあるな。それにあの剣、あんな鈍ら、一撃でへし折ってやるよ」
周囲の嘲笑を、カラムは「だよね、俺、場違いだよね」と卑屈な笑顔で受け流していた。
だが、試験が始まると会場の雰囲気は一変した。
一次試験:魔力測定。
「それでは、受験者の皆さん、魔力測定を行いますので、順番にこちらへ並んで下さい」
試験官が呼びかける。
順番がきて、カラムが魔力測定用の水晶に触れた瞬間、クロが退屈しのぎに「少しだけ魔力を分けてやろう」と、カラムの背中を尻尾で叩いた。
パリンッ!!!
「……す、水晶が? 粉々に! 測定不能……だと!?」
二次試験:対人演武。
並み居る天才剣士たちとの一対一の真剣勝負。
「ルールは剣技と魔法での攻撃のみ有効。毒物や呪いの類いの使用は禁止。人族以外の使役、召喚魔法は使用可能です。勝利条件は対戦相手が戦闘不能、戦意喪失状態となったとき。または演武場から出てしまうと逃走とみなされ敗北となります。五戦して三勝以上すれば第二試験クリアです。それでは番号を呼ばれた方から演武場へお上がり下さい」
試験官からルール説明が行われて数試合が終わったところで、ついにカラムの番号が呼び出された。
「クロ……ついに俺の番が来ちゃったよ……皆んな強いし、俺なんかとても……」
「フン、帝国の暗殺者を退けたというのに、お前は変わらぬな」
「あの時は運良く攻撃が躱せて、たまたま攻撃が当たって……この剣が凄かっただけだよ……」
「ならば、もう一度その剣を信用し、構えてみるがよい」
「わ、分かったよ……やってみる……」
震える手で剣を構え、対戦相手を見据える。
「おいおい、そんなに震えてて大丈夫かよ? だいたい何だその鈍は? そんなんで俺様の最高級ダイヤモンドソードと戦おうってのか?」
「こ、これは村のおじさんが気合いを入れて、俺のために打ってくれた凄い剣なんだ!」
「はっ! ムキになりやがって。これだから嫌なんだよ貧乏人は! ここはエリート騎士の集まりなんだ! お前みたいなのは目障りなんだよ!」
「……不愉快じゃな」
「さっきから生意気な犬だな! まとめて叩き切ってやる! 喰らえハイパーグレートゴージャスダイヤモンドソニックスラッシュゥゥゥゥ!!」
「うわあああ! 来たぁぁぁ!」
「逃げるなよ、カラム。よく見ろ、この間の隠者に比べれば、遅すぎて欠伸が出るわ」
「……あ、あれ? 本当だ……俺を油断させようとして、わざとゆっくり……」
「はぁ、まだそんな事を言っておるのか……お前は強くなったのだカラムよ。毎日コツコツと修行に励んだ成果じゃ。ま、ワシの魔力の影響も少しはあるがな。我に平伏し感謝するがよい」
カラムの肩に乗ったまま「ガハハハハハ!」と高笑いするクロ。
「五月蝿い犬め!」
「危ない! クロ!」
──瞬間、カラムはクロを自分の身体で護りながら、片手で相手の攻撃を往なし、身体を当てた。
会場は静寂に包まれていた。
「大丈夫か? クロ! あ、あのダイヤモンドの人は?」
クロが顎で指し示す方に目をやると、会場の壁に減り込み気絶しているダイヤモンドの人の姿があった。
「えっ、あれ……俺が!?」
「しょ、勝者、カラム・アルブラスター!」
それを見ていたガウェインは、不適な笑みを浮かべている。
「ここにいる受験者では、もはや相手にならないだろう。どれ、私が手合わせするとするか」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がり試合場へと向かって歩き出した。
「次の対戦は……」と試験官が受験者番号を読み上げようとした、その時、ガウェインが試験官の肩を叩き、アナウンスを止めて耳打ちする。
「カラム・アルブラスターを呼べ。最終試験だ」
試験官が戸惑っていると、ガウェインが続ける。
「次の対戦はこのガウェインと、カラム・アルブラスターだ」
「……!」
最終試験:騎士団長ガウェインとの手合わせ。
演武場の中央で相対するガウェインとカラム。周囲を囲む観客席には、現役の王立魔法騎士団員たちがずらりと並び、冷ややかな視線を中央の青年と一匹の仔犬に注いでいる。
「……正気か? 団長が自ら、あんな腰の引けた新人の相手をするというのか」
「しかも見ろ、あの地味な剣。あんなもので団長の『白銀の盾』に傷一つ付けられるはずがない」
野次が飛び交う中、カラムは産まれたての小鹿のように膝を震わせ、いつもの鉄剣を両手で握りしめていた。その肩には、相変わらず不遜な態度で居座る黒い仔犬、クロがいる。
「ク、クロ……さすがに無理だよ。団長さん、凄く強そうだし……俺、お腹が痛くなってきたから、帰っちゃダメかな?」
「阿呆め。相手の気に呑まれてどうする。よいかカラム、貴様はただ、いつも通り剣を振ればよいのだ。あとは、ワシが上手いことサポートしてやる」
クロが肉球でカラムの項をパシッと叩いた瞬間、カラムの視界が変容した。ガウェインの纏う重厚な鎧の隙間、魔力の流れ、そして彼が踏み出そうとする予備動作が、まるでスローモーションのように脳内に流れ込んできたのだ。
「……行くぞ、カラム・アルブラスター! 貴様の本当の力を見せてみよ!」
ガウェインが素早く踏み込む。白銀の大盾を先頭に立てた突撃──『白銀の激突』。その衝撃は城壁を軽々と粉砕する破壊力を秘めている。
「うわあああ! 来たぁぁぁっ!」
カラムは恐怖のあまり目を瞑り、反射的に横へと飛び退いた。
普通なら、騎士団長の神速に近い突撃を避けることなど不可能だ。しかし、クロの魔力で強化されたカラムの脚力は、無意識のうちに石畳を爆砕し、弾丸のような速度で真横へと運んだ。
「……!? 消えただと!?」
ガウェインは驚愕した。攻撃を空振った彼は、即座に大盾をカラムの方へ向け、迎撃態勢を取る。しかし、パニックに陥ったカラムは、勢い余って演舞場の端に転がっていた。
「あ、危なかったぁぁ!」
「立て、カラム。来るぞ」
クロの声を聞き、慌てて立ち上がったカラムは、ガウェインを視界の端に確認し、体制を整える。
「ふふふ、やはり小細工は通用しないようだな」
盾と大斧を構え、不敵な笑みを浮かべたガウェインが、ゆっくりと向かってくる。
ガウェインの溢れ出る魔力と闘気で会場が震える。
「騎士団の誇りをかけた渾身の一撃! 受けてみよ!」
「う、うわぁぁぁ! あんなの喰らったら、し、死んじゃうよぉぉ!」
「逃げるなよ、カラム。自分を信じるのだ」
「そ、そんなこといったって……」
「前を向いて、腹に力を入れるのだ。ここで貴様がやらねば、ワシらは真っ二つじゃぞ?」
「何でこんなことに……」と泣き言を言いながらも、クロを護らなくてはという一心で、腹に力を込めてガウェインを真っすぐ見据える。
「うぅぅ……もう、どうにでもなれぇぇぇ!!」
カラムがやけくそに剣を真横に薙ぎ払う。そう、あの時と同じ一撃。
ドォォォォォォォォォォン!!!
大気が悲鳴を上げるげ、カラムの鉄剣から、巨大な衝撃波が放たれる。
ガウェインは本能的に察知した。避けられない。彼は全魔力を大盾に集中させ、王国最強の防御魔法を起動した。
「『絶対守護』!!」
黄金の光の壁が展開される。伝説の竜のブレスさえ防ぐと言われるその盾と魔法に、カラムが放った衝撃波が接触する。
ドォォォォォォォォォォォォォン!!!
演武場全体が、巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れた。
爆風が巻き起こり、観客の騎士たちが次々と座席から転げ落ちる。爆煙が晴れた時、そこには誰もが予想だにしなかった光景が広がっていた。
「…………な…………」
ガウェインが呆然と立ち尽くしていた。
彼の手にあった、国宝でもある『白銀の盾』。それが、真ん中から綺麗に二つに分断され、地面に転がっていたのだ。
それだけではない。断絶の余波はガウェインの背後の石壁まで到達し、王城の厚い外壁に、長さ五十メートルに及ぶ一筋の断層を刻み込んでいた。
「……ひっ、ひぃぃぃっ! す、すみません! 盾、壊しちゃって! 弁償します、お給料で、コツコツと貯めて、なんとかしますからぁ!」
カラムは真っ青になって、真っ二つになった盾を拾い集めようと駆け寄った。
演武場を支配したのは、死のような静寂だった。
騎士団長ガウェインは、拾い上げた盾の切断面と、盾を構えていた左腕の鎧の傷を指でなぞりながら呟いた。
「……一撃で……衝撃波一撃で、私の最上位防御魔法を貫通し、この盾を切り裂いたというのか……ク、ククク……ハハハハハ!」
ガウェインが突然、狂ったように笑い出した。
「盾を壊してすみませんだと? 全くだ! 今までどんな攻撃にも、傷一つ付かずに堪えてきた国宝だぞ! 貴様は……貴様という男は、本当に面白いな! ハハハハハ!」
ガウェインは、盾が国宝と聞き、崩れ落ち、放心しているカラムの肩に手を置いた。
「見事だ。……合格だ、カラム! 貴様のような怪物を、野に放っておくわけにはいかん。……いや、我が騎士団の『希望』として迎え入れよう!」
「えぇぇぇぇぇ……!? 怒られないんですか……?」
カラムが困惑の極致にある中、肩の上のクロは退屈そうに前足で顔を洗っていた。
(……フン。この男と鎧もまとめて切り裂けぬとは、やはりまだまだじゃな。まあ、あの盾や鎧の金属……少しばかり冥界の金属が混じっておったようで、そこそこの硬度じゃった。それを切れたのならば、今は良しとしてやろうか)
騎士団長との戦いは、カラムが望んだコツコツと積み上げる「平凡な人生」を木っ端微塵に粉砕し、彼を王国の歴史に刻まれる「剣聖」へと押し上げてしまった。
騎士団員たちが総立ちになり、割れんばかりの拍手を送る。
「剣聖! 剣聖カラム!!」
「あの犬も、きっと聖獣に違いない!」
「……ち、違うよ、俺はただの新人冒険者で……!」
カラムの必死の弁明は、歓声の渦にかき消されていった。
こうして、一人の青年と一匹の仔犬は、王国の運命を背負う騎士として、新たな冒険へと漕ぎ出すことになったのである。
──数年後。
カラムとクロは、王都の門に立っていた。
王立魔法騎士として一から訓練を積み、数多くの功績を挙げたカラムは、この日ついに、一部の上位騎士のみに与えられる、国境を越える任務……つまり国境付近で噂される「魔王復活」の調査に就くことになった。
「……魔王か」
彼の背中には、もう「無能で臆病な新人冒険者」の面影はない。無自覚な強さを秘めた青年の歩みは、大地を微かに震わせ、未来を切り拓いていく。
地平線の先には、まだ見ぬ強敵と、数多の勘違い、そして最高に美味しい肉料理が待っているはずだ。
「ワオォォォォォォン!!!」
クロの咆哮が、青空に高く響き渡った。
それは地獄の門を開く合図ではなく、一人の青年と一柱の神による、最高にデタラメで愛おしい「英雄譚」の、本格的な幕開けだった。
〜完〜
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
ひとまず、これにて、カラムとクロの冒険はひと段落ですが、二人の冒険はまだまだ続いていきます。
機会がありましたら、二人の新たな冒険の様子をお伝えできればなと思っております。
まだまだ未熟者ではありますが、これからも心を込めて物語を紡いでいきますので、引き続きよろしくお願いいたします。




