第二十四話 菜月お姉ちゃんとの距離が縮まったと思ったら
「ちょっと、光毅! あんまり引っ張らないの!」
「あ、ごめんなさい……」
光毅が強引に菜月を引っ張って走っていったが、菜月も恥ずかしさを感じてしまったのか、強引に光毅の手を振りほどく。
「はあ……まあ、良いわよ。ちょうど、休憩しようと思った所だし」
「本当? よかったあ……」
「くす、何が良かったよ。問答無用で、引っ張っていったくせに。じゃあ、何処に行くの?」
「えっと……クレープ食べに行こう。四組で、美味しいクレープ屋やってるって噂を聞いたから」
菜月も溜息を付きながらも、折角、光毅が誘ってくれたのだからと、彼の誘いを受け入れ、光毅も表情を明るくする。
「クレープね。じゃあ、行こうか。光毅の奢りなんでしょう?」
「うん」
「あ、そうなんだ……まあ、あんたが誘ったんだから、当然よね」
半分冗談で、菜月はそう言ったのだが、あっさりと光毅がうなずいてしまったので、菜月も拍子抜けしてしまう。
今日は自分の方から誘ったのだから、必要なお金は全部出すつもりであり、文化祭の出し物はみな安価だったので、光毅でも出せる金額の物ばかりだったので、問題はなかったのであった。
「うわああ……色々あるわね。光毅は、どれにする?」
「んーっと……チョコレートが良いかな」
「うん。じゃあ、私も同じにするわね」
「それじゃあ、チョコレート、二個ください」
クレープ売り場に行き、光毅が菜月の分と二人分のクレープを注文し、彼がお金を支払う。
菜月に奢るのは初めてであり、光毅もちょっと大人になった気分になってしまったが、菜月もそんな弟を微笑ましく眺めていた。
「はい」
「ありがと。うーん、良い匂いがするわねえ……じゃあ、いただきます」
クレープを菜月に渡し、教室に置いてあった椅子に座って、二人で並んで食べる。
「うん、美味しいじゃない。みっく……光毅が好きそうな味よね」
「菜月お姉ちゃんもチョコ好きでしょう?」
「まあね。くす、でも弟に奢られるなんて、何か不思議な気分よねー。本当にお金、大丈夫?」
「大丈夫。お小遣い、多めに持ってるから」
この日の為に、お小遣いを余分に持ってきたので、光毅も得意気になっていたが、菜月もそんな彼の好意を無碍には出来ないと思い、ありがたく受け取る事にした。
「でも、光毅も友達と一緒の方が良かったんじゃないの?私なんかじゃ、つまんないでしょう」
「菜月お姉ちゃんと一緒がよくて……」
「そう。しょうもない甘えん坊ねえ。あんまり、私やお姉ちゃんたちと学校で一緒に居ない方が良いわよ。絶対に冷やかされるし」
「そ、そんな事は……」
ない訳ではなく、実際に姉たちと仲良くしている所を見られて、からかわれた事は何度もあった。
普通なら、中学生にもなって姉弟で一緒に文化祭を回るというのはしないとは思っていたが、それでも菜月との距離をどうしても縮めたかったのであった。
「ごちそうさま。美味しかったわよ」
「うん。あの、文化祭の実行委員って、そんなに忙しいの?」
「そりゃ忙しいわよ。いくらでも、仕事はあるんだし。でも、やりがいはあって楽しいわよ。光毅も来年はやってみれば?」
「僕は……うん、考えておくね」
「そう。光毅ももうちょっとアクティブにならないと、将来苦労するわよー」
と、頭を撫でながら菜月がそう言うと、光毅もちょっと顔を赤くして俯いてしまう。
だが、そんな彼を見て、ハッとした顔をして菜月は手を放し、
「あ、ごめん……じゃあ、もう行こうか。次は何処に行く?」
「えっと……演劇でも見ないかなって……」
「ああ、良いわよ。体育館よね?」
光毅もクレープを食べ終わり、二人で演劇を観るために、教室を出て体育館へと向かう。
久しぶりに、菜月とこんなに話せて、光毅もそして菜月も何だか晴れやかな気分になっていった。
その後――
「うーん、楽しかったわね」
演劇を見終わった後、菜月も満足げな顔をして体育館を出る。
「あ、光毅はもしかしてつまんなかった?」
「そんな事は……」
「まあ、そうよね。ああいうラブロマンスとか、光毅はあんま好きじゃなそうだし。でも、最後はハッピーエンドでよかったじゃない」
「うん」
正直、光毅はあまり好みの内容ではなかったのだが、菜月が好きそうな演目だったので、光毅も彼女を誘い、楽しんでくれたので、一先ず安堵した。
「ふう……別に無理しなくても良かったのに。光毅が好きな物を見ればよかったじゃない」
「今日は僕が菜月お姉ちゃんを誘ったから……」
「そう。あ、そろそろ戻らないと」
「あ、休憩、もう終わり?」
「うん。光毅も早く教室に戻りなさい。ていうか、公開時間もそろそろ終わるから、どっちにしろあんまり見れないでしょう」
既に、一般公開の時間も残り少なくなってきており、実行委員の菜月はあまり長居は出来ないと思い、そろそろ戻らないといけなかった。
しかし、光毅はまだ未練があったのか、彼女の手を掴み、
「あの、もうちょっと……」
「後夜祭の準備があるの。だから、また後でね」
「あ……うん、ごめんね」
と言って、菜月は光毅と別れ、実行委員の仕事へと戻っていく。
あまり長い時間は一緒にいられなかったが、それでも菜月と二人でちゃんと話せたことに光毅も安堵し、ウキウキした気分になりながら、教室へと戻っていったのであった。
『間もなく一般公開の時間が終了となります』
「うーーーん、やっと終わりかあ。光毅君もお疲れ様」
「うん」
文化祭の公開の時間も終わり、一般客もほぼ帰っていったので、片づけを始める。
だがこれから後夜祭もあったので、まだ終わりではなかったが、菜月は後夜祭はどうするのだろうかとぼんやり考えていた。
「後夜祭はどうするの?」
「え? えっと、一応、出るつもりだけど」
「そう。じゃあ、一緒に行かない?」
「えっ?」
クラスメイトの女子にいきなり誘われてしまい、光毅も面食らった顔をする。
今まで特別親しくしてなかった女子だったので、誘われてビックリしてしまったが、女子は真剣な眼差しで、
「ねえ、駄目?」
「えっと……」
「他に誰かと約束あるの?」
「な、ないけど……」
「じゃあ、良いじゃん。行こう」
「え? ちょっ、ちょっと」
菜月ともハッキリと約束はしてなかったので、光毅は思わずそう答えてしまうと、女子はパアっと明るい顔をして、彼の手を引いて、教室の外へと連れ出していく。
思いもかけない展開に光毅も困惑してしまったが、無理に振りほどく事も出来ず、彼女と一緒に後夜祭を回る事になってしまったのであった。




